第60話 「デスヨネー」
「……わけわかんないんだけど」
これは、いわゆる修羅場というものだった。第三者の目線から見れば、俺が円花を襲っているようにしか見えない。それに、襲われている張本人は、恍惚の表情を浮かべていた。実に救いようがない。
「騎里子、これは誤解なんだ。きっと信じられないと思うけど」
「そうね、信じられるはずがない。
第二次性徴期真っ盛りの変態男子高校生が、勢い余って、クラスメイトとエロいことに走ったというのは、動かぬ事実だわ。
用事なら仕方ないかもしれないけど、失望したわ。せめて、学校男でサボらずに休日にしなさいよ」
「教室だったらいいのかよ!」
「別に構わないわ。あとでユージの息の根を止めるだけだから」
「殺されてるじゃないか!」
俺の周りにいる女子は、危険な奴らが多いらしい。ここまでよく生き延びてきたと思う。一歩間違えれば、地獄に落ちていたかもしれないな。
「あの、ユージさ。股間が盛り上がっているように見えるのだけど? もしかして、この女の体に欲情してるわけ?
「し、してないわ!」
己の生理現象を抑えることはできない。ただ、騎里子の怒りを抑えるためには、それを認めるわけにいかなかった。
「ゆーくん、完璧に等しい私の体は、性的魅力を有していないというんですね。自分から誘っておきながら、よくもそんなことがいえますね!」
円花と騎里子はコインの表と裏の関係にある。円花に対して都合のいいことをいうと、騎里子に対して不都合となる。俺が弁解しようとすればするほど、糸がこじれていき、複雑な模様ができあがる。
「……」
「ユージ、あなたに黙秘権はないのよ。忘れたかしら、あなたには基本的人権するら与えられていないの。私が絶対なのよ」
「月里さん、それは間違っています。ゆーくんのあり方を決めるのは、私の仕事です。あなたにゆーくんの権利をとやかくいう資格はありません」
なんと意味不明な会話であろうか。俺は権利を奪われていて、その保有権を、どちらが有しているのか幼馴染と義妹が議論しあっている状況。
類は友を呼ぶか。そうなれば、俺は変人なのか……。自虐の原因を、思わず自ら生み出してしまった。
「……それは置いといて。ちょっと、いったん服を着てもらえるかしら? あと、その体勢も崩して」
気を取り直し、食卓につく一行。
「どうしてこんな状況になったのか教えてもらえる? ユージが尊い犠牲になるのは大前提だけど、形だけでも弁解をきいておいてあげるわ」
「ゆーくん、安心してください。ゆーくんがこの世をさるときが、私の生涯最後の日です。犠牲となるのはゆーくんだけではありませんよ」
「頼むから命を軽々しく賭けないでくれ。命だけは……」
というか、なぜ円花が騎里子寄りなんだよ?
「じゃあ、説明しなさいよ」
「わ、わかったけどさ……」
さすがに、ありのまま起こったことを話すわけにはいかない。有罪であるのが明らかになってしまう。それに、今日のできごとを語るだけの勇気を、俺は持ち合わせていなかった。
縄縛り! シチュエーションプレイ(赤ちゃんプレイをふくむ)! セクハラ発言からの円花脱衣!
うん! 人に話すもんじゃないね!
これらの内容を、やや脚色し、何重にもオブラートに包み込み、どうにか騎里子に伝えた。
「やっぱり変態じゃないの」
「デスヨネー」
「制裁を加えるにしても、これまで以上のものが必要みたいね。円花さんも積極的だったとはいえ、ユージが誘って例の状況になったわけだし」
「いやだ、殴られたくないし、蹴りも怖い……」
「私だって、人のお楽しみを邪魔してしまって、申し訳なく思っているところもあるわ。でも、それ以上に、ユージがそこまで至ったという事実が許せないの」
「それってただの嫉妬じゃないk……」
「ッ〜〜〜!!」
この一撃は、騎里子のツボを、的確におさえた。
「う、うるさいわね! ユージは黙って生きていなさい!」
「発言権が」
「もうこの話お終い。とにかく制裁タイムをはじめるわ。私の堪忍袋の緒はすでに崩壊寸前なのだから」
「やめろよ、絶対暴力振るうなよ! フリじゃないかr……」
いうと、騎里子は立ち上がった。椅子に座っていた俺の首根っこをつまみ、床に倒される。
「私は暴力なんて振るわないわ。女子はもちろん、男子にも。でも、愛の鞭は好きなだけ振るうのっ」
「言葉遊びじゃないか。理不尽の極み」
「生きたいなら無抵抗でいることね」
目にも止まらぬ速さで、関節技がかけられる。もう、逃れられない。
「絞めていくわよっ」
「ぐわああああああ!」
体が密着し、筋肉たちが悲鳴をあげる。
こうして、騎里子による罰の執行は、十数分間に及んだ。
暴力系は怖いね。
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