第12話

 大きく構えられた窓からたっぷりと取り入られた陽の光。その中に佇んでいたのは、ティッカさんとは別ベクトルで『妖精』っぽい少女だった。

 そよ風に揺れる度に光に溶ける背の丈ほどの銀髪。ガラス玉のような銀の瞳。月のように白い肌。瞬きで掻き消えてしまいそうに小さな体躯に、それを包む布の多い服。神秘を纏った少女だ。


 音もなく椅子から立ち上がった少女は儚げな笑みを浮かべた。


「はじめまして。わたしはミラと言います」


 消え入りそうな声だった。容姿も相まって、そこに存在しているのか不安になるほどに。


「皆さんの事は姉から聞いております」


 姉? と思うが、当てはまるのはユーラさんだけだ。ミラさんの後ろに控えている本人も頷いている。


「さて、皆さまはわたしの予言を聞きにいらしたということでよろしかったでしょうか?」

「はい。商人の方から伺ったほうがいいと助言を頂きました」

「そうでしたかハジロ様」

「そんな、様付けはよしてください」

「これは癖のようなものですのでお気になさらず」


 羽白もそう言われれば、それ以上には踏み込まない。


「それで、こんな突然押しかけておいて失礼とは思いますが、予言をお願いしてもいいのでしょうか」

「それはもちろんです。山越えをされる方には、基本的に予言を授けさせていただいているのです」


 それは、なんともお気軽なものだ。というかお人好しだ。


「早速始めたいと思いますがよろしいでしょうか?」

「は、はい。お願いいたします」

「それでは失礼します」


 長いまつ毛が降ろされた。胸の前で手を組み伏せられた顔。祈りをささげるようにも見えるその状態は一分ほど続けられた。その間俺たちはただミラさんを見ることしかできない。見てしまうという方が正しいかもしれない。

 長いまつ毛が持ち上げられる。潤いを含んだ瞳が光に揺らめき俺たちを見据える。そして薄紅色のぷっくりとした唇が開く。


「嵐が来ます。二、三日ほど村に滞在してください」

「嵐、ですか?」


 そう聞き返した羽白の声は懐疑的だ。それもそうだろう。窓から見える空には雲などない。雨になるような気配がないのだ。


「はい、嵐になります」


 ミラさんは言い切った。先ほどまであった儚さや揺らめきはなく、言葉は真っ直ぐ羽白に向けられた。


「ですので、滞在していただくと嬉しいのですが」

「いいのですか?」

「はい。こちらからお願いしていますので。死なれてしまったら悲しいですから」


 その言葉には妙に感情が籠っていた。過去に、予言を信じずに死んでしまった者がいるのだろうか。


「皆さん、ミラの予言は以上になりますが、何か質問はありますか?」


 ああ、その言葉はまずい。餌を目の前にぶら下げるようなものだ。

 羽白の瞳が二割増しで大きくなった。


「な、なんでもいいのですか?」

「ま、まあ、答えられることなら」


 羽白の勢いにユーラさんもたじろぐ。


「で、でしたら、ミラさんに聞きたいのですが、予言と言うのはどういうふうにやっているのですか?」


 お、お前、それ聞くのかよ。


「えっと、ですね。なんというか……」


 ほら、困っているじゃないか。コミュニケーションに長けない俺でもわかる。絶対に聞いちゃいけない部類の話だよ、それ。

 しかし、妖精さんは優しく答える。困ったように眉を寄せて答える。


「目を閉じて思うと、なんとなく見えてくる感じ、です」

「未来の光景がですか?」

「は、はい」


 にじり寄る羽白に後退するミラさん。これはそろそろ止めなくてはいけないな。

 と、思っていたら俺が動く前にユーラさんが間に割り込んだ。


「失礼ハジロさん。ミラは体が弱いので、あまり前のめりにならないでいただきたい」

「あ、ごめんなさい。悪い癖なんです。ミラさんもごめんなさい」


 正気に戻った羽白がユーラさんの肩に隠れているミラさんに頭を下げた。


「いえ、びっくりしてしまっただけですので。でも、今言ったこと以上のことはわたしもわからないので」

「十分です! ありがとうございました」


 羽白の好奇心も一応なりを潜めたらしい。


「他にはありませんか?」


 羽白をはじめ、俺やティッカさんも特にはない。まあ、あったとしても余程必要なことでなければ聞けるような雰囲気でもないのだが。


「そうしましたら、皆さんに滞在していただく場所まで案内したいと思いますので、ついて来ていただけますか?」

「わかりました。ミラさん、ありがとうございました。今度は普通にお話がしたいです」

「それは、是非とも!」


 ユーラさんについて部屋を出ようとした時、ミラさんが「あっ」と声を漏らした。


「あと一つ伝えることがありました。今夜、大地の怒りに震えると思いますが、それはすぐに静まるので安心してください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る