第23話 『せ、せんぱいのセクハラ! そんなに私の下着姿をまじまじと見たかったんですか』

 誰しも、自分だけが特別だと思いがちなきらいが少しくらいはある。


 この豪雨で外に出られず、雷に怯えている人間も俺だけとは限らないわけで。


『せ、せ、せ、せんぱーい!! 雷怖いですぅ!』

「三咲ちゃん、同感だよ。怖すぎるよ。だって目の前に落ちたんだもん」

『私は三咲ちゃんじゃなくて、みさきんです』

「そんなあだ名で呼んだ覚えはない」

『三咲ちゃんって子供扱いされているみたいで嫌じゃないですか!』


 現在、円花さんは絶賛睡眠中である。寝たフリじゃないか確認したが、本当に寝ているようだった。  


 ひとりラノベを読むのに飽きてきた頃、スマホに電話がかかってきた。その相手が綾崎三咲だったわけである。通話をはじめてもう何分経っただろうか。


「返しにキレがあるからまあまあ余裕ありそうじゃないだな」

『余裕がないから会話に集中しているんで……ってきゃああああああ!!』


 電話越しから雷の音がきこえる。それからしばらくたってこちらでもきこえた。


「大丈夫か、みさきん」

『みさきんって呼ばないでください。せんぱいに馬鹿にされているような気がしてなりません』

「みさきんだっていったのは君じゃなかったかな?」

『まだ三咲ちゃんの方がマシです』


 まったく理不尽なものだ。肩をすくめたくなる。


「そういや、どうしてわざわざ俺に電話をよこしてくれたんだ?」

『先輩とはなしているとすぐ時間が経ちますし、なによりせんぱいを言葉責めするのが楽しいからに決まっています』

「そりゃどうも。こっちも持て余していたから助かるよ」

『お役に立てて光栄です』


 先輩を罵倒するのが楽しいとは、とんだドSさんだな。


「ずっとやってみたかったことなんだが。試しにビデオ通話でもするか」

『せ、せんぱいのセクハラ! そんなに私の下着姿をまじまじと見たかったんですか』

「どうしてそうなる。セクハラだのパワハラだの」

『だ、だって……わたし、いま下着しか着けていないんですよ。それもとくだんセクシーなやつです。せんぱいには教えていませんでしたが、おうちだといつも下着一丁で生活してるんですよ』


 ということは、いまも下着姿で通話をしているということか……。


 つい頭に三咲ちゃんの下着姿が浮かび上がりそうになるが、どうにかそれを押さえつける。


「ふーん、まあ人それぞれだからな」

『反応薄くないですか? 私の下着に興味ないんですか』

「興味あるわけないだろう」

『ひどいです、パワハラです……私の心は深く傷つきました』

「訂正する。三咲ちゃんの下着姿、可能ならチラッと見たい」

『セクハラですよ!』

「俺はどうすればよかったんだよ」


 揶揄うのにも限度ってあるだろう。どう答えても勝ち目のない戦いだったよな。


『そもそもいつも下着姿でいるというのは嘘ですか……へくしょん! 寒っ』


 あと、嘘っていうのも嘘なんじゃなかろうか。俺はもうわかんなくなってきたよ。


『せっかくなのでカメラをオンにしますか』

「こわいからやめておくね!」

『私はいつでもウェルカムですからね』

「とかいって、すぐセクハラっていうのがオチだろう」

『バレてましたか』


 けっきょくみさきちゃんは俺のことを揶揄いたいだけなのだ。


「うみゅ……ゆーく……」


 まずい。隣の円花さんが目覚めかけている。ぐっすり寝ているから油断していた。二階でもいっておけば、なんて後悔したってもう遅い。


『あれ、もしかして彼女さんの騎里子と一緒なんですか? 女の人の声がきこえましたけど』

「俺の家には女の霊が取り憑いているらしいんだよ」

『せんぱいってその手の類の話を信じる人でしたっけ』

「……ともかく、そろそろ切るよ。スマホの充電も危うくなってきたし」

『誤魔化さないでください! あの女の人の声はいったい』

「失礼しま────」


 通話を切る直前、彼女はカメラをオンにしたらしく……。

 一瞬だけ肌色成分が多めの三咲ちゃんが出てきた。

 すぐに目を閉じて視線を逸らしたので、よく見ていない。


「ギリセーフ、だったな」


 たしかに『可能ならチラッと見たい』といったけどさ、まさか本当にやってくるとは思わないじゃん。


「……ゆーくんさん、ずっとひとりで喋ってました? 夢か現実かわからないんですけど」

「ひとり語りをするような痛い奴じゃ……ないとはいえないけど。夢だと思うな」

「セクハラとかパワハラだとか、もしかしたら訴えられているのかと」

「犯罪の一線を越えるような高校生であってたまるか。成竹祐志はいたって普通の高校生さ」

「いたって普通の高校生は女の子が無防備に寝ていたら、どうせキスくらいするんじゃないですか」

「普通の高校生をもっと信用しよう? 寝込みを襲うのはアンフェアだから絶対やらないよ」

「寝込みじゃなかったら襲うんですね」

「なんでそうなるのかな」


 すっかり円花さんはお目覚めのようだった。


「雨も弱まってきましたね」

「そうだな」


 電話に夢中になっていたせいか気づいていなかったが、雨雲は通り過ぎつつあるらしかった。


 少しすると、窓辺に光が差し込んできた。


「晴れたな」

「そうですね」


 もはや台風の面影はなかった。

 焼き付くような日差しが、ほどなくして降り注ぐ。

 そこに、春らしさはもうない。


「夏が、やってきたな」

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