残念ですが、福良家は呪われています。

@19maru

前日譚:呪われてしまった一家の初夜 

「誠に申し訳ございませんッッッ!!!」


 平日の深夜二時前。夜遅くまで起きてるのが好きな大学生達もそろそろ寝始める時間帯。

 福良ふくら一家の大黒柱である福良まつり48歳は、自分の息子達の目の前でジャンピングスライディング土下座を披露していた。

 着地の正確性、回転力や勢い、そして土下座の美しさ。それは土下座に必要な全ての要素が完璧に組み込まれた完璧な土下座だった。土下座審査員がこの場に居れば、きっと誰もが満天を出していただろう。それどころか全世界土下座連盟の名誉会員にスカウトされていたかもしれない。

 しかし哀しいかな、ここは福良家の自宅。ローン30年くらいで建てた二階建ての何処にでもありそうな洋風住宅。

 そしてまたそれを見つめるのも土下座審査員とか言う変な人達ではなく、彼の息子達。故にその目は辛辣そのものだった。

 長男、現役大学生の福良けいは明らかに下劣なモノを見下す目を向けていた。

 次男、現役高校生の福良かいは無表情ながらも確実に今にも唾を吐きそうな勢いでいる。

 三男、現役中学生の福良はるは唯一苦笑をしてくれてはいるが、やはりその目は可哀想なモノを見るそれだった。

 父からの突然の謝罪と土下座が繰り出されてから約一分間の静寂。

 それを最初に破ったのは長男の憩だった。

 憩はもはや諦めに近い表情をしながら大きなため息を吐く。


「はぁ……なあ親父。今何時だと思ってんだよ。深夜二時だぞ。深夜型の配信者達もこの位の時間帯にはこぞって配信終了し始める時間帯だぞ。そんな時間に俺は兎も角、高中学生の灰と春まで無理矢理起こして、それでその用が無駄に完成度の高い土下座って……今度は一体何したんだよ。酔った勢いで、そこら辺を歩いてる人にオ〇ニーでも見せつけちまったか?」


「憩兄さん、ナチュラルに下ネタ言わないでよ……」


「普通に引くんだが、この変態眼鏡め」


「ははは、悪いな。俺も良い感じに深夜テンション状態なんだわ。つうか春も灰も、この程度で動揺してたらこの先の大学生活を生き残れないぞ。大学は変態の巣窟だからな」


「憩兄さんの周りに居る人が変態ばかりなだけだと思うよ」


「……いや春、お前も人のことは言えない気がするぞ」


「えっ、待って灰兄さん!? それどういう意味!?」


 まだ顔を上げていない父のことは完全に蚊帳の外。先までの険悪なムードから一転、全てをスルーして兄弟仲睦まじく話しながら部屋に戻り就寝しようとしていた三人の息子達を父は呼び止める。


「ちょっと待って! なんか自然と見なかったことにしようとするの止めてって痛いっ!?」


 土下座状態を解除して勢いよく立ち上がった際に近くにあった椅子に足の指をぶつけてしまったらしい。

 祭は再度ゆっくりと、今度は土下座ではなくただただ身体が沈んでいく。

 そのアホさを目の前にして心底呆れながらも、三人兄弟は父の前に戻ってきた。しかし誰一人として痛がっている父に手を差し伸べることはなかった。


「で、結局どうしたんだよ。結婚詐欺にでも遭ったか? どれくらい金を奪われた?」


「父さん……もしかしてまたキャバクラで大金を吸われたの? もう程々にしてくれないと困るよ。僕達別に裕福ってわけじゃないんだから」


「俺はわかってるぜ、親父。どうせそこら辺を歩いていた女の人に酔った勢いで何かセクハラしちゃったんだろ? 一緒に警察に行こうぜ。一年に一回くらいは顔を見に行ってやるからよ」


