第22話 「恋愛戦争は一時休戦です!」

 午前中は英語と数学の勉強で消化された。


 外の豪雨は弱まることを知らない。むしろどんどん強くなっているくらいだ。


「雨ってテンション下がりますよね」

「テンションおかしくなるから上がってるんじゃないの」

「いや、料理を作るのが億劫なだけです」


 昼食は円花さんの希望でカップ麺にした。俺が作っても良かったのだが、作れるレパートリーが少ないうえにさほど料理の腕がふるわなかったりするのでやめておいた。

 

「カップ麺ができるのを待つ三分っていつもなにしてますか」

「スマホをいじるかな。あとはボーッとするか。円花さんは?」

「実は一度もカップ麺を食べたことがないですよ」

「さすがはお嬢様」

「ですから、このなにもできないもどかしさをどうすればいいのか悩んでしまって。私は大丈夫なのでしょうか」

「たった三分待つくらいで思い悩まないでよ」


 ややあって、セットしておいたタイマーが鳴る。おしゃべりをしていたら三分なんてすぐに吹っ飛ぶものだ。


 昼食後は午後パートだ。


「ゲームです」

「なにをやりたい」

「祐志さん」

「僕は断然」

「レースゲームだけ」

「……連携プレーで短歌ができたね」

「ノリがよくて助かりました」


 リビングには最新型のテレビゲームがある。カセットは豊富だ。文芸部の三咲ちゃんとやったレースゲームはもちろん、野球やらエクササイズ系、それにRPGもある。


「レースゲームでいいんですか」

「もちろん」

「私、けっこう強いですから油断しないでくださいね」

「なんせレートが一桁違うもんな。お手柔らかにお願いします」

「はい!」


 返事がいいときに限って、話をきいていないものだ。


「……これで九連敗ってマジですか」

「私もそうとう手を抜いますよ」

「だって、いまだに一周以上も差が開いてるんだよ?」

「うーん、おかしいですね」


 格の違いってやつを見せつけられた。もうリモコン操作のやり方がまるで違うんだ。持ち方だったり指の使い方だったり。そのうえコースを熟知していて、ミスがない。


「結果がイーブンになるくらいのゲームはないか?」

「またポーカーをやりますか」

「あれはもうごめんだ。またロイヤルストレートフラッシュでも出した日には俺の運が完全に吸い尽くされる」

「もう吸われたようなものじゃないですか」

「それをいっちゃおしまいだよ」


 なんだかんだ、円花さんといると楽しいんだよな。あくまで、適切な距離感を保った場合に限るのだが。

 彼女を、心の底から〝ヤバいやつ〟と認定していれば、そもそも関わったりはしていない。たとえヤンデレだとわかっていても、完全には拒絶できないらしい。


「それじゃあこの野球ゲームでも──」


 と、レースゲームを終了しようと操作したとき。


 一筋の光が、目の前でパッと点滅する。


 そして、凄まじい轟音が俺たちの耳をつんざいた。


 雷だ。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 けっこう近くに落ちたよね? 光が見えて数秒で鳴ったよ? 下手したらここに落ちていたかもしれないよね。命の危機を感じたよ。


 俺たちは無意識に、ハグをしていた。なにかに抱きついていないと不安で仕方なかった。


「はぁ……はぁ……ゆーくんさんがすぐそばに……でも怖いほうが勝ります!!」

「やっぱり怖いよね? それどころじゃないよね?」

「恋愛戦争は一時休戦です!」

「いつからそんなの開戦してたんだ」


 軽口を叩いていると、また光が見えて。


 轟。


 光と音はほぼ同時だった。


「私たち生きてますか? それともここは別の世界ですか?」

「今度こそ超近かったよ? なんなんだよ」


 直後、テレビの電源がプツリと切れる。そして、家中の電気がいっせいに落ちた。


「え、まさかの停電ですか……?」

「どうやらそうらしいな」


 昼とはいえ、空は雨雲で覆われているので薄暗い。光がないのは少々心細かった。


「どうすればいいでしょう? これじゃあ、お楽しみ♡ ができないじゃないですか」

「予定は遂行されるべきものであると同時に、変更されうるものでもあるんだよ」

「そうですけど……」


 薄暗い中でいるのも気分が落ち着かないので、近くにあった懐中電灯を照らす。


「スマホのライトじゃなくていいんですか」

「充電切れたら困ることが多いだろう。無駄使いはしたくない」


 豆電球タイプだから、照される範囲は狭い。


 でも、暖色系の光は落ち着かなかった気持ちを鎮めてくれそうだ。


「停電が終わるのを待つまでなにします?」

「うーん、停電なんてほとんど経験ないから思いつかないなぁ」

「私のカップ麺と同じですね」

「停電をカップ麺と同列で並べるなよ」

「どちらも待つ時間が人生の無駄でしょう」

「全然謎かけになってないし、さっきの三分間のおしゃべりは人生の無駄だったってことかな」

「人生なんてぜんぶ無駄からできてるものじゃないですか」

「さみしいこというなよ」


 円花さんは自室までいくと、文庫本を持ってきて読み出した。表紙をちらりとみる。小難しそうなタイトルの本だった。


「これぞまさしく現代版・蛍雪の功です」

「もしかして停電を楽しんでいたりします?」

「人生楽しんでいたほうがお得だっていいますよ」

「そうかもしれないけどさ」


 黙々と読書タイムがはじまってしまったので、負けじとこちらも自室から本を持ってくる。


 そんな難しい本なんて持っているはずもなく、対抗して読むのはライトノベルだ。


「ゆーくんさん、それで私の本に勝つつもりですか?」

「ライトノベルを舐められると困るな」

「ふふふ、実は私が読んでいる本、まったく面白くなくて十分経っても二ページしか進んでいないんですよ!」

「どうしてそんなに誇らしげなんだろうな」


 全然自分の能力を把握できてないやつじゃん。



 ……この話のオチ。円花さんは読んでいた本が難しすぎてカーペットの上で寝落ちしたのだった。



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