第46話 「褒められてばかりだと照れます……」
放課後。俺はダメもとで三咲ちゃんの教室へ赴いた。
三咲ちゃんにはきついことをいわれたものの、欲望には抗えなかったのだ。俺のクラスのホームルームが遅かったためか、三咲ちゃんの教室はもぬけのからだった。
「いないか……残念」
本日は文芸部の活動はない。円花はそそくさと帰ってしまった。ゆえに、俺はひとり寂しく帰らねばならない、というわけだ。
どこか満たされない。
欲求不満はなにかしらの方法をもってして解決される。我慢するという選択肢もあったが、別の手段を講じて気分を紛らわせようと決めた。
「連絡、してみるか……!」
そう、あの葉潤糸唯ちゃんに。
連絡先は交換してあったのだが、一度出会っただけだったしほとんど連絡をとっていなかった。
年齢は尋ねなかったが、彼女は中学生以上だ。部活に所属していないのだという。近所に住んでいるはずだから、オッケーさえもらえれば会うことも難しくないはず。
軽く挨拶のメッセージを入れると、すぐさま既読がついた。唐突すぎるが、俺は会わないかと提案してみた。
送った後に「さすがに初っ端から『会おう』はやりすぎたかな?」とソワソワしていたものの。
『もちろんいいですよ。いま○○公園にいます。そこで合流しませんか?』
という乗り気な返信が。
やったぜ。
場所は、例の滑り台がある公園。自宅からさほど遠くない。好都合だ。
それから自宅に帰るルートとほぼ同じ道を辿りながら、滑り台のある公園へとむかう。
公園名の書かれた石碑が見えたあたりで、糸唯ちゃんに到着を報告。公園にいる、という情報しかなかったので、詳細な居場所まできくことにした。
彼女曰く、『滑り台の上にあるベンチで待っています』。
若干きつい階段を登ると、ベンチはすぐある。
「祐志さ〜ん!」
立ち上がり、大きく手を振って出迎えてくれている女の子が目に入った。待たせるのも悪いから、小走りでベンチまで近づく。
「糸唯ちゃん……?」
「はい。あの、どうかされましか」
「いや、雰囲気がガラッと変わったなーと」
そこにいる少女は、はじめて会ったときとはまるで違かった。長かった髪はばさりと切られ、隠れていた目が露わとなっているのだ。
円花とも、三咲ちゃんとも、騎里子とも違う。いくら見つめていても飽きそうにない、不思議な魔力を秘めた目だ。コーヒーにミルクを溶かしたようなブラウンの目は、さながら愛くるしい動物を想起させる。
「そ、その……ガン見されると私も困ります……はうぅぅ……」
「ごめんな。髪だけじゃなくて、目まで素晴らしいとはしらなかったんだ」
「褒められてばかりだと照れます……」
幼い子供を彷彿とさせる高い声で糸唯ちゃんはこたえる。ボソボソと喋っていて若干ききとりずらいものの、それが逆にいい。人に慣れていない感じがいい。
フランクなタイプが周りに多いから、こういったタイプは新鮮なのだ。
「立ったままもなんだし、座らないか?」
「いえ、ここだと窮屈ですし」
ベンチはひとつだけ。二人で座るにはそこそこ距離もとれてちょうどいいと思うのだが。
「ひとりで公園にきたわけじゃないですから。もうひとり連れがいるんです」
「そっかそっか、ひとりじゃないか。そりゃそうだよね」
みさきちゃんじゃあるまいし、ひとり放課後に公園へいくなんて
「連れが戻ってきましたよ」
糸唯ちゃんが指をさした方へと視線を動かす。
「糸唯ちゃ〜ん! お待たせ〜!」
女子特有の、ノーマルよりワントーン高い声だ。
「綾崎さん、サプライズゲストですよ〜」
十メートル弱先の女子に糸唯ちゃんが呼びかける。その人物が誰だか分かった瞬間に、俺は次が読めてしまった。
「………」
黙ってうつむいておこう。うん、きっとそれがいい。糸唯ちゃんは悪くないんだ。悪くないんだよ?
「は? せんぱい? いったい全体なにが起こってるんですかね?」
そこに、三咲ちゃんがいた。
「俺が糸唯ちゃんに会わないかと連絡した。俺は公園まで来た。んでなぜか三咲ちゃんがいた」
「待ってくださいよ! 私を三咲ちゃんと呼ぶのはいつも通りですが、どうしてはうるんさんと面識が?」
「待て待て、こっちこそききたい。なぜ三咲ちゃんが糸唯ちゃんと知己なんだ」
情報を整理しよう。
単純なことだ。俺と糸唯ちゃんは知り合い。そして、糸唯ちゃんと三咲ちゃんも知り合い。
つまり、俺と三咲ちゃんは知り合いの知り合い……だけれども。
「先輩から先に質問にこたえてください」
「夏休みに偶然出会った。以上。んで、三咲ちゃんはどうなんだ」
「はうるんとはきょう知り合ったばかりです」
「初対面?」
「はい。なんせ彼女こそ私のクラスの転校生ですから」
「……はい?」
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