第45話 「なるほど、犯罪の匂いがプンプンするぜ」
「祐志さん、事件です!」
それは昼休みのこと。三咲ちゃんは、俺に対して物騒なことを口にした。
「なんだ、文芸部は探偵部にでも看板を変えるのか」
「いいえ。探偵系のことはミステリーの範疇なので、文芸部でも扱ってオーケーでは? あ、探偵ごっこのときにはもちろんせんぱいが助手で!」
「わかったよ。それより三咲ちゃん、テンション上がりすぎだ」
廊下に呼び出されるやいなや、彼女はそこそこ大きなボリュームで「事件です!」と報告してきたのだ。近くにいた生徒の目線が集まっていて居心地が悪い。この状況、ファミレスでゲームしたとき以来だろうか。
「仕方ないのです。〝初めて〟を迎えたんですから……」
「どういった種類の初めてか教えてもらおう」
「せんぱい、そういうのはセクハラですよ」
「俺だってさすがに
「ちぇっ、バレてましたか」
三咲ちゃんは口を尖らせ、つまらなそうに溜息を漏らした。
この手の問答で失敗したことがある。当時の俺はそのワードをどういうわけか勘違いをして、反応に困ってしまった。
結局、なんてことない〝初めて〟のことだったと発覚したわけだが、数日は勘違いしたことを三咲ちゃんに擦られた。
もし勘違いするような〝初めて〟だったら、明け透けに、かつこんな場所で告白しないだろう。ふたりきりの部室ならともかく、ここは廊下なのだ。
「私のクラスに転校生が来たんです」
「転校生?」
「はい。それもとびきりキュートな女の子なのです」
俺のクラスに引き続き、ついには三咲ちゃんのクラスまで転校生にまでやってきたのか。長年にわたる
「女の子か。それで、どういう系統のキュートなんだ」
「せんぱい、ふだんより食いつきがいい気がします」
「気のせいじゃないか?」
「気のせいじゃありません。めっちゃ早口ですし、それに、前に踏み込んでいるせいで距離が近いです!」
転校生というワードに反応しすぎて体まで前のめりになっていたらしい。どうも、知的好奇心には抗えないようだ。
一歩引き下がり、呼吸を整えてから会話を再開する。
「……それじゃあ、さっきの転校生に関する質問に答えてもらえるか」
「はぁ、せんぱいは仕方のない人ですね」
嫌々ながらも、三咲ちゃんは転校生の容貌について教えてくれた。
庇護欲にそそられる低い身長。
流れるようなサラサラの髪。
魔性を秘めた妖しい眼。
「そしてなにより、いい匂いがするんです! クンカクンカしたくなりますよ! あぁ〜一日中抱きしめてあげたい……」
「なるほど、犯罪の匂いがプンプンするぜ」
「いまこそ探偵の出番ですねッ!」
「探偵が犯人でどうする」
「面白そうじゃないですか! きっとそのネタでミステリーの新人賞くらいなら余裕でとれますよ!」
「新人賞舐めすぎでは?」
「じゃあ秋に出す部誌で諦めます」
「……没になる予感しかしない。あとそういう問題か……?」
そういえば、俺たちは文芸部だった。片手に数える程度の部員しかいない弱小部活。真面目な話、部誌くらい作らないとまずいよな。
振り返ってみると、俺たちはゲームしかしてない。レースゲームに関する知識は増えたが、文学に対する理解はまるで深まっていない。ゲーム部とでも名前を変えたほうがよさそうである。
「それはともかく。せっかくだから、例の転校生にお目にかかりたいんだが」
「たぶん昼休みは無理でしょうね。転校生が気になるのはせんぱいだじゃありませんから。私もあまりに近づけなさすぎて逃げてきた口です。大人しく諦めてください」
「んー、なら名前だけでも教えてくれたら……」
「ダメです」
「即答! ひどい! なぜ!」
「せんぱいが私以外の女の子に興味津々なのがなんとなくイラッとするからです」
……理不尽だ。
転校生の情報くらい、気になって当然だろう。元を返せば、これは三咲ちゃんが持ってきた話題なんだ。
そう反論しようと思ったが、予鈴のチャイムによって会話を中断せざるをえなくなった。
「タイムオーバーです。もし会いたいなら自力で頑張ってくださいね。でも、もし放課後とかにふらりと私の教室に来たら─────どうなるかわかりますね?」
「会うことすら制限されるのか」
「まだ会うべきではありません。ともあれ、せんぱいに転校生のことを伝えられて満足です。嫌がらせができましたからね」
三咲ちゃん、地味にひどい。ハラスメントだってばかりいわれるし、扱いひどいし。ハラスメント関連はもう慣れたとはいっても、まったく傷つかないわけでもないからね。
そんなわけで、転校生との邂逅は先延ばしにされてしまった。
……転校生と会いてえ。
なんかめっちゃタイプっぽい気がする。なかなかの逸材っぽい予感。
円花さん系統でないことを祈る。
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