第23話 臨床実習(ポリクリ時)の思い出

 私たちの受けた医学教育は、4年次で臓器別の基礎系、臨床系授業をすべて終え、また進級判定の基準とはならないが、OSCEと試行CBTを受け、(今では、OSCEとCBTの両方に合格して、「学生医」の資格を取らないと進級できず、臨床実習が受けられないようである)5年次から、いわゆる「ポリクリ」と呼ばれる臨床実習が始まった。5年次の1年間でポリクリを終え、6年次の前期は「クリニカル・クラークシップ」という形で、より医療のチームに積極的にかかわり、トレーニングを受け、6年次後期は特別講義と、卒業試験、国家試験への勉強時間、というカリキュラムになった。


 前年までは各講座別講義を5年前期まで行い、5年次後期と6年次前期がポリクリ、6年後期は同様というカリキュラムだったので、僕らの学年からは、前年の学年に比べて半年分圧縮して座学を行ない、ポリクリについては5年前期は上級の学年と一緒に回ることとなった。ポリクリ班は出席順で作られ、内科、外科は3週間、その他の診療科は2週間、小児外科については薬剤部、臨床検査部と組み合わせて2週間というスケジュールであった。


 服装にも指示があり、ジーンズは禁止、白衣はケーシー、あるいは裾の長い襟付きの白衣で、その場合は下に着用できるものは、ケーシー、あるいはネクタイを締めたカッター(これは男性の場合)、髪の毛は社会人として常識的なもので、茶髪は原則禁止(女性で地毛が茶色っぽい人については黒く染めなくてもよい)、聴診器は使用時以外は白衣のポケットにしまい、首から聴診器をかけることは禁止、などと厳しいものであった。


 私は高校時代からずっと(高校は私服OKだった)、Levi’sのジーンズを愛用していたが、この時以降、ジーンズは履かなくなった。最近、アラフィフになって、仕事がoffの時はジーンズでもいいかなぁ、と思ったりするのだが、この20年間でファストファッションが台頭し、昔ながらのジーンズ専門店をほとんど見なくなってしまった。今も、Levi’s以外のジーンズを履くつもりはない。


 さて、閑話休題。ポリクリはドイツ語に由来し、大学病院の外来部門が複数の診療科目を有しているのでpoliklinikと呼ばれており、そこから転じたのだそうだ。

 私たちの班は、放射線科からスタートした。毎朝9時に読影室に集合、教授から提示された写真を見て、診断をつけていき、教授がその答えに対して、診断の根拠を尋ねたり、特徴的な所見については適宜指導される、という、discussion形式の実習であった。午後からは、カンファレンスに参加したり、放射線科で扱う各検査法、検査機器について講義を受けたりしていた。当時の講義では、

 「CTで5mm幅で画像を作ってほしい、という無茶な依頼が来る」

 なんて話をされていたり、MRIの画像も、T1強調像、T2強調像、新しい撮像法としてFLAIR法ができた、なんていう講義を受けていたが、今となっては機器の進歩で、1mm幅のCT像や水平断だけでなく、冠状断、矢状断も再構成できるようになっており(学生の頃は、この再構成はMRIだけの優位性、と言われていた)、MRIについてもどんどん新しい撮影技法が生まれており、放射線治療についても新しい治療法が開発されており、進歩の著しい分野だと思われる。

 放射線科を皮切りに、臨床実習は進んでいった。各診療科によって、学生への対応は異なり、どちらかといえば内科系は面倒見が良い(言い換えると、拘束がきつい)、外科系は、やる気のあるやつはついて来い的(いわば放任主義)であったように思う。


 臨床の現場に出てから、ようやく基礎系で学んだことの意味が解ることも多く、また、座学では十分に理解できていなかったことを厳しく追及され、ようやく理解できるようになったことも多かった。


 例えば心電図を例に挙げる。生理学実習の時にカエルと、簡易心電図計(Ⅰ~Ⅲ誘導と1極の単極誘導が測定できる)を用いて、正常時の心電図と、液体窒素で心筋の一部を焼灼したときの心電図変化を確認する(特に単極誘導では損傷部位と、それ以外の部位で比較)という実習をしたのだが、その当時はその実習の意義が私たちには全く理解できていなかった。循環器内科で厳しく正常心電図、心筋梗塞の心電図のメカニズムについて指導を受け、ようやく心電図の意味、振り返ってその実習の意義が理解できた。


