第29話 就職活動とマッチングシステム

 以前は、病院見学などで気に入った病院の就職試験を受け、人によっては複数の合格を得て、自分自身が行きたい病院を決めることができたのだが、制度が変更され、「医師臨床研修マッチング協議会」なる厚生労働省の外郭団体が作られた。そして、医師の初期研修先についても、「マッチングシステム」というものが導入された。


 医学生側は就職試験を受けた、就職したい病院に順位をつけて、マッチングシステムに登録する。病院側も、就職試験を行なったうえで、来てほしい医学生に順位をつけて登録する。双方の希望を前述の「医師研修マッチング協議会」のコンピュータ上で、プログラムされたアルゴリズムを用いて、病院側の希望と学生側の希望がより高い組み合わせとなるようにマッチングさせ、マッチした場合にはその指定の病院に(国家試験で不合格でなければ)必ず就職、アンマッチ(マッチする病院がない状態)となった場合は、2次募集を行なっている病院の就職試験を受け、合格をもらった病院の中から医学生が就職する病院を選ぶ、という制度になった。


 マッチングシステムに医学生側が登録するためには、その病院の就職試験を受ける必要があるので、夏休みは就職活動で何度か地元に戻ることとなった。病院見学を行ない、院長と面談して修了、という病院もあれば、筆記試験を課す病院。病院実習と、研修委員長面談、後は「10年後の私」という題で作文を提出させる病院、志望者一人ずつ、病院の偉い先生たちの前で口頭試問を行なう病院と様々な病院があったが、候補としては5病院と、母校の大学病院が提示する6コースの研修プログラムのうち、最も市中病院での研修が多いコースをリストとして提出することとした。希望する順位付けについては、下位のランクはすんなりと埋まったが、自分がここで研修したい、と思う病院が3つあって、この順位には結構苦労した。

 

 まず、生協病院。先生方の姿勢も教育的で雰囲気も良く、救急車も積極的に受け入れており、common diseaseをしっかり診ることのできる医師になれそうだ、と思うのだが、残念なのは、この地域にあること。以前に述べたように、言葉の問題で、この県で医者の仕事をするのはちょっと難しいと感じたこと、ゆくゆくは私の医学部への進学を応援してくださった上野先生のおられる万米ヶ岡共同診療所へ行こうと思っていたので、地元に戻って初期研修を受ける方がよいと考え、第3位に登録した。


 2位と1位は本当に苦労した。岡付療養所病院と、あのブラック内科回診を行なっていた九田記念病院のどちらを選ぶか、ということに悩むことになった。岡付療養所病院もスタッフはみんな温かく教育的で、雰囲気も良く、臨床力も高く、地元に近いという利点があった。九田記念病院は破天荒だが、やはりみんな臨床力が高く教育的で、しかも所属するグループはハードトレーニングで有名な病院なので、早くひとり立ちできるのではないか、と考えた。


 マッチングシステムでは、それぞれの病院を第一志望としている人が何人いるかが発表されており、九田記念病院は10人の定員に12人が第一希望、岡付療養所病院は10人の定員に2名、どちらの病院も甲乙つけがたく、それなら、定員以上に第一希望者がいる九田記念病院を1位とし、そこを落ちて第二志望の岡付療養所病院に行くのが、自分の気持ち的にすっきりするかなぁ、と考え、九田記念病院を1位、岡付療養所病院を2位とすることとした。


確か、10/14の午後2時にネット上でマッチングの結果が発表されたかと記憶しているが、結果を見ていると、驚くべきことに、1位とした九田記念病院にマッチしていた。これで、国試に落ちなければ、これからの研修医生活、そして医師としての人生の方向性が一つ決まったわけだが、クリニカル・クラークシップでお世話になり、就職試験でも、「ここが第一志望です」と言ってしまった岡付療養所病院にはひどく不義理をしてしまったことになってしまい、とても申し訳なく思った。


 周りは(医師でない職についている友人も含め)、たとえ第一希望の会社でなくても、面接の時は必ず「御社が第一志望です」というんだから、気にするなよ、と言ってくれるのだが、あれから20年近くたった今でも、やはり申し訳ないと思っている。

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