第4話

 部屋を照らすのはナバンの名産品でもある輝鉱石。大地の魔力が鉱石と混ざることで生成される石で、魔力を溜め込み、夜になると光るという特性がある。光源として重宝され、ナバンのいたるところにある。様々な色の光が散りばめられている光景は幻想的らしい。


 今はまだ昼で輝鉱石は光らないか、仄暗い中でも表情はわかる。

 柔らかそうな口元が強張りながら開かれた。


「それで、どうして私がここから出てくることがわかったのかしら?」


 凛として美しいライラ・ティッカが、語りの場とは比べものにならないほどの近さで問う。軽やかな金髪の下の表情は、面白いものを見つけたというものだが、羽白の子どもみたいなそれとは違い、大人な妖しさに満ちたものだった。深緑の瞳も合わさった姿は、まさしく〈妖精〉だった。


「ふふ、こちらの倉見さんが推理したんです」


 対する羽白にはどちらかというと柔らかな美しさがあった。相変わらずの近さだが、こうして対極的な美しさがあった時にはそれが際立つ。〈妖精〉なライラ・ティッカにも引けを取っていない。

 そんな二つの美しさが俺を見つめているのは、なんとかどうにかライラ・ティッカに遭遇できたからだ。それでなにがどうなったのか自宅に招かれて、夕食さえこうしてご馳走され、お茶でひと段落というところで、話題は俺の妄想についてとなった。


「私もまだ聞けていないので。倉見さん、どうしてわかったんですか?」

 回想に逃げ込むことはできなかった。

「……何度も言っているが、推理なんて呼べるしろものじゃない。ただの妄想だ、妄想」


 実際、推理と呼べるほどのものではないのだ。今回もそうだが、俺は勝手に妄想しているだけ。あれはああだとか、これはこうだとか、電車に揺られている時にぼんやりと頭に浮かべるもの。そんなものが推理だとは言えないだろう。仮にこれが推理だと言うのなら、それによってもたらされる結果に責任を負えない。俺は俺として考えることに楽しみを感じるが、そんな気楽さにふり回されたいと考える者もいないだろう。だからこれは妄想なのだ。


「それでもこうして合っていたんですから、推理ですよ」

「理由がわからないと怖いのだけど」

「そうですよ、倉見さん」

「お前がやらせたんだろうが、羽白」


 隣に座る羽白を非難してみるが気にする風でもなくそれどころか、

「早く聞かせてください」


 催促してくる始末だ。

 意識するでもなく吐いたため息に湯気が揺れた。ご馳走されている身であるし、それなら妄想を垂れ流すのも仕方ない、か。

 

 羽白の「ライラ・ティッカがいつ、どこから出てくるか考えてください」という無理難題の要望に応えることを決めた俺の最初の行動はもちろん、


「とりあえず羽白、聞き込みだ。誰か知ってるだろう」

「さっきまで渋っておいてそれですか」

「堅実な方法だろ。それに流石に情報が少なすぎてどうにもならん」


 羽白に情報収集をお願いすることだ。というか、ここら辺に店を構える妖精に聞けば、ピンポイントに答えがわかるかもしれない。わからないことは誰かに聞く、基本的なことだ。

 急いで行って来いと、足手まといな俺はここで待っていると言い羽白を見送った。

 戻って来たのは体感で十分が経った頃だった。


「どうだった?」

「それが、特にこれと言った情報は得られませんでした」


 心底残念そうに言う羽白は続ける。


「誰も、ライラ・ティッカさんがどこから出てくるか知らなかったんです。それどころか、帰っているところを見た人もいなかったんです」

「それは、ライラ・ティッカが神殿に住んでいるということか?」

「いえ、そうではないようです。神殿の休息日に買い物をしていたそうなのですが、そこの店主によると帰るといった方向は神殿とは真逆だったそうですから」

「本当にライラ・ティッカが出入りするところを見た妖精はいなかったんだな」

「はい。神殿を囲むいくつもの店で話を聞きましたが」

「そうか」

「どういうことなのでしょうか」


 誰もライラ・ティッカが神殿から帰るところを見ていない。かといって神殿に住んでいるわけでもなさそうで。ライラ・ティッカは街でもよく話を聞ける有名人だ。神殿の周囲に住んでいる者ならその姿を一度は見たことがあるはず。俺みたいに特徴のない顔とは違い、ライラ・ティッカのあの美しさなら目に止まって自然。が、目撃情報がまったくないと。

 ……なるほどとは言わないが、考えられる可能性が一つ見えた。


「行くぞ」

「え、何かわかったんですか?」

「いや、単なる妄想だが、一つ考えが浮かんだ」

「本当ですか⁉」

「ああ、だから俺を早く運んでくれ」

「……倉見さん。格好付けるなら最後までお願いします」


 そうは言うが移動できないのだから仕方ない。

 羽白に縋りつくかたちで移動したのは多くの一般人が出入りする神殿の正面玄関でも言うべき巨大な扉の前。出てくる妖精の中にライラ・ティッカがいる、とだけ羽白に伝え、そのまま待機。見張るのにも疲れてきた頃、森を揺らすような鐘の音が響いた。正面玄関から雪崩れるように多くの市民が出てくるのと同時に、見える範囲にある他の場所からは神殿に使える妖精が出て来た。