「……うぅ、本当に、すまない。お前達、本当にすまない……」


 酷いことをズバズバと言い放っていた息子達だったが、父の痛めた足指を押さえながらも必死に懺悔の言葉を発するその姿を見て、流石に何かおかしいことを察した。

 しかしそのおかしいことが何かわからず、困惑を表に出して互いに顔を見合わせる三人兄弟。

 ぽりぽりと頭を掻きながら憩が腰を屈めて真剣な表情で問う。


「親父、本当に何をやらかしたんだよ。……まさかガチで犯罪者になってないよな? それはもうガチで軽蔑するしかなくなるぞ」


「そういうのじゃ、ないんだが……ぐぅ、すまない、すまない……ッ」


「ッ、あー、すまないとか言われてもわかんねぇって。ちゃんと説明してくれよッ!」


 憩は意識しないまま声を荒げていた。 


「ちょ、憩兄さん! 声もうちょっと抑えて」


「一応深夜だからな。まあ憩兄の気持ちには完全同意だけど」


 父のぱっとしない受け答えに明らかに苛ついている兄二人を春は抑えて、顔を伏せている父に手を差し伸べた。


「父さん……お酒、飲んでるよね? お水飲んで一旦落ち着こうよ」


 頬が赤い父を近くに在った椅子にちゃんと座らせてから、春は台所に行きコップに水を注ぐ。

 そんな弟の姿を見て、少し頭を落ち着かせた兄二人も気まずそうにしながら席に着いた。


「はい父さん、お水」


「………………ごめんな、春」


 何とも言えぬ重い空気。

 春もどうしたものかと悩みながら最後まで空いていた席に着く。

 沈黙が数十秒。

 ここでも真っ先に動いたのは憩だった。


「……いきなり怒鳴ってごめん、親父。でもさ、落ち着いてからでいいから、ちゃんと話してくれよ。いきなり土下座だけされてもわかんねぇよ」


「……そうだな、俺が悪かった。すまない憩、灰と春も、情けない姿を見せてしまったな」


 祭は深く息を吸って吐き出して、意を決したのか真っ直ぐ息子達の顔をそれぞれ見つめ、話し始める。


「これから俺が言うことは全部真実だ。妄言とか、そういうのじゃない。……覚悟して聞いて欲しい」


 久しぶりに見た、父の本当に真剣な表情を前に、息子達の表情も険しくなる。

 これから一体何が語られるのか、三人別々の思いと覚悟を持ち、父の言葉を待つ。

 そして一拍間を置いてから、祭はある事実を告げた。


「いいか? 俺達、福良一家は……悪い魔女に呪いを掛けられてしまったんだッ!」


「部屋、戻って寝ていい? 俺、明日朝早くから部活に行かないといけないんだけど」


「あー……僕、ちょっとキレちゃうかも」


 灰と春の額に青筋が浮かび上がりつつある。と言うかもう出ている。明らかにぶちギレる寸前の状態にいた。


「……」


 しかし息子達の中でただ一人、憩だけは強く顔をしかめ、考え込むように顎に手を当て俯く。

 兄のらしくない反応に灰と春は驚きつつ、ならばと彼らも黙って父の次の言葉を待つことにした。


「……父さんな、昨晩もの凄く良い女を抱いたんだ。きっかけは……なんだったかな。はは、その時にはもう結構酒が入っててな」


「同窓会だったっけか。それじゃあ昔の同級生? ……父さん、そういうのはエロ本の中だけにしとけって」


「いや、昔の同級生じゃないんだ。……化かされちまったんだ」


「化かされたって、一体何に……」


「母さん、だったんだ」


「「「は?」」」


「姿も、声も、正確も、全部が全部、母さんだったんだ! それで、これは多分飲み過ぎて夢でも見てるんだろうって」


「ちょ、ちょっと待って? え、これは、ツッコんだ方がいいの? いいよね? だって、そんなの、質が悪すぎるよッ!」


 春が両手でテーブルを強く叩き、椅子を倒す勢いで立ち上がる。

 その目頭には涙も浮かべていた。


「春、ご近所迷惑だ。声抑えろ」


「で、でも……! だって、灰兄さんだって、これは無い、駄目だって思うでしょ!?」


「……父さん、もっと詳しく」


「誘われたんだ……あの顔で、あの声で、もう一度抱いてって……でも、起きたら、それは現実で、母さんも母さんじゃなくなってて、そいつは笑ってた。でも、いきなり怒り始めて、それで呪いを掛けられた……」


「……意味わかんねぇよ、父さん」


「親父、呪いの内容は?」


「マジ? 憩兄、この流れに乗ってくの?」


「もし本当のことだったら、大変だろ。落ち着けとは言わないが、少し待て。最後まで話させよう」


 こちらもまた真剣な表情で父を見る憩に、灰と春は更に不安を募らせる。

 様々な感情の籠った兄弟全員の視線が祭に集まった。


「……福良家の血脈を途絶えさせる呪いだ。とても、とても恐ろしい呪いだ……」


 初めに、祭は憩を指差した。


「憩! お前はイケメンだ。ちょっと軽薄そうに見えるし、何よりも変態だが、イケメン眼鏡男だ! だからお前はモテる。絶対にモテる! きっとセッ○スも沢山出来る! 仮にもしモテなくても聖歌ちゃんが居る!」


