第21話 「さーすが、しらなかったー、すごーい、センスあるー、そーなんだ」
ゆーくんで埋め尽くされた予定表は書き直させた。さすがにあの計画はまずいだろう?
とはいえ、「ゆーくんとあそぶ!」という要素は少し入れたいということだったので俺は「ちょっとだけなら」としぶしぶ受け入れた。
・合同勉強会
・ゲーム
・お楽しみ♡
せっかく同級生が同じ屋根の下で暮らしているのだ。
その利点を生かさないでどうすると、俺が提案したのが勉強会。円花さんは前の高校でずいぶん先まで進んでいるだろうから、俺が教わる立場になるんだろう。
ゲームは互いに候補に上がったので採用した。まだどんなゲームをやるかは決めていない。
最後の「お楽しみ♡」はもちろん円花さんの提案によるものだ。
なぜ、こんな怪しげなのかたずねたところ、「サプライズって面白くないですか?」という返しをされた。
こちらからすればサプライズはいらない。マンネリズム結構。円花さんがサプライズという名の下で暴走をはじめでもしたら、今度こそ終わりだ。
歯止めを効かせてくれるであろう、親父や夏蓮さんがいない。なんせ外は大雨だ。
いうならば、ここはさながら絶海の孤島である。クローズド・サークル。いかにも殺人事件が起きそうじゃあないか。円花さん、僕のことを刺したりしないでくれ。
「雪山の山荘よろしく、誰も私たちを邪魔できませんね」
「もしかして思考盗聴されてるのかな」
「私はゆーくんさんの命を奪ったりなんてしませんが、もし実行に移すとしたら、事後に私も後を追いますからね!」
「どういうことかな」
「つまりはロミオとジュリエットですよ。死んでもいいくらい愛してるわけです」
そもそもジュリエットはロミオのことなんて殺してないからね?
まあロミオは立派な殺人犯ですけど。
「ここは感謝するところですよ」
「ありがとう……なのか?」
円花さんはたまに日本語が通じないときがあるんだよな。いや、俺もか。
「……それはさておき。いまから勉強でもしないか。予定は遂行されるために立てられるからな」
「もちろんです。勉強はゆーくんさんの次に好きですから」
「ゲームより上なんだ」
「いえ、ゲームも二位タイです。ゆーくんさんがぶっちぎりの一位なので、どんなに好きでも二位までしか上がれないんですよ」
「なるほどね」
勉強会をやるのに、どちらの自室も適していなかった。ひとつしかない学習机を、高校生ふたりが使うには狭すぎたのだ。頑張ればできなくもないが、距離感で円花さんに誤解をされてしまったは困る。
そのため、食卓で勉強することにした。隣り合わせに座る。
「きょうはみっちりしごいていただけるとうれしい。あくまで勉強の話だけど。任せたぞ、円花さん」
「任せたもなにも、勉強するのはゆーくんさんですからね。私はただ教えることしかできません。『馬を水辺に連れていくことはできても、馬に水を飲ませることはできない』わけです」
まずはじめは数学を教えてもらうことにした。
公式を使った基本的な練習問題では。
「あれ、これってどっちの公式の方が楽なのかな?」
「もちろんこっちですよ。それ以外はありえません」
証明問題にブチ当たると。
「うーん、この問題ってどこから手をつけたらいいのかな?」
「こういうのは見れば解法が三秒で浮かんでくるレベルですよ」
総合問題を解いていると。
「そもそもどの単元が組み合わさっているのかな?」
「典型的なパターンですよ。いうまでもありません」
とまぁ、なにを質問しても返答はおおむねこんな感じである。
「……もしかして、教えるのが致命的に下手だったりしますか」
「だって数学ってフィーリングじゃないですか。大前提として公式と解法を暗記していればの話ですけど」
「俺はその大前提からやってもらいたくて指導を乞うたわけなんだよ」
「教えてもらっているんですから偉そうにしたらダメですよ? 私だから許しますけど、他の人にやったらダメですからね?」
その通りだけど、円花さんが数学を教えるのが下手のは確定事項だった。単元が違っていても変化はなかった。
仕方ないので、教科書と参考書を見比べながら自力で解くことにした。
円花さんはときおりこちらの解答を覗くと、
「え……? もういれちゃうんですか」
「だめです、そんなところ……」
「らめぇぇぇぇぇぇ!(小声)」
さりげなくこちらの間違いを指摘してくれた。他にいい方はなかったのかよ。最後のは明らかにアウトだからね。
本人は自覚しているらしく、自分でいった後にクスクス小声で笑っていた。きっと雨でテンションがおかしくなっているんだ。そうに決まっている。
「じゃあ次は英語を教えましょうか!」
数時間後、うって変わって英語の勉強へ。
「ゆーくんさん、ここの文法は違いますよ」
「こっちの表現の方がベターだと思います」
「こういう熟語なんです。派生系も覚えておきましょうか」
さきほどの数学が嘘のように、きめ細やかな指導だった。俺は数学と同じくらい英語が苦手だ。ゆえに、基礎からごっそり抜けているところもあるわけで。そこを見つけるやいなや、派生事項までみっちり解説してくれた。
「うーん、この差って何ですか」
「私の好みです。英語は趣味でやるくらいには好きなんですよ。だから教えたくなるのかと」
「オタクが作品の知識をとうとうと語るアレと同じか」
「ゆーくんさん、オタクのことディスってますか?」
「まさかのそっち? 『オタクと一緒にしないでください!』ってくるかと思ったよ」
「誰しもなにかしらのオタクです。オタクを否定したらゆーくんさんも否定しかねないので」
「そうきたか」
もっともなことをいうじゃあないか、円花さん。
「ちなみに英語の趣味はもちろん二位タイです」
「まさかそこまで話が戻るの?」
「第一位のゆーくんさんと一緒に第二位の英語の勉強をやれるなんて、まるで合法的な二股ですよね!」
「んな自信満々にいわれているも困るな」
「だって一番好きな人と二番目に好きな人をどっちもとれるって最高じゃないですか?」
もしかして円花さんって一途じゃなかったりするのかな。
「ああ、二股っていうのは例えなので恋愛はゆーくんさん一筋ですからね」
「はいはいそうですか」
「スルーしたら英語を一生教えてあげませんよ」
「無理やり褒めてもらってもうれしいもんかな……?」
「ゆーくんさんになら、嘘でも褒めてくれたら超ハッピーです」
「さーすが、しらなかったー、すごーい、センスあるー、そーなんだ」
「……やっぱり撤回しますね」
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