第46話 過去と向き合う

 俺は軽く睡眠を取った後、一緒に飲もうと佑に連絡を入れた。

 思いがけず直ぐに返信が来て、佑の部屋で飲むことになった。


 学生時代から何度も通っている佑の部屋。無造作に壁に掛けられた洋服は、洗濯したままの姿のようだ。でもワイシャツに自分でアイロンを当てているし、俺よりずっとずっと自立した生活しているんだなと改めて思う。


「日曜の夜に飲もうなんて、珍しいな。不思議ちゃんとなんかあったのか?」

 いつもの軽口で爽やかにそう言うと、ビールの口を開けて一口飲む。

「ぷはー! やべ、俺すきっ腹だった。朝食べたきり、何にも食べてねえわ」 

 気が抜けたようにそう言うと、うっとうしそうに髪をかき上げた。

 いつもはムースで決めた髪型も、今は辛うじて梳かしただけのバサバサな状態。

 くたびれたジャージを着てベッドに寄りかかって座っている。


「喜べ。後五分でここにピザが届く」

「やった! やっぱり持つべきは気の利く友だよな。カッキー!」

 佑は学生時代から、俺のことを『カッキー』と呼んでいる。会社では『かきじん』と呼ぶ時もあるけれど。

 ちなみに俺はそのまま『タスク』と呼んでいるんだけどな。


「不思議ちゃんとは順調だよ。おかげさまで」

「マジか! 良かったな」

「ああ」

「なに? もしかして告ったとか?」

「まあな」

「へー。で、OKもらえたんだ。良かったじゃん。うわ、なんか俺感動した。すげー! あの不思議ちゃんを落とせる男がいたとは。カッキーすげえや」

「別にすごくなんかないよ」

「いや、あの子さ、真面目でめちゃくちゃいい子なのに、いつも陰でひっそりとしている感じでさ。話かけるときちっと返事してくれるんだけど、自分から積極的に輪に加わるとかないからさ。ちょっと心配だったんだよな。そうか、良かった良かった」

「佑、お前ってほんといい奴だな」

「?」

 佑は一瞬きょとんとした顔をして、ビールを飲む手を止めたが、俺の言葉の意味に気づくと照れたように笑った。

「何、今更知ったのか。俺はいい奴だぜ」


 届いたピザをほおばりながら、俺は今まで言えなかった言葉を伝えようと思った。

 

 ようやく聞ける気がする。学生時代のこと。

 俺のことを勝手に彼氏と呼び始めた挙句に、愛が足りないと俺の行動を制限し始めた元カノ。優奈ゆなのこと。佑のお陰でなんとか円満に別れることができたんだ。

 佑に甘えて心からの礼を言えて無かったのは、俺が逃げていたからだったんだと今更気づいた。


「佑、あの時は本当にありがとな。優奈のこと。俺、お前のお陰で助かったよ。でも、ちゃんと礼が言えてなかったなと思ってさ」

 佑がまた、きょとんとした顔になる。

「へ? どうしたカッキー。なんか今日は変だぞ」

「いや、俺里桜と出会って気づいたんだよ。俺は今まで逃げていて、ちゃんとあの時のことに向き合って無かったなって」

「……別に過ぎたことだろ」

「でも、お前のお陰で優奈が俺を責めなくなって、俺本当に助かったんだよ。だから今更だけど、ちゃんと礼が言いたくなってさ。本当にありがとう」

「よせよ! 改まって言われると照れるぜ!」

 佑は居心地悪そうにビザを慌てて飲み込んだ。手をパンパンとはたいてから、二本目のビールに手を伸ばす。


「まあ、なんにしても良かったよ。そんなカッキーもようやく幸せになれそうだしな」

「俺さ、ずっと不思議だったんだ。あの後優奈がすっぱりきっぱり俺から離れていったから、お前が一体何を言ったんだろうってさ」

 

 記憶をたどるような目をした佑。

「別に、彼女の話を聞いただけさ。ずーっとずーっと。何にも言わず、彼女が語り飽きるまで話させただけ。で、好きなんだよな。振り向いて欲しかっただけだよな。わかる俺も同じだからって。後、俺も片思い中だから気持ちは一緒だよって言って二人で辛さを語り合ったわけさ。そうしたら落ち着いた。それだけ」

「え? それだけ? 俺と別れろとか言わなかったのか?」

「うーん、別れろとかは言った記憶ねえな。ただ、本当はどうしたいのかって聞いた気はする。そうしたら安心したいって」


「安心したい……か……俺だって、彼女に信じてもらえるように、必死になって話聞いたり、好きだってちゃんと言葉にして伝えていたのにな」

「まあ、お前の言葉じゃ難しかったんだろうな。そもそも彼女の不信感はお前の愛情に対してだからな。お前のことが信じられなくなっているところでいくら言っても響かないって話さ。もう一つは、お前ももう、困ったって気持ちが先行して、本当に愛しているっていう気持ちは薄れてしまっていたんじゃないのか? それが透けて見えたんだろうな」

「……なるほど、そうかもしれない。何を言っても聞いてくれない相手に、心底疲れ切っていた気がする」


 俺は彼女をもう愛していないのに、愛しているって言っていたわけか。

 だから彼女はさらに不安が募ってしまったんだな。

 その不安を払拭しようと言葉を重ねても、結局は嘘の上塗り。

 俺の言うことを信じてくれないとため息をつくのは、筋違いだったんだな。


 やっぱり、他人の心を救おうなんて、俺には百年早いって話だ。

 女性の涙が苦手だからって、俺は言葉で無理やり彼女たちの心を捻じ伏せようとしただけなのかもしれない。癒されたと錯覚させただけ。

 だから、俺の薄っぺらい同情心の化けの皮がはがれた時、優奈の心はさらに傷ついてしまったんだ……

 優奈に責められたのは、自業自得だったんだな。


 でも、佑は違った。優奈の心を無理やりに抑え込ませようとはしなかったんだ。

 優奈が不安を吐き出せるように。そっと寄り添った。

 そしてひたすらそれを聞く。それが、本当に彼女の心を癒す方法だったんだ。


 やっぱり、佑はすげえ奴だ。


「佑、お前はやっぱすげえ奴だよ。ただ寄り添っているだけ。それができる男だったんだな」

「え! なんだよいきなり。むずがゆくなってきたぜ」


 お前はもうとっくにそのことに気づいていたんだな。

 俺なんか、里桜と付き合い始めてようやくそのことに気づけたっていうのにさ。


 俺は感謝の気持ちを込めて、佑の肩をパシパシと叩いた。


「おい、よせよ。ビールが飛び散る!」

 居心地悪そうに体を捩った佑は、急に真面目な顔になった。


「カッキー美化し過ぎ。やめてくれ。優奈とのことは同族相哀れむな気持ちだっただけだよ。中一の初恋ずっーと引きずっている俺のほうがよっぽど病的レベルだったってことさ」

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