「おいコラ待て。なんでそこで聖歌が「だがッ! お前は! 今日から! 一生セッ○スをすることが出来ないッ! なんならオ〇ニーもなッ!」


 文字通り、時が止まった。空気が凍った。様々な感情が何週も回って無に帰結した。

 もう、ただただ何言ってんだコイツ……と憐みを含んだ視線を父に向ける息子達。

 しかし父は止まらない。せき止めていたモノを全て出し切る勢いで言葉を並べていく。


「何故ならッ! 憩、お前は呪いによって超虚弱体質になってしまったからだ! セッ○スなんかしちまうと、心臓麻痺とか起こして一瞬で腹上死だ! つまりエロス=死ッ!」


「………………え、マジで? ちょっと待て親父、本当の本当に? え? え? マ・ジ・で!?」


 憩が大袈裟に見えるほど過剰に驚く。

 それを二人の弟は冷めた目で見ていた。


「何これ? 新手のボケ?」


「なんだかんだで憩兄と父さんは一番仲が良いからな。悪ノリだろ」


「灰、お前は一見根暗な無機質男だが、善人で、実は優しくて、人望もあることを俺は知っている。だが、そんなお前に掛かった呪いは……」


「は? そのノリを俺にも乗らせようとしてくる?」


「人間嫌いだ……。人の心がわからなくなり、人を信用することが出来なくなってしまった。……多分、お前はもう他人との関わり合いを持ちたくないはずだ。一生孤独に生きることを望んでいるはずだ。セッ○スするくらいなら一人でオ〇ニーしてる方が何百倍もマシだと思っているはずだ」


「なんだその適当に三秒で考え付いたような呪い……は……? あれ、うん?」


「ど、どうしたの灰兄さん。え、待って!? 灰兄さんまでそっち側に行かないで!!?」


「春ぅっ!」


「ひぃっ!」


「お前は、お前は、母さんが死んでから男だけになった我が家の紅一点だ。俺の精子からお前みたいな男の娘が産まれてくるとは思わなかった。それでも頑張って漢の中の漢になろうと努力していたことも俺は知っている! だが、そんなお前の呪いは」


「怖い! ねえちょっと怖いよ! 兄さん達助けて!?」


「女子化だ……。女体化じゃないぞ? 女子化だ。気付けば色々なことが女の子になってしまっている。女子力も高まる。しかも性的な意味では男しか好きになれない。そんな感じだ」


「いやホントに何それ!? どういう呪い!?」


「ああ、いやそんなわけがない。ないはずだ……人間嫌い? なんだそれは……」


「……俺はなんか物理的に子孫残せそうにないけど、灰と春のなら気持ち次第でなんとかなりそうじゃね? ほら色々と我慢してセック○すれば」


「何で俺がわけわからん人間とセッ○スしないといけないんだ!」


「女の子とするのは……なんか嫌だよっ!」


「おっと……」


「「ハ……ッ」」


 兄弟全員の視線が父に向けられた。その全てに、敵意や殺意が混じっていた。

 三人共に感情が爆発しそうになった瞬間、それを抑えるように祭は叫ぶ。


「そして俺はッ!」


「「「ッ!!?」」」


 まさかの父にも呪いが掛かっていることを知り、三人は攻撃を開始するのを遅らせる。取り敢えず父の呪いを聞いてからボコすことにした。

 静寂。取り敢えず自分よりも軽そうな呪いだったら許さないという意志を感じさせるような空気の中、祭は目を見開き言い放つ。


「この世全ての異性から意味も無く軽蔑される呪いだ!」


 深夜三時を過ぎた頃。

 一人、また一人と無言で立ち上がり、自分の部屋へと戻っていく。

 その部屋に残ったのは息子達にボコボコにされてボロ雑巾みたいな状態になった父の祭のみ。

 それぞれの部屋に戻った息子達は、それぞれに何かを思いながら、しかし一つだけ共通して、取り敢えず父の呪いに掛からなくて良かったと思いながら、現実逃避の意味も含めて眠る。

 

 ——そして夜は明け、福良家の呪われた日々が始まった。

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