第2話
「ふふ、デートみたいですね」
耳元で囁かれた温かさと湿気を含んだ言葉に、自然と全身に力が入る。
「倉見さん、聞いてますか?」
腕を絡めている羽白が見上げて来る。揺れる声音、活発な体温、甘い香り、そして長いまつ毛。五感をほとんど支配され思考もままならない。
「緊張されているんですか? 鼓動が私にまで伝わっていますよ」
「別に、そんなことないが」
「そうですか。私は、その、とってもどきどきしているのですが……わかりませんか?」
そうは言われても、感じ取ろうと意識をしてしまえば、別のものに意識を持って行かれそうでそれどころではない。
どうしてこんなことになっているのかと言うと、それは俺が上手く空を飛ぶことができなかったからだ。あっさりと飛んで見せた羽白に比べ、練習を何回もした俺ができたのは浮くことだけ。そこからの移動がどうにも上手くできなかったのだ。むしろ、浮くことができたことに驚いた。
しかし、練習に時間を割くわけにもいかないということで、移動は羽白に任せることにしたのだ。その結果がこの腕を絡ませた状態。羽白が動けば俺も自然と動かされる。一応、手を繋ぐというのも試してみたが周囲から見た反応は不審な目。空中を引きずるような感じになったから仕方ない。
この状態が一番安定して周囲からも不審がられない方法とはいえ、いつまでもこの状態でいるつもりはない。一刻も早くまともに飛べるようにならなければ。まあ、町を一回りした今でもまったく成長の兆しが見られないのだが。やっぱり、俺ができないのではなく、羽白が出来すぎなのだ。
「休憩にしますか」
「喉乾いた」
「やっぱり緊張してたんじゃないですか」
俺たちが最初に降り立っていたのは、どうやらこの町の中心にあるひと際大きな巨木の枝の根元だったらしい。いつの間にか目を付けていたらしい羽白に連れられて入った店は、中心部にある店だった。
鼻を刺激する酒の匂いと陽気な笑い声のBGMにして、羽白の声が転がる。
「このジュース炭酸ではないようですが、パチパチしていて美味しいですね」
「ああ、さっぱりしてるな。それに実質タダだからか、より一層美味しい」
「もう、倉見さん」
呆れたように見てくる羽白だが、事実なのだから仕方ない。物語に従属するというのは、物語に生きていて違和感がないということだ。俺たち司書は、物語に生きる上で不自然ではないにように必要なものは全て与えられる。そう、全てだ。世界に準じるために種族が変わり、溶け込むために服まで与えられる。そして貨幣という文化があるのなら、貨幣すらも与えられる。働かなくてもお金が懐には蓄えられるのだ。
「さて、喉も潤いましたし本題に入りましょうか」
「だな」
情報整理は大事だ。だから、追加でデザートを頼んでいるんじゃない。
町の名前はナバン。元は円形の窪地に埋まっている巨木の森に作られた樹上の町だったが、盛んな交易のお陰で町は大きくなり森の外にまで広がっており、商業都市として大陸随一の活気を誇るそうだ。お陰で一回りするのに時間がかかってしまったが、その反面この世界の文化にある程度触れることができたのは上々だ。
最大の特徴は移動も物を運ぶのも基本的には飛行——正確には魔法を用いる。俺たちが飛べたのはこの空飛ぶ魔法を自身の持つ魔力を消費して行使していたからだ。そしてなんとこの魔法、自分以外にも使うことができる。無機物にも可能で、荷物を移動させるのに魔法を使っている場面をいくつも見た。今も、
「わっ、来ました」
カウンターから魔法で羽白のデザートのみがふわふわと送られて来た。魔法は日常に欠かせない存在となっているのだ。
文化面で言えば、これだけの発展を遂げているのにも関わらず、文字というものが町のどこにも見当たらなかったことだ。その代わりに簡易的な絵が使われており、看板もメニューも色彩豊かだ。
そのほかにもいくつか得た情報に対する認識がずれていないことを確認して、本命の話題に入った。
この
「最年少にして唯一の女性バルド、ですか」
「ライラ・ティッカのことか?」
「はい。話を聞いたところ詩人のようですね」
「バルドっていうのはかなりのお偉いさんみたいだがな。門前払いにされそうだが大丈夫か?」
「それは会ってみなければわかりませんが、おそらく大丈夫だと思いますよ」
「どうしてだ?」
「もしティッカさんが嫌な人でしたら、あんな嬉しそうな顔で、それも自慢するように話したりはしないでしょうから。それに、話したことがあるという方も多かったですし」
デザートを口に放り込む羽白の言葉に、確かにそうだなと思う。
それはそれとして、最後の一口を絶賛堪能中している羽白に言うことがある。俺が窓の外を指差すと、頬を一杯に膨らませ、口から甘味が漂ってきそうなほど口をふやけさせていた白は窓の外に目を向ける。
「おすすめされたライラ・ティッカが歌う時間はそろそろじゃないのか?」
「あ、そうでした! 急がないと倉見さん」
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