第20話 医学部生の実力

 私はラッキーが重なって、たまたま地方の国立大学医学部に拾ってもらった、と思っているが、同級生を見わたすと、現役生や1浪生は、名門私立高校や、地域のトップ高校から進学している人が多数であった。やはり、現役や1浪で国立大学医学部に入学する人の持つポテンシャルは、大学の成績とは関係なく恐ろしいものがある。


 解剖実習の時、骨や筋肉、血管や臓器まで、原則としてラテン語で表記され、私たちも解剖学をラテン語で覚えることとされていた。毎日たくさんのラテン語を覚えなければならず、へとへとになっていたのだが、現役で合格した友人が「ほーちゃんさん、僕、明日までにここからここまで、ラテン語で100個覚えてきますよ」と宣言した。こちらは20代後半で、もう丸暗記はきつく、それでも、書いて発音しながら、ちまちまと覚えるのが関の山だったのだが、彼は、翌日にきっちり100個、見事にラテン語で覚えてきていたので、本当に驚いた。やはり、現役で合格する人は違うなぁ、と感心した。


 大学の学部、修士課程で分子生物学、生化学を学んでいたこと、事務当直のアルバイトとして、小さな有床診療所であったが、実際に臨床の場に身を置いていたことは自分にとってのアドバンテージであり、日頃の努力も相まって、私の成績は良い方であった。


 とある日の薬理学の実習で、カフェインの効果の有無を調べる、という実習があった。ポリクリが始まる前の実習はほとんどで、各班4人で構成されている。


 実習計画は、何も摂取していない状態で各自「クレペリン試験」と呼ばれる、「指定時間内に、一ケタの数字が並んでいる用紙の隣り合う数字を足し算して、二つの数字の間の下方に、その和の一ケタ目を記入していく」という試験を2回繰り返す。その後、紙コップにA,Bと書かれたコーヒーがそれぞれ2杯ずつ配られる。カフェインレスのコーヒーとカフェインレスのコーヒー+カフェイン150mgのコーヒーが用意されているが、A,Bのどちらにカフェインが入っているのか、被験者である学生にはわからない。そのコーヒーを飲んで、15分後にもう一度、先ほどと同様にクレペリンテストを2回繰り返し、コーヒーを飲む前後での成績の違いから、カフェインが入っているかどうかを推測する。そして最後に、A,Bのどちらにカフェインが入っていたか発表される、というものであった。


 私の結果は、コーヒーを飲む前は、1列の4/7くらい(半分をちょっと超えるくらい)、コーヒーを飲むと体がポカポカしてきて、「これは当たりでは?」と感じるほどであり、コーヒー後のクレペリンテストは、1列の3/4~4/5程度まで成績が伸び、実際に私が飲んだコーヒーはカフェイン入りであった。ちなみに、それから私はカフェイン信者となり、ここ一番の時は安易に手に入るリポビタンD(これ1本にカフェイン150mgが入っている)を飲むことにしているのだが、周囲を見回すと、全然レベルの違う状態になっていた。


 本当は、クレペリンテストは制限時間内に1列終わらせれば下の列に進むことになっているのだが、実習開始時にその説明がなかったせいで、コーヒーを飲まない時点で1列全部を軽々と終わらせて、下の段に進まないまま終わらせてしまう人が複数出たのであった。その中には、追試を食らい続けて、周囲から

 「おい、しっかり頑張れよ」

 と思われている人もいたのだった。もちろん彼らは、カフェインの効果を評価することはできない。


 大学での成績が良く、周囲から「ほーちゃんさん、ここを教えて」と問われることも多く、ちょっと天狗になっていた自分はそのことに大きくショックを受けた。


 「ああ、やはり医学部に入学できる人はすごいんだなぁ。自分は勉強は今のところできているほうだけど、古いポンコツのCPUにデータを詰め込んでいるだけなんだなぁ。彼らはやはり優秀なCPUを持っていて、データを詰め込んでいないから成績が悪いだけで、実臨床で知識と経験を積み重ねたら、自分よりもはるかに優秀な医師になるんだろう」

 と痛感した。この実習以降、

 「自分はポンコツな頭だから」

 と思いながら、同級生に負けないように、より一生懸命勉強することにした。


 医学部の中では偏差値の高くない方に分類される母校でも、やはりそれだけ能力の高い人たちが集まっているのだ。東京大学や京都大学の医学部で学んでいる人たちはどんなレベルなのだろうか。ちょっと想像がつかない。普通の庶民である自分にとっては、おそらく想像もつかないレベルなのだろう。

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