3「イラ・ティッカと予言の村」
第11話
アーマーから西部コナハト、その最大都市ウェストポートに向かうには山脈越えが早く着く。そう教えてくれたのは道中で泊まったとある宿にいた行商人で、羽白が晩酌をすれば山越えの経験から詳しいことをいくつも話してくれた。例えば山脈を飛んで超えるには風が強すぎること。超えるには二、三日は見ておいたほうがいいし、迂回すれば数倍は時間がかかること、などなど。そしてそういうことを含めて、最後に彼はこう言った。
「麓にクノックっていう村があるんだがな、山を越える前に村にいる巫女に予言を貰うといい。予言に従っておけば、山越えの安全は保障されたようなものだから」
そんなことを言われれば羽白が気にならないはずがないのだが、いささか飲ませ過ぎてしまったのか、商人は深い眠りについてしまった。悶々とする事態に陥ったのはなにも羽白だけではなかった。
予言の巫女。そんなことを聞かされてしまえば、その実態はどうなのかという不安を覚える。商人はその巫女とやらを信用している様子であったし、実績がないわけではなさそうだ。もし、悪い予言をされてしまったらどうするか。
ティッカさんはティッカさんで、予言者というものを聞いたことがないという点で気になっているらしい。もし本当に予言を的中させるのならば、新しい伝承として詩にできるからだろう。
そうしてそれぞれの思いを抱きながら俺たちはクノック村にやって来た。麓というか、麓に広がる小さな森を背にした場所にあるこぢんまりとした村だった。これまで見て来た村や町の中でも小さい。そこによそ者が入っていけば視線を集めると思ったのだが、「こんにちは」と挨拶されて終わりだった。普通に、それが当たりまえというように。
果てには、
「ようこそ。山越えをされる方ですか?」
お出迎えまである始末だ。こう、普通と過剰な歓迎が混ざっていると、何もしていないのに、何か悪いことをしたのではないかという気分になる。
これは俺だけのようだ。二人は出迎えをしてくれた女性と話しているし、考えている間に話が付いたのか、女性が予言をしてくれるという巫女の下まで案内してくれることになった。もっとも、聞くところによると元々そのつもりだったそうだが。
荷車を置いて、女性の先導で村の中を進んでいく。
豊富な木があるからか、丸太をくみ上げたログハウス風の造りがこの村の家の主流らしい。村が小さい割に土地はあるから家々の間隔は広めだ。舗装もされていないし、アーマーとはまるで違う。土の湿った匂いが鼻腔に入り込んだ。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。巫女様に使えさせていただいております、ユーラと言います」
「私はライラ・ティッカ。こんな見た目だけど、ナバンという場所でバルドを務めているわ。今は旅の途中」
「私はカサネ・ハジロ。ライラさんに同行させていただいています」
「シキ。クラミです。目的はハジロに同じく」
「そうですか。ところでバルドであるティッカさんがなぜ旅を?」
「実は——」
ユーラさんの質問にティッカさんは答える。旅の最中、目的を尋ねられればティッカさんは隠さずに答えて来た。一期一会であることの可能性が高いので、知られたところで問題はないということもあるのだが、それ以上に少しでも情報を集めようという姿勢の表れでもある。
あるいは、何回も何回も話しているうちに自身の中での考えがまとまるというあれな理由からだろうか。俺は誰かとそんなに話すこともないから何とも言えないが。
要約した話を聞いたユーラさんは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「特に聞き覚えはないですね。関係しそうな話も知りませんし。お役に立てず申し訳ない」
「いやいや気にしないでください。かなり滅茶苦茶なことを聞いているのは自覚しているんで」
話せども、有用な情報を得られた験しはない。想定以内というものだ。
「バルドの方はいらっしゃらないのですか?」
そしてこれも、
「残念ながら」
苦笑いで否定される。
まあ、こう小さな村だと神殿のないことの方が多い。羽白も期待をしての質問ではなく、単なる事実確認、可能性をつぶしておくという意図での質問だろう。
奥へと進んでいき、ついには森の中に入っていく。ナバンのように異常な大きさの木ではなく、普通の大きさの木だ。落ち葉の敷かれた地面を踏みしめ、湿気が強くなり空気の冷たさが増した。寒くはない。気持ちいい、澄んでいる冷たさだ。
森に入ってほどなくした場所に木々のない開けた土地が現れた。山を避け、緑を躱し、降りた陽はカーテンのように揺らめき、その隙間に見えたのは一つの家。村で見た家よりも苔を這わせている。
陽のカーテンを潜り、手入れのされた森の中に取り残されたようにある領域に踏み込んだ。
「少々お待ちください」
ユーラさんはそう言うと家の中に入っていった。残された俺たちの視線はドアの前からそれぞれの方へと飛んでいた。
俺は頭上の開けた緑の穴の向こうが側に見える超えるべき雲を纏う山に既に気疲れし、羽白は手入れの行き届いた花々に心を奪われ、ティッカさんは現実どころか自分のなかに意識が向き視点は虚空に置かれている。
軋んだ音に意識が集められる。
「お待たせいたしました。中へどうぞ」
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