第49話 昔のさーや
次の日、さーやと話をしたいという私のわがままを、じんさんは温かく応援してくれた。
「そうした方がいいかもしれないね。黙っているのがいい時もあるけれど、でも今回は親友として、客観的なことだけは伝えてあげてもいいかなと俺も思うし」
本当は余分なことをさーやに告げるのは抵抗があった。変な先入観を持たせてしまって、さーやの気持ちを惑わせることになってしまうから。
それに、重原さんの気持ちを勝手に伝えるのも良いことでは無いし。
でも、じんさんは私の迷いをちゃんとわかっていて、それでも背中を押してくれた。やっぱり優しくて、頼りになる人。嬉しいな。
私の誘いに、さーやはなんのためらいも見せずにOKしてくれた。
うちに来て一緒にランチする予定。さーやの好きなカルボナーラとサラダとスープ。簡単だけど、さーやだったら喜んでくれるはず。
油断するとドヨンと重くなる気持ちを必死に鼓舞しながら、出来上がったお皿をテーブルに並べていると、玄関の呼び鈴がなった。
ナイスタイミングと思いながらモニターに映ったさーやを見た瞬間、私は絶句してしまった。
さーやの髪が、短くなっている!
「いらっしゃ……さーや?」
「やっほー! りお!」
にこやかな笑顔はいつもと変わらないさーや。でもその髪の毛は、サラサラストレートのベリーショート。ゆるふわカールを結い上げたフェミニンな後ろ髪は跡形もなくなっていて、白いうなじが寒そうに見えた。
でも、とっても似合っている!
「さーや! びっくりしちゃった。でもスッゴく似合っているよ。素敵素敵!」
素直に気持ちを伝えると、さーやも嬉しそうな瞳になる。
「りおならそう言ってくれると思った。でしょ。実はショートも似合うのだ!」
「うん、似合う。爽やかでカッコいい」
二人で取り留めのない話に花を咲かせながらカルボナーラを食べて、さーやが買ってきてくれたケーキに甘い吐息をつく。
「ここのケーキ、最高でしょ。私のお気に入り」
「うん、美味しいー」
食後の紅茶を口にしたとき、急にさーやが真剣な顔になって言った。
「りお、私ね、水曜日に重原さんに会ったの」
いきなり始まった本題。さーやが自ら始めてくれた。
さーや、やっぱり気配りの人だな。私が困らないように自分から話題を振ってくれるなんて……
「重原さんと何かお話したの?」
「別に、仕事でいらしただけ。私のパソコンの調子がおかしくなって、重原さんが直しにきてくれて。私、チャンスだなって思った。嬉しくって、色々話せるなって思って。でもね、その時気づいちゃったんだ」
「何を?」
「重原さんの好きな人」
「え!」
「りお、あなた知っていたんでしょ。それであたふた気にしてた。違う?」
「……違わない」
「ふふふ。もう、りおったら優しい」
「優しくなんかないよ。どうしたらいいかわからなくて、結局何にも。さーやに知らせることもできなくて。ごめんね」
「りおが謝ることなんて何にもないよ。りおったら気にし過ぎ」
「でも……」
「いいんだよ、別に。真実はこうやって明らかになるのよ」
そう言いつつもさーやの顔は寂しそうだった。
「でも、なんでわかったの?」
「重原さんの表情見てたらね。気づくよ、そりゃ。私の席座って一時間くらいかけて直してくれていたんだけどね、途中で席を外していた美鈴さんが帰っていらしたの。そうしたら美鈴さんが、『重原君、久しぶりね。頑張っているわね』って声をかけられて、その時の重原さんの顔、もうぱあ~って嬉しそうな顔になって」
「そうだったんだ」
「今まではさ、重原さんと美鈴さんのこと、そんな風に思ったことなかったんだけどね。この間はものすごく感じて。好きって思って見ると余分なものが見えちゃうのかな」
「そんな……」
「それとも、重原さんが今までは隠していたのかも。だってね、いつもはそんなことしないのに、この間は仕事の途中にも関わらず急に立ち上がって美鈴さんに言ったんだよ。『すみません、お伝えしたいことがあるので、申し訳ないのですが、今度お時間作ってもらえないですか』って。そうしたら美鈴さんが、『いいわよ』って軽く言って、『今日はちょっと先約があるんだけど、金曜日なら空いているから、夕飯でも食べながら相談に乗るよ』って。でもね、その言葉を聞いた重原さんの顔、今度はとても寂しそうだった。それ見たら、重原さんが美鈴さんのことスッゴく好きなんだなってわかったの。でも、美鈴さんは重原さんのこと、単なる後輩としか思っていないみたいで、それで悲しかったんじゃないかなって」
好きな人の気持ち、気づきたくなくても敏感になってしまうんだよね。
それが悲しい気持ちだとしたら、さーやもきっととても切ない気持ちになってしまったはず。
