第44話 「そんなものは都合よく忘れようとしていました。てへぺろ」

「ついに終わってしまったか」


 夏休みが終わったという事実は、俺を大いに苦しめた。事実から目を逸らそうとしたし、理解を拒もうともしたくらいだ。


 本日はいよいよ登校日である。もう少しで出発する時間だ。


「ゆーくん、世の中には〝終わりのはじまり〟という言葉もあります」

「そうはいうけどなぁ、これまでの優雅な生活はしばらくお預けなんだぞ?」

「かといって毎日が休日だったら、休日としてのありがたみがなくなります。平日があるから休日は素晴らしいんです」

「むむむ」


 平日があるから休日にありがたみが生まれる。たしかにその通りかもしれない。


「それじゃ、きょうは恋人繋ぎで登校しませんか」

「さらっと爆弾を打ち込むものじゃない。それに円花、この関係を隠し通すためにも、俺たちは時差登校を徹底しなきゃまずいだろ」

「そんなものは都合よく忘れようとしていました。てへぺろ」

「忘れてないんかい」


 ……この後、話し合いの結果で俺が先に出ることになった。


 登校中、することもないので夏休みを振り返ってみることにした。


 色々あったが、その中でも、この夏休みの後半戦において大きく変化したことがある。


 名前の呼び方だ。


 これまで、白羽円花のことを〝円花さん〟と呼び続けていた。それも、過ごす時間が増えていったことで親しみが湧き、〝円花〟と呼び捨てするに至ったのだ。


 俺の名前の呼ばれ方はもともと〝祐志さん〟というものが多かったものの、いつの間にか〝ゆーくん〟の勢いに押し負かされてしまった。


 これを互いの距離が縮まったととっていいだろう。ネガティブに捉えれば、円花のヤンデレが自然に出かねないという点であろう。



 一ヶ月近くもあった夏休みを振り返っていれば、学校へ早く着くものらしい。


「祐志、久しぶりだな!」


 教室に入ると、友人の翼が目に入った。


「久しぶり。翼、この夏でずいぶん焼けたんじゃないか?」

「まあな。毎日外で部活をやってれば、誰でもこのくらい黒くなるもんだよ」


 インドアな生活を送っていたため、俺はまったく日焼けしていない。毎日太陽に晒されてきた翼とは大違いである。


「部活ばっかりの夏ってつらくないのか?」

「つらいっちゃつらいが、好きでやってることだから楽しさが僅差で勝るな」

「僅差なのかよ」

「楽しいだけじゃすぐ飽きる。少しつらいくらいがちょうどいいもんだぞ?」


 ……どこかデジャブを感じざるをえない理論である。


「逆にききたいんだが、毎日家ばかりで飽きないのか」

「うーん。『暇でうれしい』が『飽きてくる』に圧勝してたな。家で過ごすのも工夫次第で楽しいんだからな。外に行かなくても」

「つまりは誘ってくれる友人g……」

「それから先は禁句な? な?」


 友人は数だけで決まるものではないんだ。そこは強調したい。友人がいないわけではない。一緒に遊べる友人がいないだけだ。どうも、現実は非情であるらしい。


「それじゃあ祐志はいつも通りってわけか」

「まあな。翼もそうらしいな」


 夏だからといって、特別なことがたくさん起こるわけではない。あくまで一年のうちの一ヶ月に過ぎないのである。


「ほら、寂しい祐志くんは席に戻りたまえ」

「寂しいは余計だ。ほら、一緒に過ごせる相手もいるわけで……」


 そういうと、翼は怪訝そうな表情を浮かべた。


「祐志、家族以外に誰かいたっけ?」


 どうも、余計な台詞を吐いてしまったらしい。


「い、いるわけないだろ。なにをいってるんだ」

「恋人か?」

「んなわけ」

「まあそうだよな。あの祐志だもんな〜」


 危ないところだった。どうにか誤魔化せたはず。セーフと見なしてだろう。


 俺と円花さんの関係は複雑だ。語ると厄介なことになるのは確実。たとえ翼相手でも、むやみに教えるようなことではない。人の口に戸は立てられぬというではないか。


 現に、このことをしっているのは円花さんくらいだ。糸唯ちゃんはしばらく会うこともないだろうし。まあ、糸唯ちゃんから連絡先はもらっているので、会えないことはないが。


「きょうはやけにあたりが強くないか」

「まぁ祐志だからいいっしょ」

「ひどい友人だ」

「ぶっちゃけると、彼女とうまくいってないんだわ。一からはなすには複雑だから祐志にはいえないけど」


 俺が反応に困っていると、翼は「気にするな」と流してくれた。


「愚痴相手くらいにはなるぜ」とだけ伝え、俺は席に戻った。


 周りを見渡してみる。円花はもうきていたようで、クラスの女子とおしゃべりを楽しんでいた。家で見る彼女とは大違いである。


 幼馴染の騎里子は、本日欠席である。というのも、家族旅行にいっているのだ。きょう帰ってくるので明日から登校予定するらしい。


 ホームルーム開始のチャイムが鳴り、担任がやってくる。一ヶ月ぶりの光景ではあるものの、はじまるとすぐいつもの感覚が戻ってくる。




 夏はふつうに終わった。だとすれば、秋もふつうに終わるのだろう。


 俺は、そんな甘い見通しをしていた。しかし、些細なものでも、新たな出会いは触媒となり、これまでの環境を一変させることを忘れてはいけない。


 明確な変革の兆しは、早くもきょうの昼休みに確認されることとなる。

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