第44話 採用試験の真実

「ただいま」


 久しぶりの我が家は懐かしい匂いがした。

 

 両親はとても喜んでくれて。ママは食べたいもの何でも作ってあげると張り切っているし、休日で家にいたパパは、新聞を読むフリしながら私とママの会話に耳をそばだてているのが伝わってくる。だって、ページが全然進んでいかないんだもの。


「すずねえちゃんは?」

「出かけたわよ。夕飯いらないって言っていたから遅くなるんじゃないかな」

「そっか」


 自分の部屋へ行って着替えてから台所の母の隣に立てば、こそっとという感じでママが言った。

「里桜、ここはいいからパパの話相手してあげてくれる?」

「うん、わかった」

 

 父と向かい合う形でソファに腰を降ろした。

 新聞越しにチラチラとこちらを見てくるパパ。意を決したように、ポツリポツリと近況を尋ねてくれた。


 ふと見回すと、私と姉が修学旅行とかで買ってきたお土産が、居間の飾り棚に所狭しと置かれている。

 ママは何でもできる女性だけど、こういう所はあんまり頓着しないんだよね。見栄えとかは気にして無いの。

 シンプルな今の自分の部屋が落ち着くし、家を出るまでは、この雑多な雰囲気が好きでは無かったけれど、改めて見直してみれば、これが我が家の思い出なんだなって思う。

 たくさんの思い出があるから、いっぱいになっていて、どれも捨てられ無いから、ごちゃごちゃになってしまっている。


 そういうことだったんだね。


 三人の夕食はとても美味しくて楽しかった。


 


 予想に反して、すずねえちゃんは九時に帰ってきた。

 私を見て驚いたような顔をしたけれど、次の瞬間とても嬉しそうに笑ってくれた。

 すずねえちゃん、やっぱり綺麗だな。思わず見惚れてしまう。


「りお、シャワー浴びてくるから待っていて」


 大急ぎで浴びてきてくれたようで、バスタオルを髪の毛に巻いたまま声をかけにきてくれた。

「りお、私の部屋に来る?」

「うん、行く」


 すずねえちゃんはもう部屋に麦茶とおやつを用意してくれていた。

 お姉ちゃんの部屋もとてもシンプルで、でも私とは違ってモノトーン調でスタイリッシュな感じ。ごちゃごちゃしそうなものは、ちゃんと扉の中にしまってあるから、スッキリしている。

 大急ぎで髪をドライヤーで乾かしてから、向かい合って座った。

 

「元気? 会社でもなかなか会えないから……」

「うん、元気だよ。心配しないで」

「なら良かった」

 すずねえちゃんは形の良い眉をちょっと寄せた後、ほっとしたように元に戻した。


「ねえ、すずねえちゃん、今日は伝えたいことと聞きたいことがあってきたんだ」

「私に? 嬉しいな」

 心の底から嬉しそうな姉の顔を見て、胸の奥がチクリと痛む。

 すずねえちゃんは、本当は私と話したがっているんだってわかっていた。会社でもね。でも、それをブロックしていたのは私の方だから。


「あのね……私、同じ会社の人とお付き合いすることになったんだ」

「え! 誰? どんな人?」

「福利厚生担当の柿崎臣さんって人」

「うーん、知らないな。あ、でも福利厚生って言ったら一ノ瀬さんのところだ」

「すずねえちゃんのこと、私のお姉ちゃんだって知っていたんだ。私今までお姉ちゃんのこと誰にも言わなかったんだけど」

「りお、それについては……」

「うん、わかっている。お姉ちゃんは気にしていないってことも。本当は妹だって言いたかったってことも。でも、同じ会社に身内がいることをよく思わない方もいるだろうし。金融系だから余計にね」

「……りお、まだ気にしているの? あなたがこの会社に採用されたのは、りおの実力なんだからね。私は関係ないし、だいたい一平社員の言動が人事の採用に影響与えると思う?」

「そんなことは思っていないよ。でも、私が受かったのはこの会社だけだから、やっぱりすずねえちゃんから幸運をもらったのかなって思う。それに、お姉ちゃんが会社でしっかりとお仕事してくれていたから、私が落とされずにすんだのは確かだよ」

