第27話 臨床実習(クリニカル・クラークシップ編)

 以前の章でも記載したが、私たちのカリキュラムでは5年次でポリクリを一巡し、6年前期は「クリニカル・クラークシップ」という名前で、より発展的に臨床現場にかかわろう、という新しい試みが導入された。クリニカル・クラークシップは1か月単位の選択制で、相手病院の了解が得られれば、初期臨床研修可能な市中病院での研修も可能であった。4か月の期間があったので、私は、4月に地元の就職先候補である樫沢総合病院2週間+岡付療養所病院2週間、5月に臨床と基礎の橋渡しとなる病理学を第二病理学講座で1か月、子供のcommon diseaseをたくさん勉強したい(大学病院に入院している子供は、どうしても先天性の疾患や血液悪性疾患などで、よくある子供の病気を経験することが少ない)と考え、6月に地元の生協病院小児科に1か月、そして、基礎研究に再度触れる、という目的で7月に臨床検査学講座(血液凝固の世界的権威である教授がおられ、今は臨床応用されているDIC治療薬(たぶん、「リコモジュリン」だと思う)を開発中であり、世界と渡り合える母校の講座の一つ)に1か月お世話になることとした。3つの研修病院にお願いの手紙をしたため、いずれもwelcomeとの返事をいただいた。


 1か月間、妻を残して地元に戻り、樫沢記念病院では、当直室の1室を宿舎としてお借りし、内科を中心に見学させていただいた。当時2年次の先生にくっついて(この先生は今は偉い先生になっておられる)外来診療を見学させていただいたり、当直を24時ころまで見学させてもらう、という研修をさせていただいた。この研修中に、院長面談(という名前の就職試験)があり、この病院の院長であった武村先生とお話しする機会をいただいた。以前の章でも書いたが、この院長先生から

 「九田病院の狩野君は優秀な内科医だよ」

 と言われなかったら、私の医師人生は変わっていたと思う。決して樫沢総合病院に不満があったわけではなかったのだが、関西圏では超人気の研修病院の一つであり、むしろあまり名前の知られていない九田記念病院の方がより得られるものが多いのでは、と考えたのだった。「人の行く 裏に道あり 花の山」というわけではないが、今も感じていることがある。優秀な研修医ほどブランド病院に集まる傾向があり、ブランド病院はたくさんの希望者が集まり、そうでない病院は研修医が集まらず困っている、という傾向がある。「鶏口牛後」という言葉があるが、研修病院を決める場合には必ずしもこれは当てはまらず、優れた研修病院でできの悪い研修医をする方が、あまり優れた研修をしていない病院で優秀な研修医になるよりもより良い経験を積んでいることが多い。とはいえ、「優れた研修」とはどういうものをいうのだろうか?これは各個人によって異なるので、自分の目で確かめないとわからない。無名な病院でも、ブランド病院以上に良い研修をしているところはあると思っている。なので、別の章で記載することになるだろうが、私が選んだ病院は、いわゆるブランド病院ではない、でもとても良い研修を行なっている病院であった(本編に書いての通りである)。


 樫沢総合病院では24時間常に病院の中にいたせいか、研修修了の土曜日に39度の熱を出してしまった。ふらふらしながら荷物をまとめてバイクに乗り、アクセル全開でも100km/h出るか出ないかという200ccのバイク(もともとは妻のバイク)を走らせ、実家に帰った。次の岡付療養所病院は自宅から通った。消化器内科の先生にくっついて、病棟、外来、内視鏡検査、胃透視、HCCへのIVRなど、さまざまものを見せていただいた。先生方も親切で丁寧に教えてくださり、この病院にお世話になるのはいいなぁ、と感じながら2週間の研修を終え、大学に戻った。


次は第二病理学講座で病理学の研修。たくさんの標本スライドを見て所見をつけ、基礎知識を増やし、術中迅速診断の標本が出た場合は、教授と一緒にスライドを見て、まずは教授が手術室に断端陽性、あるいは陰性の報告をされ、その後にスライドの解説をしていただいたりした。病理医は臨床現場の縁の下の力持ち、術中迅速診断だけでなく、病態不明で亡くなられた方は、何とかご遺族に病理解剖への協力をお願いし、解けなかった謎を病理解剖で解決し、最終診断をつけるのも病理医の仕事である。1か月間の研修を受けながら、

 「病理医もやりがいのある仕事だなぁ」

 と思った。もちろん、3,4年次にも病理学の勉強をするのだが、その時も、

 「病理医はやりがいのある仕事だなぁ」

 と思っており、そのことを再確認したのであるが。


 3か月目は地元の生協病院で小児科の研修をさせていただいた。この研修では非常にいい経験をたくさんさせていただいたので、別の章でお話ししようと思う。


 4か月目は臨床検査医学講座での実習を受けた。実際に患者さんに行う75gOGTT(oral glucose tolerance test)を受けたり、スパイログラムを受けたりと、検査を実際に経験すること、その結果を解釈することは勉強になった。ちなみに75gOGTTは境界型糖尿病の人に行う検査で(確実に悪い状態の糖尿病なら、あえてこの検査をする必要はない)、空腹時に75gのグルコースを内服(OGTT用のソーダ水が市販されている)し、その後の血糖値の変化(と同時にインスリン量を測定するとより動態がわかる)を測定し、2時間後の血糖値で診断をつける、という検査である。研修を受けていた4人全員で検査をしたのだが、若くて肥満のない私以外の3人は、ブドウ糖負荷後、インスリン分泌量は一時的にスパイクし、血糖値は90-100台とほとんど変化を見せなかった。私は、みんなに比べるとインスリン分泌量のピークが低めで、血糖値の揺れがわずかにみられた(110程度まで上昇した)。もちろん検査結果は正常範囲なのだが、ほかの3人の結果と比較すると、より私のパターンが糖尿病型に近かった。「痩せなきゃなぁ」と強く思ったが、残念なことにそれからも私の体重は増え続けている(困ったことだ)。


 基礎系の講座なので、論文抄読会にも参加させてもらった。残念なことに、というかありがたいことに、というか、医学科に入学前、大学院で所属した研究室の抄読会が非常に厳しかったので(今思い出しても震えが来てしまうほど)、その後、いろいろな講座の抄読会に参加したが、「穏やかな雰囲気でいいなぁ」と思っていた。

 私の所属した研究室では、抄読会では一言一句、厳しく突っ込みが入り、特に"suggest"(示唆される)と"conclude"(結論付けられる)の使い方には本当に厳しかった。

 「論文の本文では”conclude”という言葉が使われているけど、この実験の前提条件として、不十分なところがあるだろう?!得られた実験結果からもこのように解釈もできるよね?!だから、『強く示唆される』と言われれば同意するけど、『結論付けられる』とは言えないよね!批判的に論文を読む、というのはこうやって読んでいくんだよ!」

 と厳しく指導されていたので、その抄読会でも、つい昔の様に議論していたら、教授から

 「君、センスがあるね。基礎研究者に向いているよ」

 とおっしゃっていただいた。何のことはない、教授は私の来歴をご存じないだけで、ここで見せた力はチートした能力だったのである。


というわけで、4か月のクリニカル・クラークシップを終え、後は卒業試験、マッチング、国家試験を待つのみとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る