第50話 生まれ変わるんじゃなくて進化する

「りお、ありがとう。泣いたらスッキリしたー」

「さーや······」

「大丈夫大丈夫。よーし! これからは新生しんせいさーやだよー」

「うん! 転生てんせいさーや、頑張って!」

「ぷっ、んせい」

「あ、え、あ」

 いい間違えてアワアワしている私を、さーやが温かい目で見てくれる。


 さーやはやっぱり優しい!


「まあ、でも会社は社会人としての身だしなみがあるからね。今まで通り猫かぶるわ」

 さーやはそう言ってウインクすると、アハハと大笑いした。今までの「うふふ」って言う口元だけの笑い方では無くて、大口開けて勢いよく笑ってるさーやの目は、心から楽しそう。

 でもね、私は知っているんだからね!!

 どんな笑い方でも、さーやは可愛いって事を。あ、だから嫉妬されちゃったのかも。

 さーやを仲間外れにしてこんなに苦しめた人、ギッタンギッタンにしちゃいたいけど、でもちょっとだけ気持ちはわかるな。私だってコンプレックスの塊だったからね。

 嫉妬って、自信の無さの裏返しなんだろうな······

 でも、やって良い事と悪い事の区別はつけないとね。


「新生さーやは新しい恋をするよー」

「さーや、本当にそれでいいの?」

「······なんだろう……私が重原さんに惹かれたのって、包容力みたいなのを感じたからなんだと思う。私さ、ずーっと仮面被っているみたいな気持ち悪さがあったから、それを取っ払ってくれそうな気がしたんだよね。本当の私を見せても否定しないでくれるかなっていう期待感みたいなもの」


 さーやはそう言って、吹っ切れたように笑った。


「でも、もういいの。りおにわかってもらったから、安心しちゃった」

「でも、私、新生さーや、もっとみんなに知って欲しいって思うよ」

「そうだね。でもさ、これって全員に見せたいわけでも無いんだよね。知る人ぞ知るスペシャルさーやってのも、お得感あっていいっしょ」

「それ嬉しいー」

「だから、探すよ。見せてあげようって思える奴」

「素敵!」


 さーやって、やっぱり考える事が深い! それにどんな時も遊び心に溢れているわ。


「ねえ、さーや」

「うん?」

「でもね、あの……うまく言えないんだけど、今までのさーやも捨てて欲しくないかも」

「ん? どういう意味?」

「さーやにとっては仮面を被っている気分だったと思うし、自分じゃないみたいに思えた言動だったかもしれないけれど、さーやが一生懸命努力して身につけたことでもあって……その努力は無駄じゃないって言うか……それも含めて今のさーやを作っている気がするの。これからはさーやが力を抜いて振る舞ったとしても、さーやが身につけた優雅な動きは、もうさーや自身の中に自然と息づいていて、さーやの魅力になってるんだと思う。だから、これからの言動を、これは私らしい、これは私らしくないって一つ一つ思うんじゃなくて、どれもこれもさーやなんだって思うんだ」


「りお······ありがとう。そうだよね。いくら生まれ変わるって言っても、今までの自分を否定する必要は無いんだよね。うわ! なんか嬉しい。全部私で、もっと進化できるって、そう言う事か! この先にあるのが本当の私なんだね」

「うん」


 さーやの顔が、更に輝いた。


 ああ、さーや綺麗だなぁ······


「と言うわけで、優雅にポテチ食べよう!」

 さーやはいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、ポテトチップスの袋を開けた。


「これ食べながらのYouTube徘徊とゲーム最高! プラスビール。もう太る未来しか見えない」

 屈託なく大笑い。

「さーやゲームやるんだね」

「上がアニキだからね。よくやってた。会社入ってからは、お肌のこと考えて徹夜しないように気をつけていたんだけどね、これからはたまーにはやっちゃおうかな」

「徹夜できるの凄い」

「え! りお、完徹したこと無いの?」

「無い。どうしても眠くなっちゃう。途中でギブアップ」

「なんかもう~りおらしくて、可愛い」

「ありがとう」


 何かのために何かを犠牲にしないといけないこと、きっと生きていればいっぱいあると思う。でも、時々は心の声に耳を傾けて、辛かったら止めていいんだよって、本当に自分がしたいことをやっていいんだよって、自分で自分に言うようにしよう。

 じゃないと、アッという間におばあちゃんになって後悔することになっちゃうよね。


 美味しそうにポテチを頬張るさーやを見て、そんなことを思ったんだ。


「ねえ、りお。この際だから暴露大会」

「なあに?」

「私、新入社員研修の時からりおのこと気になっていたからさ、秘書室に配属になった時、美鈴さんの名字を聞いて、直ぐに姉妹なんじゃないかっって思ったの。顔だちも似ていたし」

「え! 私とお姉ちゃんって似ているの!」

「え! 気づいてないの!」

「似てない似てないって思ってきたから」

「そっか……確かに美鈴さんは華やかな感じで、りおはおとなしい雰囲気。ぱっと見は似てないよ。でもね、一つ一つのパーツを見るとね、やっぱり似ているんだよ。特に目は似てる。少し角度が違うだけで、見え方が変わっているだけ」

「角度の違い……私もそれは思っていて、だからお姉ちゃんと似てないって思ってた」

「美鈴さんは少し上がり気味だから、目力が強い。りおは下がり気味だから柔らかい雰囲気。ちょっとパンダ系って感じ」

「ぱ、パンダ……嬉しい!」

「でしょ。あ、話がそれた。それでね、私の方から聞いたの。りおさんのお姉さんですかって。そうしたら美鈴さん、とても戸惑ったお顔をなさって、逡巡された後静かな声でおっしゃったの。『同じ会社に身内がいることをあからさまに言うのはちょっと言いづらいから、ここだけの話にしておいてくれるかしら』って。続けてものすごく遠慮がちにね、『卯坂さんの想像通り姉妹なの。あの……里桜は同期の間で仲良くできているかしら』って」

「すずねえちゃんがそんなことを……」 

「私が『はい』って答えたら、心からほっとしたような嬉しそうな顔をなさったわ。で、『どうかよろしくお願いします』って頭を下げられたのよ」

 

 すずねえちゃんは、私が拒絶している間もずっとずっと気にしてくれていたんだわ。今更ながら申し訳無さと、姉の愛を感じる。

 すずねえちゃんはやっぱり優しくて温かい。 

 そして、それをこんな風に教えてくれるさーやも優しくて温かい。


 まるで二人に包まれたように、私の心もふわっと温かくなった。


「さーや、ありがとう。教えてくれて」

「素敵な姉妹だなって、思ったんだよ」

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