第19話 イルミナの日常

 チームを潰す。


 何気なく放たれたイルミナの台詞に、コバルトは一瞬呆けたような表情を浮かべたが、やがて大口を開けて笑った。


「潰す? お前が……この俺たちをか? おもしれえ姉ちゃんだな……教えてくれよ、この状況でどうやって俺たちを潰すんだ?」


 確かに馬鹿げていた。


 全員ではないものの、この場にはチームのメンバーが10人はいる。しかも全員完全武装した状態なのだ。


 対するは、やる気の無さそうな女が一人……これで負けろという方が難しい。


 自分のチームを馬鹿にした女に、どうやって落とし前をつけてやろうかと考えていると、コバルトはあることに気がついた。


 イルミナが口から吐き出しているタバコの煙が、いつまでも途切れること無く延延と口から吐き出され続けているのだ。


「……なんだ? その煙」


 コバルトの問いに、イルミナはニヤリと口角を歪に歪めた。


「さて、何だと思う?」


 ゾワリと背筋に悪寒が走る。


 何か、嫌な予感がした。いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたコバルトだからこそわかる。今、何か手を打たないと手遅れになる。


「女を撃ち殺せ!!」


 取りまき達に指示を飛ばすコバルト。その判断の速さは流石のものだった。


 しかし、すでに事態は手遅れになってしまっていたのだが……。


 火のついたままのタバコをヒョイと口に放り込んだイルミナ。そのまま右手を自身の喉にあてがうと、大きく口を開け、中から大量の煙を吐き出した。


 瞬時にして空間を覆い尽くすほどの煙が放出される。先程のタバコは大量の煙を用いて視界をゼロにする未登録のロスト。名前もついていないソレは、イルミナの持つ切り札の一つだった。


 一寸先も見えない煙の中、コバルトに命令された男達は適当に当たりをつけて銃弾を放つ。銃声と硝煙の香りが、煙で何も見えない空間を満たした。


 悲鳴が聞こえる。


 女では無く、男の悲鳴。


 つまり、先程の銃撃は無駄に終わり、イルミナが煙に乗じて取りまきの誰かに攻撃を仕掛けたのだろう。


 予想外の展開に皆慌てふためく中、コバルトは冷静に状況を分析していた。


 こんな視界の中、何故あの女は取りまき達の位置がわかったのか?


 視界が効かないのは向こうも同じ……すぐに動けるのは、相手がこういった状況での戦闘に慣れているためだろう。


 あの煙を展開する前に全員の位置を記憶していたか……もしくは音で位置を把握することができるのか、あるいはその両方か。


 そう予想したコバルトは、部下達の悲鳴が鳴り響く中、音を立てぬようにゆっくりとその場から移動を開始した。


 心なしか、鬱陶しいこの煙も少しずつ薄くなってきたような気がする。


 もう少し粘れば、視界は確保できそうだ。


 部下が何人やられようが関係ない。相手は女一人。視界さえ確保できれば状況の巻き返しは容易だろう。


 拳銃を握り締め、ゆっくりゆっくりと移動を続ける。


 音を出さぬように、相手に位置を悟られぬように……。


「残念、音は関係ないのよね」


 背後から聞こえた女の声。


 振り返り、コバルトが拳銃を構えるよりも早く、鋭い刃がコバルトの頸動脈に深い傷をつけた。


 激しい痛みと供に吹き出す鮮血。


 倒れながら、破れかぶれに銃を発砲するも、すでにその場所にイルミナはいなかった。


 こうしてコバルトのチームは壊滅した。


 あまりにも呆気なく。


 そして跡形も無く。


 煙の晴れた後、生き残っているのは返り血で真っ赤になったイルミナと、ガタガタと震える子供の二人だけだった。


 コバルトの死体を蹴り飛ばし、キチンと死んでいる事を確認したイルミナは興味が無くなったとばかりに、懐から普通のタバコを取りだして咥え、マッチで火をつけた。


 煙をゆっくりと吸い込み、吐き出す。


 仕事を終えた後の一服を楽しんでいると、イルミナの元にフラフラと子供がやってきた。


「……どうしてくれるんだよ?」


 少年は、ボロボロと涙を流しながら、キッと鋭い目線でイルミナを見上げる。


「僕たちに同情したのか!? 余計なお世話なんだよ!! コバルトがいなくなったところで、この街には他にもヤバい奴がうようよいる……コバルトの庇護が無い僕なんて、明日には死んでるだろうさ!! どうしてくれるんだ……これから僕はどうやって生きればいいんだよ!」


 少年の慟哭に、しかしイルミナは興味が無いとばかりにタバコの煙を吐き出すと、面倒くさそうに呟いた。


「……何を勘違いしているか知らないけど……私は気まぐれでこのチームを潰した。最初にそう言った筈だけど?」


 しゃがみ込んで少年と目線を合わせ、その顔にふーっとタバコの煙を吹きかける。そして品定めするように少年の顔をジッと見つめた。


「お前がこの先どこでのたれ死のうが知ったことじゃない……この時代に弱者というものは、それだけで罪なんだ。力のないものは強者の気まぐれで奪われるしかない……あのコバルトですらそうであったようにね」


 そして、呆けた顔をしている少年を放置したままイルミナは立ち上がった。


「好きに生きろ、少年。それを止めるモノはもういない」










 真っ白なマグカップに、熱々の濃いコーヒーを注ぐ。


 安ものの豆を使用したコーヒーだが、それでも嗜好品だけあってそれなりの値段がする一杯だ。


 マグカップに口をつけ、ゆっくりとコーヒーを啜る。


 口内に広がる苦みと酸味、鼻から抜けていく香ばしいコーヒーの香りを楽しみながら、イルミナは暇な午後を過ごしていた。


 今日も朝から客が来ない……いつも通りの退屈な一日だ。


 そんな素敵に怠惰な午後をぶち壊すかのように、騒々しく店のドアが開いた。


「やっほー!! イルミナちゃん元気ぃ!?」


「……今元気じゃ無くなったよカナミ」


 トレジャーハンターのカナミ。


 この店の常連である彼女は、何やら大きな布袋を持ってやってきた。


「コレ、機械獣のコア! 換金をお願いしたいんだけど……」


「あらあら、大量だね。鑑定してるからそこで待ってな」


 客が来てしまっては仕方が無い。


 重い腰を上げて伸びをすると、背骨がポキポキと気持ちよく鳴った。


 持ち込まれた機械獣のコアを鑑定していると、おしゃべりなカナミはイルミナにいつものように世間話をしてくる。


「そういえばイルミナちゃん、知ってる? 最近、子供だけのチームができたんだって……結構規模が大きいらしいよ」


「……へぇ、そう」


「しかし驚きよね。この街にはいろんな組織があるけど、まさか子供だけでチームが出来ちゃうなんて思わなかった」


「大人が思っているより、子供ってやつは強いのさ。だからこそ、誰かが押さえつけちゃあ駄目なんだ……」


 そう言いながら、イルミナは少し微笑み、カナミにも聞こえないほどの小さな声で呟いた。


「なんだ、やれば出来るじゃない少年」


 今日も、退屈で平穏なイルミナの日常は続いていくのだった。

 

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ロスト 武田コウ @ruku13

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