 また消化器外科では、座学で、幽門側胃切徐術後の再建方法としてBillroth I法(B-Ⅰ吻合)とⅡ法(B-Ⅱ吻合)があるが、B-Ⅰでは切除部分に十二指腸を持ってくる、消化管の流れを変えない術式なのだが、B-Ⅱでは胃の切除部と、十二指腸の切除部を閉じてしまい、小腸を持ち上げて胃に接続させる、という再建方法なので、食物や消化液の流れは不自然なものになってしまう。

 座学では私にはB-Ⅱ吻合の存在意義が全くわからなかった。存在意義が分からないまま、試験のために頭に入れていた。


 外科のポリクリで関連病院(この病院は積極的に紹介患者さんを受け入れ、学生は手術室に張り付きで、第二助手としてほぼすべての消化器外科手術に参加させてもらえた)での外科研修中、十二指腸潰瘍穿孔の患者さんが搬送され、緊急手術となった。開腹すると、胃の前庭部、幽門部(胃の出口付近)と十二指腸球部(十二指腸の入り口付近)が3/4以上消化され、ごくわずかに後壁が残るだけの状態であった。

 単純で小さな消化管穿孔であれば、大網充填術(消化管の前にある「大網」という構造物を使って、穴をふさぐ手術)を行ない、その後十分に腹腔内を洗浄して閉腹となるのだが、目の前の患者さんの状態は、とてもそんな簡単な手術で済みそうなものではなかった。どのような方針で手術を行なうのか、僕には全く見当がつかなかった。僕の頭が真っ白になっているときに、術者である院長先生が「OK! B-Ⅱで行くぞ!」と指示を出してくださり、その時に、真っ白で進路の見えなかった僕の目の前にすっと進むべき道が見えたことを覚えている。

 「そうか!このような状態の再建術はB-Ⅱが最適だ!こんな時のために、B-Ⅱ吻合術があるんだ!」

 と心の底から理解できたことを今もよく覚えている。


 このように、ポリクリでは今までわからなかったことの理解や学んだことの再確認などができ、良い経験ができたと思う。ただ、ポリクリの時に、各教授から

 「患者さんと良く接するように」

 と言われていたのだが、運が悪かったのか、患者さんと接する時間は少なかった。第一外科学のポリクリでは、翌日に食道がんの手術を控えた患者さんの担当となった。初日にご挨拶と、病歴の確認をし、翌日は手術室で手術となったのだが、食道がんの手術は消化器外科では膵頭十二指腸切除術と並ぶ大手術で、首、胸、おなかの3か所からのアプローチが必要で、術野には頸チーム、胸チーム、腹チームの3チームが各部位の手術を行ない、医学生の立ち入る場所は全くなかった。手術時間も18時間以上と長く、先生方からは、

 「もう遅いから、君は帰っていいよ」

 と気を遣っていただく始末。その後患者さんはICUに入室され(大学ではICUは集中治療部の管轄になる)、その私のポリクリ期間である3週間は患者さんはずっとICUから出てこられなかったため、結局何もできなかった。


 第三内科学のポリクリでは、私の指導を担当してくれた研修医の先生の担当患者さんが1名しかおらず、多発性筋炎の勉強をして患者さんと接するのは終わり、であった。もちろん、第三内科のポリクリで、学んだことはたくさんあり、他の先生の患者さんであったが、原因不明の頭痛が続き、各種検査をしても原因がわからず、カンファレンスも紛糾、最後に腰椎穿刺をしたところ、髄液がキサントクロミーを呈していて、亜急性のくも膜下出血と診断、緊急で脳神経外科に転科となった症例を見たことはいい経験であった。


 脳神経外科では、下垂体腫瘍の患者さんの担当となった。脳神経外科のポリクリでは、担当患者さんの手術に、助手として参加することがルールとなっていたのだが、下垂体腫瘍はHardyの手術、という鼻からアプローチする手術なので術野が狭く、

 「君は術野に入ると邪魔だから、手洗いをしないでいい(手術に参加しなくていい、ということ)。ope室のディスプレイに術野が映るから、それを見といて」

 と手術に参加できなかったりであった。


 余談ではあるが、4年次までは始業時間が9時だったのが、ポリクリが始まると、集合時間は各講座の始業時間になる。それまで9時に学校に来るのも微妙であった学生が集合8時、とか7時半、となるので、みんな、「わーっ、厳しいなぁ」と感じていたのだが、ふと気が付くと、そんな生活にも慣れている。さすがにAM6時に始業、という某病院グループの選抜チームは厳しいと思うが、今の私の始業時間は朝の7時である(もちろん就業規則では9時からが勤務時間、と定められているのだが)。


 そんなこんなで、目が覚めるような学びがあったり、厳しくしかられてトホホ、となったりしたポリクリの1年間が過ぎていったのである。


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