第11話 流しそうめんの思い出

 暑くなってきたこの時期、そうめんのおいしい季節である(今日は7/16)。この県で「そうめん」といえば、「唐船峡」が有名である。スーパーではそうめんだしのコーナーには必ずと言っていいほど「唐船峡のめんつゆ」が置いてあるほどであった。唐船峡は大学から車で1時間半くらいのところにある。とある夏の暑いある日、友人から「ほーちゃんさん、唐船峡で流しそうめんを食べませんか?」とお誘いを受けた。夏の暑いときに、流しそうめんとは涼しげで風流である。「うん、行く行く!」と答えて、急いで医学部キャンパスに向かった。


 集合したメンバーはクラスの男子3人、女子3人の計6人。男性一人と、女性一人が車を持っていたので、それぞれ適当に分乗して大学を出発した。私は女性の運転する車に乗せてもらったのだが、彼女は免許を取り立てで、あまり運転に自信がなさそうであった。「家の古い車を持ってきたんです!」と彼女は言っていたが、それほど古くはない車なのにあちこちが凹んでいて、ちょっと嫌な予感がした。


 以前に書いたように、大学は山の上にあるのだが、バスが通るメインストリートもあれば、山を下る裏道もある。裏道の一つはちょうど医学部・歯学部キャンパスの裏手にあり、車とバイクはすれ違えるが、車同士のすれ違いは厳しいレベルの道幅だった。

 確かにその道を抜けると少し近道になるのだが、免許取りたての女性が車を運転するのだから、少し遠回りしてもメインストリートを通ればいいと思うのだが、先導する男性の車はわざわざその裏道に向かっていった。裏道はつづら折りのヘアピンカーブが4つか5つか続いていたと記憶している。当然彼女は不慣れな運転なので、慎重につづら折りを降りて行ったのだが、まず最初のヘアピンカーブで目測を誤り、「ひゃーっ!」と叫び声をあげると同時に両手をハンドルから離し、万歳状態になった。もちろん運転手がそんな状態になったので、彼女の車とガードレールは仲良し、になってしまったのだが、幸いなことにゆっくり走っていたので、車もガードレールもかすり傷で済んだ。ただ、あの時の彼女の「ひゃーっ!」という叫び声と、そのあとの衝突の衝撃は今でも覚えている。

 

 そんなこんなで、彼女はゆっくり坂道を降り、ようやく大通りにたどり着いた。彼女の車に乗ったメンバーは、大通りにたどり着いた時点で遊園地のアトラクションに乗り終えたような気分になっていた。まるでコメディーアクションかのように、「ひぇ~っ!」コツン、「キャーっ!」ドン、とどんどん彼女の車は痛々しくなっていった。大通りに出てからは、怖い思いをすることもずいぶん減ったが、時に「わーっ!」と驚くこともあった。でも、みんなでワイワイ雑談をしながら、ようやく目的地の唐船峡についた。


 関西人のイメージとしては、「流しそうめん」といえば、長い竹を半分に割って、そこに水を流し、そうめんを流していく、というイメージであろう。少なくとも私は「流しそうめん」と聞いて、そのようなものをイメージしていた。唐船峡のそうめん屋さんは定員が300人程度と聞いていたので、竹筒がどんな配置になっているのか、流れの下流の人には本当にそうめんが流れてくるのか、など興味津々だった。


 お店に入って、案内されると、なぜかテーブル席がたくさんあった。案内されたテーブルに座ると、机の真ん中にプラスティックで楕円形の水路が作られており、その中を水が回っていて、そこにそうめんを入れて、それをすくって食べる、というものであった。私の淡い期待は裏切られたような気分になった。「これじゃぁ、流しそうめんじゃなくて、回しそうめんやがな」と心の中で思ったが、TPOを考え、あえて口に出すのはやめることにした。


 友人たちとワイワイ言いながらそうめんを食べた。店は少し谷になっているのか、岩肌がテーブルの近くまで来ていて、そこを水が流れている。確かに涼やかだった。男性が食べるには明らかに物足りない量のそうめんだったが、それなりの値段がした。気持ちも涼んだが、財布も涼しく(寒く?)なった。


 帰りも彼女の運転する車に乗って、ワイワイと雑談しながら帰った。彼女も長距離を運転して、運転に慣れてきたのだろう。だいぶスムーズな運転になり、帰りは「わーっ!」というエピソードはなかった。


 懐かしい思い出であるが、今も私は、「あれは『流しそうめん』ではなく、『回しそうめん』だ」と思っている。

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