第45話 姉の気持ち
「すずねえちゃん、ありがとう」
「だから私は何にもしてないんだって」
そう言って、でも嬉しそうに笑ったお姉ちゃん。
なんか、久しぶりに何のわだかまりもなく、二人で笑い合った気がする。
すずねえちゃん、今までごめんね。
ずっと気にしてくれていたのに……心の中でそっと謝った。
「りお、このブラックサンダー、カカオ72だからね。罪悪感を減らしてくれる」
「すずねえちゃんたら、食べても太らないのに」
「そんなことないんだよ。学生時代は平気だったけど、私ももうアラサーだからね。肌も気になる」
二人でとりとめのない女子トークに花を咲かせる。
お姉ちゃんは普段から色んなことにアンテナを張っているから、話題が豊富。流石だなと思う。やっぱりすずねえちゃんと話すの楽しい。
でも、今日はこれで終わりにしちゃいけないわ。ちゃんとお姉ちゃんに確認しないと。
私は意を決してお姉ちゃんに声をかけた。
「すずねえちゃん」
「なあに? りお」
「あのね、変なこと聞いちゃってごめんね。あの……コンプライアンス担当の佐々木係長とお付き合いしているの?」
すずねえちゃんは一瞬困ったような顔になってほぅっと息を吐いた。
「……りおにまで伝わるってことは、相当噂になっているのかな」
「ううん、私は噂を聞いたわけじゃなくて……色々事情があってたまたま……」
「実は保留中なの」
「ほ、保留?」
「そう。確かに結婚を前提にお付き合いしてほしいって言われたわ。でも返事を待ってもらっているの」
「……迷っているの?」
「まあね……佐々木さんはとても素敵な方よ。優しいし、私が迷っていても焦らすことなく待っていてくれるし、ついでに言えば、仕事もできるしハンサムだし、完璧な男性よね。非の打ちどころないわ」
「じゃあ、なんで迷っているの?」
「なんでだろう……」
すずねえちゃんはちょっと遠い目になった。
「自分でもよくわからないのよ。私にはもったいないくらい素敵な人で、もう二度とこんな人に出会えないかもしれないってわかっているんだけどね」
「そうなんだ……」
「佐々木さんはね、将来的に海外で勉強したいみたいなの。彼は広域専門職採用で法務関係の仕事でしょ。でもうちの会社の場合は結婚していないと海外赴任にならないから、そろそろ結婚をしたいと思っていて、できれば海外に一緒に行ってくれる女性がいいんだって」
「お姉ちゃんも海外に行きたいって言っていたよね」
「そうね。だから私の夢までかなえてくれる最高の人なんだけどね……」
「すずねえちゃんは佐々木さんのこと、好きじゃないの?」
「好き……だよ。好き……でも、飛び込めない」
「私ね、じんさんのこと好きになったら、好きがあふれちゃって怖くなったの。好きで好きで、じんさんのこといっぱい知りたくなって、いっぱい一緒にいたくてどうしようもなくなっちゃって。すずねえちゃんは、佐々木さんといっぱい一緒に居たいって思わないの?」
すずねえちゃんは私の目を真っ直ぐに見つめて、一生懸命考えていた。
「おも……うけど、それは外の私だわ。みんなから期待された人物を演じている……私……」
「すずねえちゃん!」
私は思わずお姉ちゃんに抱きついた。
「すず……ねえ……ちゃん……」
なんだか涙があふれてしまって、止まらなくなっちゃったの。本当は泣きたいのはお姉ちゃんのはずなのに。私が先に泣いちゃったらお姉ちゃん泣けなくなっちゃうってわかっているのに。
「もう、りおったら……」
優しく私の頭をなぜなぜしてくれるお姉ちゃん、やっぱり泣いてはいなくて笑顔になっている。ごめんね。先に泣いちゃって。
「ありがとう。私のために泣いてくれて。でもすずねえは大丈夫だよ。だって、今までがんばってきてたくさんいいことあったもの。みんなに喜んでもらえたし、自分自身も向上できて自信が持てるし。いいこといっぱい」
「でもそのために、すずねえちゃんがものすごい努力しているの知ってる。辛いの我慢していたのも知ってる」
「ごめんごめん。心配させちゃったね。ありがとう。りおはやっぱり優しいな」
すずねえちゃんは鮮やかな笑顔を見せてくれた。いつもそうやって飲み込んできたんだろうな。
「すずねえちゃん、私、じんさんに会ってダメな私もいいって言ってもらえてすごく嬉しかったの。だからね、きっと佐々木さんもおねえちゃんが完璧でなくたって、すずねえちゃんのこと好きなはずだよ」
「そう……だね。きっと佐々木さんならって、わかっているんだけれど……いつの間にか面倒くさい女になっちゃっていたの。今まで完璧目指して一生懸命走ってきたから、ブレーキの掛け方がわからなくなっちゃったってところかな。できる女を演じていたら、今更できない自分をだせないの。出したくないのよ。これじゃあ拗らせ女よね」
「すずねえちゃん……」
誰かお姉ちゃんの心を救ってくれる人が現れたらいいのにな。
お姉ちゃんはちょっと吹っ切れたような顔になった。
「りお、ありがとう。あなたのおかげで覚悟ができたわ。完璧な彼氏と彼女。完璧な旦那と妻。そんなことを思いながら、これからも生きていくのは嫌だから、私やっぱり、佐々木さんはお断りするわ」
「え! それでいいの?」
「きっとそれがいいんだと思う。私ね、一ノ瀬さんとお話しているうちに、職域変更したいなと思い始めているのよ。試験を受けて、地域限定専門職(転勤のない専門職)になれたらいいなって。秘書の仕事好きだし、天職だと思っているから、これからも続けていきたいし。だから佐々木さんに付いて海外行く気は無い」
「後悔しないの?」
「佐々木さんとのこと?……わからない。好きだし、後悔するかもしれないけれど、でも、仕事を辞めてついていくのは、もっと後悔しそうな気がするの。これからは私らしく、自分の生きたいように生きたくなっちゃった」
「すずねえちゃん……私、応援するからね!」
お姉ちゃんは雲が晴れた青空のような、とびっきりの笑顔だった。
「りお、ありがとう!」
☆感謝 里桜の姉美鈴の気持ちが知りたいとコメントをいただいておりました☆
かしこまりこ様より
『酒井さん視点や、朝比奈さんのお姉ちゃん視点も読んでみたいです』コメントより抜粋。
かしこまりこ様ありがとうございました。酒井視点は未定ですが(笑) 後日に書けたらいいなと思っております。(#^.^#)
かしこまりこ様の作品を紹介させていただきます♬
『サッカー』 (『金曜日のおはなし』に収録されている作品です)
明るいけれど中身がちょっとアホなイケメン優太君と、冷静で堅実だけど1ミリの差で残念な美人と呼ばれてしまったマッキーの幼馴染ラブコメ。
とても爽やかな短編です。優太君の夢が素敵でラストはほっこりさせてくれます。お勧めです。
↓
https://kakuyomu.jp/works/16816452219441842569/episodes/16816700427691835617
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