終章

その後マリアは、この街で実施した政策を打ち止め、再び娯楽を解禁した。指導者の座は降りず、このまま彼女が最初に求めていた綺麗事と言われるような理想でこの国を守るために働いていくみたいだ。

そして、バンケットはアリシアのみが居ない日常を取り返した。アリシアの死はこの街全体に広がっていった。革命はこの街にとってそれほど大きな出来事であり、アリシアはそれだけこの街に愛された女性だった。アリシアは、この国のことを時計のようだと喩えていたが、このバンケットという名の時計において彼女がどれだけ重要なパーツであった。

忘れることなんてできない、酒を飲む度に誰もがアリシアのことを思い出す。それだけアリシアの存在の残滓はバンケットに根強く残っている。どの方向を向いても、そこにはアリシアとの思い出がある。


「あぁ……アリシア……」


俺はそれと同時にもうひとつ分かったことがあった。失って始めてことの大切さに気づく、人間の真理だろう。俺はアリシアを失って初めて、俺にとってアリシアが重要な存在であるとわかった。自分では気づいてはいなかったが俺はアリシアが好きだった。みんながアリシアを好き、というそういう感情とは少し違う好きだった。それを思う度余計に悲しみが湧いてくる。ジョッキに溢れるほど入ったビールを飲み干す。


「あぁ、忘れられやしねぇよ……」


と、その時だった。なにかが壊れる音がした。比喩とかそういうのではない、木製の何かが壊れる音だ。


「おい、ウィルソン! お前今いつまで経ってもめそめそしてるプリンみたいな心って言ったのか? ああん?」


さっきの音はスミスがウィルソンを投げ飛ばし、ウィルソンの下敷きになった椅子が壊れる音だった。


「誰がそんなこと言った? お前さては、自分がそういうもんだと思い込んでるあまり幻聴こじらせたんじゃねぇのか?」


ウィルソンは、手に持っているジョッキをスミス目掛けて投げつける。スミスがジョッキを躱し、ジョッキがアンドリューに当たる。


「おい、人がせっかく心地よくよ? アリシアを悼んで酒を飲んでる時に? お前ら何してくれてるんだ? あん?」


と酒樽を持ち上げ、ウィルソン目掛けて投げる。意外と筋力のある人だった。そりゃそうか、毎日のようにあの樽から直で酒を飲んでいるのだ、そんな筋力だって付く。

スミスとウィルソンの喧嘩が周りを巻き込み次第に大きくなっていく、先程までの暗かった雰囲気が一気に明るくなったのを感じる。みんな、心の底からこの喧嘩を笑っている、アリシアのことを忘れている訳では無いのだろう。


「そうか、忘れるわけじゃないんだ。こうやって悲しみはそれより大きな喜びと楽しみで書き換えられていく。アリシア、これから起こる楽しいことも悲しいこともバンケット出起こる日常を全部君と共に……」


俺はそう呟き、喧嘩に混ざりに行った。日常は失うものもある、だけれどこうやって何かを補うようにして修復されていくのだ。

そうだ、俺は喧嘩に混ざりに行く前にやることがあった。


「ジェシカ、ごめん。俺アリシアのことが好きだ」


「そんなの最初っから知っていたわよ。どれだけ時間がたとうともアリシアには勝てないもの。でもいいわ、機械しか愛さないって訳じゃないってわかっただけでも」


ジェシカは笑ってそう告げると仕事へと戻って行った。


――そして数十年経った今も変わらず賑やかなバンケットは銀髪碧眼白い肌のマシンドールが出迎えてくれる。今も、いつまで経っても……

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Beerhall Banquet @kahuhi

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