第3話
店のすぐ近く、ナバン中心にはひと際大きい一本の大樹があり、ここには神殿のみが建てられている。町の運営はこの神殿に勤める妖精たちが行っており、様々な機能がここにはある。バルドであるライラ・ティッカもここに勤めているらしい。これから行われる歌唱もバルドの重要な仕事の一つで、その会場は神殿のある大樹の一画となっていた。
会場にはすでに多くの妖精が集まっていた。とは言っても立ったり座ったりして見るような場所はなく、ライラ・ティッカが立つと思われる枝のステージを囲むように全員が浮いている。
念のために他の妖精たちと十分に距離取る。あまり知られたくないことを話すかもしれないからだ。まあ、そこらへんは羽白もわきまえているとは思うが。
「この世界の詩はどういうものなのでしょうか」
「知ってるわけないだろうが」
「答えじゃなくて、世間話を求めているんですよ倉見さん」
どうやら違ったらしい。
「まあ、イメージでは高尚なものというか、静かで綺麗そうな感じですよ、羽白さん」
「私もそう思いますが、町の感じとか、周りを見てもそういうものを聞くような雰囲気ではないんですよね」
「それはまあ、そうだな」
ナバンは総じて陽気な町だ。街を移動していて店の呼び込みが途絶えることはないし、すれ違う妖精たちは皆笑顔だった。今も周囲の妖精たちからは明け透けな笑い声が聞こえる。コール&レスポンスが成立しそうな感じだ。
俺たちが詩に抱いているイメージとは違うのだろうか。
しかし、その空気も一瞬にして変わる。
「おい、来られたぞ」
誰かの言葉は魔法のように広まったのか、バンドのコンサート会場が一気にクラシックの会場に変化した。誰もが口を閉じ、笑顔は真剣な眼差しに。枝の生え際、いくつかある神殿の出入り口から出て来た女性を全員が見ていた。それと同時にステージに寄せるように全体が動きだす。
歩みを進める女性はステージに立つと、遠目でも分かるように大きくお辞儀をした。
「皆さん、本日も私、ライラ・ティッカの語りにお集まりいただき誠にありがとうございます」
彼女が主人公ライラ・ティッカらしい。
「綺麗」
それは羽白が漏らした言葉だった。
遠目だから細かくは分からないが、だからこそ全体的に捉えたライラ・ティッカの持つ空気というものをはっきりと認識できた。綺麗という単語を纏っているかのような佇まいだ。
ライラ・ティッカが言葉を発するたびに、静寂は染み渡っていく。決して強制されたものではなく、心地のいい、あたたかなものだ。
「本日披露させていただくのは『ガーネディアの追想』という、悲恋の姫の詩です。少々長くなってしまいますが、是非最後までお聞きください」
再び一礼。
そして、どこまえも澄んだ歌声によって物語は紡がれた。
『ガーネディアの追想』と題された物語は、まあ、はっきりと言えば単純なものだった。
望まぬ婚姻を言い渡された美しき姫ガーネディアが、愛を誓いあっていた青年に連れ去られる。追手から逃れる日々もガーネディアにとっては夢のようなひと時だった。しかし逃避行の果て、追手との戦いによって青年は死してしまい、ガーネディアも青年を追うようにして自殺する。
俺のいた
物語に涙する者に笑顔で語り合う者。反応はそれぞれに会場となった空間から次々と捌けていく妖精たち見送り、俺たちはその場に留まった。あわよくばこの場でライラ・ティッカに突撃でもしようかと考えていたのだが、案の定ライラ・ティッカは歌い終わると直ぐに神殿へと引っ込んでしまったのだ。
「それで、この後はどうするんだ?」
「決まってるじゃないですか」
わからないんですか、と心底不思議そうな目で見て来る羽白。
「有名な方に話かけるとしたら、出待ちしかないですよ?」
「まあ、そうか」
羽白のことだ、もっと俺には思いつかないような方法で接近してくれると期待していたのだが、存外そうでもなかったらしい。言っていることに間違いないのだが。
出待ちをすると言っても、いくつかの問題があった。
一つ、ナバン中央に聳え立つ大樹をまるまる一本が神殿であり、幹に枝に建造物に、いくつもある出入り口のどこからライラ・ティッカが出てくるのかと言うことだ。多くの妖精は巨大なツリーハウスに備えられた、これまた大きな出入り口を通っているようだが、その多くの妖精とは明らかに身なりの違う妖精はその他の出入り口を利用しているところを確認できた。因みにライラ・ティッカは身なりの違う妖精たちと似たような服装だ。白を基調とした布の多い物が神殿に使える妖精の服装なのだろう。
二つ、ライラ・ティッカがいつ神殿から出てくるのかわからない。この世界における時間は神殿の鳴らす鐘が基準となっている。日の出と日の入り、それぞれに鐘を鳴らし一日の始まりと終わりを決めているらしい。神殿に使える妖精はお勤めをこの鐘の音に合わせているらしいから、特殊なことでもなければ、ライラ・ティッカも鐘が鳴れば出てくることが予想できる。
この程度のことなら羽白もわかっているだろう。その上での出待ち案。
「ちなみに聞くが、どこで待つんだ?」
「それは倉見さんが考えてくれるかと思いまして」
「要するに、考えなしということか」
「私がわからないことは、羽白さんならわかると信じていますから」
俺らならわかる、そう言い切る羽白の目は本気だった。ああ、嫌だ。こいつの、この魔性の瞳にはどうにも逆らうことが出来ない。それどころか期待に応えたいとすら思ってしまう。
ただまあ、そうだな。
「妄想するだけなら疲れないからな」
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