第43話 完璧でない自分

 目が覚めた時、ものすごくびっくりした。

 だって私、じんさんの胸でそのまま寝てしまっていたから……


 じんさん、重かっただろうな。

 それよりも、迷惑な女だなって、呆れられちゃったかな。

 ううん、じんさんならこんなことで怒ったりしないわ。だって、スッゴク心が広い方だから。


 私を抱きしめたまま、じんさんも疲れたように眠り込んでいる。

 じんさんの顔、初めてこんなに間近でじっくりと見たかもしれない。筋の通った鼻、意思の強そうなきりっとした眉。きゅっと結ばれた唇。でもとってもとっても優し気な顔。


 出会ってからずっと、じんさんが私にくれたもの。それが私を強くしてくれた。

 いつもいつも私の気持ちを大切にしてくれる人。無理を言ったり、馬鹿にしたりもしないで、私のペースに合わせてくれて、感性を楽しんでくれる人。

 

 ありがとう! 大好き! 


 そう、私はじんさんが大好きなの。

 ずっとその寝顔を眺めていたくて、私は息を殺して見つめていた。


 あれ、クーラー効きすぎかも。

 私はじんさんに抱きしめてもらってこんなに温かいけれど、じんさん寒くないかしら? お布団をかけてあげたいなと思いつく。 

 そうっとじんさんの手からすり抜けたら、じんさんがぐらりと傾いた。私は慌ててじんさんの腕をつかんで、そうっとクッションの上に軟着陸させた。


 ほうっ。良かった、テーブルにぶつけなくて。でも、これ以上私の力ではじんさんを動かすことはできないわ。とりあえず、掛布団だけでもかけておかないと。

 予備の布団ないから、私の掛布団でいいかな。


 布団にくるまれて安らかな笑顔を見せてくれたじんさんの顔を、今度は飽きることなく眺める。見ているだけで幸せな気分になれるんだから、私っておめでたいやつ。

 でもその時、ふいに、私の中に思いもよらない衝動が沸き上がった。

 

 触れたい……じんさんに、触れたい。


 突き動かされるように、私はそうっと、そうっと人差し指を近づける。

 ぷにっ……とじんさんの頬を突いたら、くすぐったそうに顔を歪めて、また穏やかな寝顔に戻った。

 か、かわいい!



 朝の光はまだ弱く、東の空から登ったばかり。でも空はもう藍色が薄くなりつつある。

 火照った頬を冷ますために、私は静かに伸びをした。


 

 昨日は本当に幸せな一日だった。じんさんと一日中一緒に過ごせて。

 鎌倉も海も綺麗で、楽しかった。そして私の心の醜い部分があふれ出てしまった日……それさえも、じんさんは受け止めて、浄化してくれた……


 今までで一番幸せな日。

 この間、じんさんと両想いになれて、人生最高の日だって思っていたのに、もうあっさりとそれを更新してくれた。じんさんって、やっぱり凄い!

 

 じんさんとの出会いは、私にとっては奇跡みたいな出会いで。

 幸せ過ぎて怖いくらい。それなのに、もっともっとってわがままになってしまう。


 でも、恋ってそういうものなのかもしれない。


 さーやも、すずねえちゃんも、同じ気持ちになったりするのかな。

 お姉ちゃんもそんな恋したことあるのかな?


 誰から見ても完璧に見えるお姉ちゃん。でもその陰で、涙ぐましい努力をしていることは知っている。みんなから嫌われないように、ものすごく気を使っていることも。


 そんなお姉ちゃんだから、私は大好きだし、本当はみんなに自慢したくてたまらない。 

 でも、私はすずねえちゃんとは違い過ぎて……いっつものろまで頓珍漢なことばかりしてしまうから情けなくて、辛くなっちゃうことも多かったんだ。


 でも、じんさんを好きになって思ったことがある。

 完璧じゃなくっていいんだって。

 だめな自分も見せられて、大丈夫って言って受け入れてくれる人との出会いが、一番安心できるんだってこと。


 だったら、完璧を求めるお姉ちゃんは、どんな人と恋に落ちるんだろう。

 完璧な自分しか見せられないなんて、それは幸せなのかな。

 お姉ちゃんも完璧でないところを見せられる人と、恋したいって思ったりしないのかな。

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