 この大樹の中にこんなにも多くの妖精がいたのかと少しばかり目を見開いていると、隣にいた羽白が「倉見さん、あれ」と服を引っ張って来た。羽白が指を指す先、顔を伏せるようしている人物を発見。羽白の無言の問いに首肯すると、羽白はその人物目掛けて飛んで行った。


 遠目にも羽白に話しかけられた人物——ライラ・ティッカが驚いているのがわかった。いくつかのやり取りをしたらしい後、二人はそろって俺の方に向かってくる。こうして見ても羽白の飛ぶ姿は本物の妖精と遜色がない。


「とりあえず、あなたも私の家までいらっしゃい」

「ということです」


 初対面で何をどうしたらこうなる。




 ティッカさんに経緯を搔い摘んで話した。こちらの事情などは当然伏せてだ。そのあたりは羽白に任せておいたほうがいい。


「で、クラミ―の言う妄想はなんだったの?」


 倉見だからクラミ―だ。生まれた初めてつけられた愛称に応える。


「まあ、簡単な話ですよ。ティッカさんは確実に神殿から帰っているのに、それを見たことある妖精はいない。なぜか? 誰もライラ・ティッカと認識できないような姿だったから、です」


 神殿から出て来たティッカさん恰好は仕える者の綺麗で華美なものとは違い、薄汚れたものだった。綺麗な髪も隠すようにフードをかぶっていたから顔も見えなかったし、これがライラ・ティッカだと思うには難しいものだった。


「誰にも気が付かれたことなかったんだけどな」

「当てずっぽうな妄想ですから、たまたま運よく当たっただけですので」

「そう。それで、どうしてあんな恰好をしているのかは妄想したのかしら」

「まあ、普通に気が付かれたくなかったからじゃないですか。神殿の周囲には歌を聞きにいていた妖精が多く残っていましたし、そこに現れたら帰るどころの話じゃなくなりそうです」

「正解」


 そう言ったティッカさんは苦笑いしていた。


「嬉しいことではあるんだけどね。囲まれるとさすがにどうすることもできないから」

「すごい人気なんですね」

「まあ、そうね。自分で言うのもあれだけど」

「私も今日初めて聞きましたが感動しました!」

「あ、ありがと」


 羽白の褒め殺しに耐えられなくなったティッカさんが話題を変える。


「そ、それで、カサネたちは私の詩をもっと聞きたいんだっけ」

「はい。できれば、バルドというお仕事についても聞かせていただきたいです」

「バルドについて? なんでまた」

「いえ、お恥ずかしながら今までバルドというものに興味がなかったので、よく知らないんです。ですがいい機会ですので知りたいと思いまして」

「そう、なの。カサネは随分と変わっているのね」


 羽白は顔を赤らめる。


「詩とバルドについてはどっちからにする?」

「詩は楽しみにとっておくとして、バルドについてお願いします」

「わかったわ。……といっても、何から話せばいいのかしらね」

「できる限り全部お願いします」

「そう、全部ね。お菓子も用意しておいて正解」



 神殿に使える者〈ドルイド〉は神代から続く仕事らしく、王国が乱立していた遥か昔には、その国王たちよりも妖精たちの尊敬を集め、特別な存在として扱われた。

 独立した存在で国に属さないために少なかった仕事も、国が滅び去りその求心がドルイドに向くと次第に増えていき、現在では各地の大きな街の運営はドルイド、つまり神殿が務める形になっていった。

 原初の三つの役割の中において最高位とされ、王の良き相談役となり、儀式なども取り行っていたのがドルイド。正真正銘、初めの役割だ。

 続いて生まれたのが占いなどを担当した、ドルイドに次ぐ位か同程度とされたウァテス。


 そしてライラ・ティッカの役割である詩人バルド。物事を語り広め、次世代へと継承し、宴会などでも余興として語ったそうだ。かつて名声を広めようとした王はバルドに大金を払って抱え込むなどということもあったらしい。そのためドルイドたちには劣るとはいえ、彼らにも一目置かれる存在であった。


 現在でもこの三つの役割は多少形を変えても残っており、神殿内での地位も高いものであるが、中でもバルドはその数が絶対的に少ない。

 バルドは神話や伝承、教義や歴史などの出来事を旋律に載せて語る役割であるが、その膨大な数の詩は全て暗記しなくてはならない。これを聞いた時は衝撃的だったが、同時に納得もした。なにせこの世界には文字がないのだから。暗記するしかないわけだ。


 あまりにも厳しい条件に、バルドになれる者は少なく、なれたとしてもそれは三十代後半頃なのだそうだ。


 故に、ライラ・ティッカは特別若いバルドだ。父もバルドであったという彼女は幼い頃からいくつもの詩を暗記し、僅か十九歳でバルドとなったらしい。そんな背景に加えて、容姿端麗とくれば、人気になるのも分かるというものだ。



「と、まあバルドについてそんなところね」

「ありがとうございます」


 ティッカさんは随分と丁寧に話してくれた。羽白が逐一質問するから時間はかかったが。


「じゃあ、早速詩の方を披露しようかしら」

「はい、是非ともお願いします」


 少しくらい休憩の時間が欲しい。


「今から披露するのは、外ではまだ誰にも披露したことのないものなの。誰かに聞か

せるのなんてあなたたちが初めてよ」

「そんな貴重な機会を私たちなんかに、いいのですか?」

「いいのいいの。その代わり言ってはなんだけど、語り終えたら頼みたいことがあるのよ」

「それは構いませんが」

 俺は構う。

「ありがとう。……じゃあ、始めるわね。題は『涙の大釜』」

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