「それはそうかもしれないけれど……りお、この際だから言っておくね。りおの採用を後押ししてくれたのは一ノ瀬さんだったんだよ」


「え? 一ノ瀬係長?」

「そう、福利厚生担当の」

「そう……だったんだ」


 そう言えば、一次面接、女性の面接官だった。とても綺麗でてきぱきとされていて。

 質問がユニークだったの。ふつうは自分の長所短所とか、志望動機とかを順番に聞かれて、私はそれが苦手で失敗していたんだ。

 自己表現なんて言われたら困ってしまうんだよね。だって、素の自分には何の取り柄もないと思ってしまうから、自信が無かったんだ。だから、堂々と思い切ってアピールすることができなかった。


 でも、その女性面接官の質問は特別だった。

 自分自身のこととか、学生時代のこととか一切聞かれなくて、いきなり例題を出された。


『もしもあなたが、保険の外交員だったらという気持ちで答えてくださいね』

 一緒に面接を受けている五人の子たちがざわめいたわ。


『あなたはある保険契約をとりつけました。お客様も納得して手続きをするのみ。ところが手違いで保険年齢が過ぎてしまい、保険料が上がってしまいました。あ、保険年齢って知ってる? 普通の誕生日とは違っていて、保険契約における算定基準年齢っていうのがあるのよ。その日付を過ぎてしまうと保険料は当然変わってしまう。遡及させることはできないから、過ぎてしまったら、一つ上の保険年齢でしか契約できないからね。気をつけないといけないわね。で、問題は年齢が過ぎちゃったから、当初お客様に提示してOKもらっていた契約よりも高い保険料になってしまった時、あなたならどうしますかっていうのが質問内容です。順番でなくていいから、思いついた人から挙手して答えて」


 あの時、私は当然ながら一番最後に答えた。そして、うまく答えられた自信も無かった。みんな堂々と答えていたし、常識的なお答えをちゃんとしていたから。でも私は……


 すずねえちゃんは一ノ瀬さんと仲が良いらしく、時々プライベートで飲みに行っているらしい。一ノ瀬さんはバリバリのキャリアウーマン。うちの会社の広域総合職(転勤を伴い仕事内容も変化する)で、仕事もできる方だから、順調に昇進もされていて、同期で一番早い段階で係長にも就任されている方。

 ちなみにお姉ちゃんと私は地域業務職入社(転勤がなく基本業務を遂行する)。


『例文に無い質問はしないでほしい。平等性に欠けてしまうからって人事からは怒られて、あれ以来呼んでくれなくなっちゃったけれどね』


「一ノ瀬さん、気にする風でもなく笑っていたけど、質問の意図を教えてくれたのよ」

 

『私はね、思いもよらぬ質問をされた時のみんなの反応を見たかったんだ。別に何を答えるかじゃなくて、彼らの声音、答え方、考え方、表情、雰囲気、そんなものを見たかったの。焦った時って、その人らしさが出ると思わない? 慌ててしまう子もいたし、面接慣れしていて堂々と返してくる子もいたわ。そんな中であなたの妹さんは一番最後に答えたけど、とても冷静に彼女らしく答えてくれたのよ』


『りおはどんなことを言ったんですか?』


『大体の子はさ、誠意を込めて謝罪して保険料が上がることを理解してもらうと。もしもそれで理解が得られなかったらあきらめるしかない。自分の落ち度だからって答えたわ。でもね、彼女は、謝った後一から保険を組み直すっていったの。特約とかを全部見直して必要最低限を探すって。そうして再度提出するって。特約の見直しに気づいたということは、保険のことちゃんと勉強してきている証拠だし、再度提出の言葉にはあきらめないバイタリティが感じとれた。それに真にお客様の立場にたっているとも言えるわ。だってお客様は本当は保険を契約したいと思っているんだから、どんな時もより良い提案をすることが一番大事よね。もちろん、同じ答えの子も他にいたわよ。でもね、なんていうのかな。あなたの妹さんは、本気なんだって感じたの。パフォーマンスじゃなくて、本当にそうするんだなこの子って思わせてくれた。いいなと思ったわ。こんな子と仕事したいって思ったのよ』


「だからね、りお。あなたがうちの会社に合格したのは、面接が一ノ瀬さんだったからなのよ。一ノ瀬さんと出会えたことが、あなたの幸運だったの」


 すずねえちゃんの言葉が、すうっと私の中に入ってきた。

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