第二章 ヤンデレは加速する

第20話 「きょうは暴風警報で休校だと忘れていたのか?」

 円花さんを拒絶すればするほど、彼女からの愛は増していった。


「ゆーくんさん、朝くらい一緒に学校にいきましょうよ」

「だめだ。俺たちが一緒に登校してるのを見られてあらぬ誤解をされたらどうするというんだ。それにこれまでも時差登校を徹底してきたじゃないか。なにをいまさら。それにきょうはだな……」

「私はゆーくんさんといる時間をどうやって長くしようか必死なんです」


 上目遣いで、泣きそうな顔を見せてくる円花さん。


「くっ……いくらなんでもその顔はずるいじゃあないか。円花さんはかわいいんだから────」

「『かわいい』、ですか? ああ、ゆーくんさんは最近私を警戒してばかりでなかなかかわいいといってくれなかったのでうれしいです!」


 円花さんの呼吸が全速力で走った後のように不規則で荒いものとなる。

 これ、男だったら白い目で見られるやつだよ。円花さんが美少女だから許されているだけだからね。


「『かわいい』っていったくらいでよろこんでいたら……ほんとうによろこびたいときのための練習になるんだったな……」


 俺とはまるで考えが逆だったことを思い出す。


「さぁ、ゆーくんさん。いきましょうよ!」


 腕を掴まれ、前後に揺さぶられる。頭もぐらぐらとしてきて、そのうちまともな判断力が失われそう気がした。


「そこまでいうなら……まあ、仕方ないか。でも、一回だけだぞ。次はないからな」


 ある人は「一度許してしまうとずるずると続いてしまう」だとか「一度だけ、という軽い気持ちでやってしまってもやめられなくなる」とかいっている。でも、そんなのしったことじゃない。後には引けないのだ。


「さぁ、学校にいきましょう!」


 玄関の扉を全開。


 その先に待っていたのは──────。


「きょうは暴風警報で休校だと忘れていたのか?」


 絶え間なくコンクリートを打ちつける大粒の雨。強風のせいでさっきから家中のドアがガタガタと嫌な音を鳴らしている。


 少し扉を開けただけでも、雨粒が侵入してくる。ドアから遠くにいたはずの俺にも、がっつり濡れてしまったくらいだ。


「茶番はもうおしまいだ。はやく扉を閉めてくれ」

「わかっていますよ……」


 円花さんはしぶしぶ扉を閉じた。彼女の寝巻きがびっしょ濡れていた。制服じゃなくてよかったと思う。目に毒だからね。


「なんでそんなに嫌そうなんだよ」

「雨ってテンション上がりませんか?」

「上がるか下がるかとわれたら下がる方を選ぶ」

「まぁ私もなんですがね」

「それだとますます理由が不明なんですが」

「暴風警報で学校が休みになったことで、不謹慎ですが少しうれしいんです。浮かれたときには意味わからないことをしたくなりませんか」

「さらっと謎理論を提唱するのやめて?」


 まぁ、思わぬ休暇ができたらうれしいかもしれない。


 しかし。


「休みになったのはいいけどさ、なにしたらいいかわからなくないか」

「そうかもしれません。どうしたらいいのか分からなくて、大雨なのに扉を開けたともいえそうですね」


 暇な日は、勉強以外になにをするだろうか。


 ゲーム? 読書(漫画や文庫本)? アニメ(またはドラマや映画)? 動画サイト?


 だいたいこの四つくらいで時間が潰れ、一瞬で午前中が終わる。午後も、一時間単位で時間がガンガン進んでいく。時間の流れは残酷である。


 こうして、長かったはずの休みは知らぬ間に終わり、平日になって「あれをやっておけばよかった」などとぬかすのだ。大型連休や夏休みも同じようなことがいえる。やるべきことはたいてい終わらない。


 つまり。


「円花さん、きょうの計画を立てておこう。偶然できた休みだ。有効に使おう。大雨なのにドアをフルオープンしたりしないように」

「そうですね。せっかくのお休みですもんね!」


 計画を立てないと無為に時間を過ごすことになりうるのだ。


 朝食を食べたばかりで歯磨きやら着替えやらもまだ終わっていなかったので、それらを終わらせて食卓につく。机上には紙とペン。


「よし、やりたいこととかやるべきこととかを書き出すぞ」

「はい!」


 それぞれペンを走らせる。やりたいこともやるべきこと、すべてをブチ込みでもしたら二十四時間でおさまるはずもない。だから、厳選に厳選を重ねていったのだが。


 ふと、隣の円花さんの様子が気になったので覗いてみる。


「円花さんも順調に計画できているか?」

「もちろんですよ。やりたいことはもう決まっていますから」


 用紙に視線を落とす。



 ・ゆーくんとあそぶ!


 ・ゆーくんとおあそび!


 ・ゆーくんとたのしいことをする!



「どこからつっこめばいいのかわかんねえ……」

「……ハッ! 私、こんなことを書いていたんですか?」

「もしかして自覚ないの」

「うとうとしていました。きのう寝るのが遅くなってしまって」

「だとしても枕詞がぜんぶ『ゆーくん』なのはどういうことなんだ?」

「だってせっかくゆーくんさんとふたりきりなんですよ? 優先順位はマックスですに決まっています」


 たしかに親父も夏蓮もきのうから帰ってきてない(台風をみこして職場に止まる……らしい? もしくはその近く)からふたりきりなのは事実だよ。


 ただ、さも当然のごとくいっているのが怖い。

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