「ねえ、さーや。重原さんがすずねえちゃんを好きなのは真実かもしれないけど、でもすずねえちゃんの気持ちはまだわからないんだ。だから、さーやが重原さんに自分の気持ちを伝えたら、重原さんもさーやのこと、真剣に考えてくれるんじゃないかな。もしかしたら、気持ちが動くかもしれないし」
「そうだね。私も最初はそう思ったんだ。でもね、やっぱり無理だってわかったの」
「どうして?」
「だって、美鈴さんみたいな人が好みのタイプだったら、私無理。逆立ちしても近づけない」
「そんなことないよ。さーやは素敵な女性だよ」
「ありがとう。でもいいの。私がもう無理って思っちゃうだけなのよ。だって、本当の私は全然違うから」
「本当のさーや?」
「うん。本当の私はね、こっちのほうが好きなの」
さーやはそう言って、自分の細いうなじに手を添えた。
「私はふわふわなロングよりも、すっきりショートが好き。軽くて手入れも楽だし。毎朝カール巻いて、化粧してなんてマジめんどくさ。Tシャツとジャージでゴロゴロするのが至福の時間ってタイプなのよ」
「さーや、とっても似合うし、可愛いからお化粧も薄い方が上品でいいし、なんの問題も無いと思うんだけど」
「りおも薄化粧だもんね。だからかな、最初っから気になっていたのは」
「え? 私のこと気になっていたの?」
「美鈴さんが私にりおとお友だちになって欲しいって頼んだと思ってたでしょ」
「実は……最初はそう思ってた。でも途中から違うってわかった。だってさーやは本気で私のこと大切にしてくれたから。嬉しかったんだ」
「そのとおり。っていうか、私、一番最初から里桜のこと気になっていたんだよ。同期で集まっても隅の方で隠れるように座っていて、自分から全然話しにこないし。昔の私思い出しちゃって」
「昔のさーや?」
「私さ、中学の時クラスの女子に無視されたことがあったんだ。男子と仲がいいからって」
「そんなことで!」
「兄の影響でさ、私子どもの頃から活発で、女の子特有のあのきゃぴきゃぴした雰囲気とか、裏での駆け引きとか苦手だったの。だから男の子とばっかり話していたら、嫉妬されて仲間外れにされたの。スッゴくショックだった」
「さーや……」
ああ、また私が先に泣いたらさーやが泣けないじゃない。そう思ったけれど、やっぱり涙が止まらなくなっちゃって……
「やっぱり! りおはいい! これだから、私りおが大好きなのよ」
「さーや、私もさーや大好き!」
さーやに抱きつくと、ヨシヨシと頭を撫でてくれた。
何やっているんだろう。慰めるはずの私が慰められてしまって、やっぱり役立たずだわ。
「それからは一生懸命、みんなの真似したの。どうすればいいなんてわからないから、ただひたすらマニュアル通り。不思議だよね。みんなと同じことしていたらいじめられないの。なんだろうね。ゆがんだ仲間意識みたいなもんかな。でも、そんなことし続けていたら、自分が無くなっちゃったみたいで……今度は辛くなった」
痛みに耐えるように目を伏せた。
「だからだと思う。人目を避けるようにひっそりと、でも自分自身を大切にしているりおを見ていたら、どうしても友達になりたくなったの。この子だったら私を見捨てない。この子だったら私を私として見てくれるって」
「当たりまえだよ。女の子らしいさーやも、スポーティなさーやもどっちも大好きだよ。だって、同じさーやだもん。さーやってことは変わらないもん」
「うん。だからりおは心の友。初めてできた女の子の友達。ありがとう」
「私のほうこそ、さーやに出会えて良かった。さーやだけなんだよ。私を見つけてくれたの。ありがとう」
二人でぎゅうっぎゅうっと抱きしめ合った。そのうち、さーやの肩が小刻みに揺れ始める。
良かった。さーやも泣けたみたい。
二人でいっぱいいっぱい泣いた。
☆感謝 りおとさーやの友情シーンをリクエストしていただけました☆
傘木咲華様 より
『ラブコメ的なシーンではないのですが、里桜ちゃんとさーやのコンビがとても好きなので、また友情を感じるようなシーンが見られたら嬉しいなと思います♪』コメントより抜粋。
傘木様ありがとうございました!
これからも、ところどころで二人の息の合ったところをお見せできたらいいなと思っています。
傘木咲華様の作品をご紹介させていただきます♬
『白薔薇さんは染まりたい』
人の感情が色として見える主人公の琉生君は、入学式に出会った同じクラスの白薔薇さんの色を不思議に思う。そんな彼が気づいたことは……
恋の瑞々しい感情と不思議な出来事の謎を味わえる短編です。
キュンキュンしたい方にお勧めです。
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