第30話 6年次の国家試験、卒業試験対策

 母校では、従前は各講座ごとに卒業試験を行なっていたのだが、私が2年次の時に憂慮すべき事態(国試合格率が下から3番目、国公立大学では最下位)となり、卒業試験の大改革が行われた。卒業試験は国家試験の形式に準拠し、本試験での合格者も必ず追試験(もちろん同様に国家試験の形式に準拠)を受けることとなった。そんなわけで、医学部医学科においてはどの大学も(旧帝国大学のような次元の違う学校は別として)、国家試験の合格率を常に意識している。もちろん、医学生も、国家試験に合格しなければ医師として働けないので、よほど基礎研究者として生きていく、医師免許はいらないという人でなければ、必死で勉強するのがふつうである。


 母校では、各学年ごとに教室が割り振られているのだが、6年次には大教室はなく、代わりに8人程度の班に分かれて、自習室が割り振られる。その自習室単位で勉強会をしたり、互いに教えあったりして、互いを高めあっていく。少なくとも国家試験は選抜試験ではない(本当は選抜試験なのかもしれないが)ので、

 「みんなで頑張って勉強し、みんなで頑張って合格しよう!」

 という思いである。


 私の場合は、クリニカル・クラークシップと、就職試験で各1か月ずつ、自習室に顔を出さなかったのだが、私の不在の時に、それぞれ私の知らない何かが起こっていて、自習室の雰囲気が変わっていたのは何だったのだろうか?これは今でも謎であるが、深堀りするのはやめておく。


 それはさておき、国試対策の雑誌も販売されており、これには国試に対する情報だけでなく、雑学的な情報も載っており、

 「ああ、このことにはこんな歴史があったのか!」

 と感銘を受けることも多かった。また、医師となってから、患者さん向けの講演会をするときに、

 「ああ、たしかあの雑誌に、このことに関してまとめていた記事が載っていたなぁ」

 と記事のことを思い出しながら資料を作成することも多かった。例えば、血圧の歴史。細かな数字は覚えていないが、最初に血圧を測定したのはイギリスの牧師さん。馬を寝かせて頸動脈にガラス管を差し込み、血液がどの高さまで上昇するか、というのを確認したのが最初、とのこと。でも、このような血圧測定法では、高血圧の患者さんは毎日血圧を測定するのが大変である。痛いし危ない。しかしながら、手術室や集中治療室では、頸動脈ではなく手首にある橈骨動脈を穿刺して、経時的に直接動脈圧を測ることが今も行われている。

 腕にベルト(マンシェットと呼ぶ)を巻いて、マンシェットに圧をかけ、圧を緩めながら聴診器で血管雑音を聴取して血圧を測定する、現在の非観血的な血圧測定法が開発されたのは1900年代初頭、ロシアの外科医、コロトコフ医師によってである。簡便に血圧が測定できるようになってから、まだ100年ちょっとなのであるが、このようなことも、雑誌に載っていたのであり、医学的な教養を身に付ける、という点でも雑誌は読んで楽しかった。


 閑話休題、そんなわけで6年次の最初の頃から、本格的に国試対策が始まるのであった。私たちの頃は、国家試験の問題は非公開。もし問題冊子を持ち帰ったら、国家試験の受験資格を喪失する、という厳しい時代だったので、国家試験の問題集を作成する会社は、受験生を対象に、

 「この問題を覚えて帰ってきてくれたらいくら」

 という形で問題を集め、問題を復元していた。2社ほどそのような会社があったのだが、両社の復元問題集を見てみると、至る所で微妙に設問が異なっていたり、解答が異なっていたりした。そんな中、国試の過去問集(全巻そろえると約30冊、5万円くらいかかる)を買いそろえ、後、医者になっても時に役立つ「year note」(これも約3万円弱)も購入し、勉学にいそしんだ。


 余談ではあるが、教科書や問題集の呼び方にも地域性がある(というか、私たちが独自性を持っていただけかもしれないが)。例えば、過去問題集である「クエスチョンバンク」、僕らの中では「クエバン」と呼ばれていたのだが、他大学では”QB”と呼ばれていたそうな。よく使われていた内科のテキスト「病態生理で切った内科学」は「きったない」と略していた(なんか汚そう)が、他大学では「できった」(これはこれでなんとなくイメージが良くないような気がする)と呼ばれていた。しかも、母校流の呼び方よりも、別の呼び方の方が医学生の中で多数を占めている(研修医になって、同期から聞いてみると)ようである。


 国試対策模試もあり、これは学校単位で受験した。この模試の過去問も良い勉強材料であった。


 若い人たちは記憶力もよく、どんどん伸びてくるのだが、その時点で30代に突入していた私は、なかなか丸覚えができなくて、問題集を解いて、間違えた問題をチェックし、時間をおいて解きなおしてみると、また同じような間違いをしていることが多かった。ムムム…と思いながら、頑張って勉強したものであった。


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