見つからない子

古森 遊

『見つからない子』

 ――――ドン ドン ドンッ


 何かを強く叩く音で目が覚めた。

 夢の中で響いていたものか、目覚めてみると音は聞こえなくなっていた。


「やだ、すっかり寝ちゃってた」


 洗濯物をたたみながら、いつの間にかソファでうたた寝をしてしまったらしい。部屋に差し込む光は、もう、夕方の角度だ。


 あわてて起き上がり窓の外を見ると、小学生が数人で楽しそうに喋りながら通りすぎていった。息子と同じ学校の子達だろう。低い位置で楽しそうに揺れるランドセルを見送りながら、あの子がまだあのくらいの背丈だった頃の事を思い出す。


 転校したばかりで、なかなか周囲に溶け込めなくて、苦労したっけ。


 ぼんやりしそうになったが、昼寝してしまった分も、夕飯の支度を急がなければ。そのうちあの子もお腹を空かせて帰ってくるだろう。


 ちょうど夕方のニュースの時間だったので、テレビをつけて料理を始める。最近は物騒な話題が多い。この辺りでも引ったくりや痴漢が増えたと、お隣の奥さんと話したばかりだった。


『神奈川県Y市の○○地区で、ここ数年の間に小学生の女の子が狙われる事件が連続して……』


 えっ、嫌だ、この地区の事がニュースになってる?!あわててテレビのボリュームをあげた。この二、三年の間に、三人が行方不明になってるという。怪しい声掛け事案も数件確認されているらしい。行方不明になっているのは小学1~2年生。学校名を聞いて驚いた。息子の通う学校だ。


「やだ、全然知らなかった」


 不安のあまり、思わずテレビに向かって呟きがこぼれる。

 私自身はあまり人付き合いが得意な方ではなく、学校の保護者には、知り合いがほとんどいなかった。だからなのか、こんなに身近なことだというのに、ニュースについて全く知らなかった。


「あの子は……大丈夫よね?」


 この学校にも、だいぶ馴染んできたようだけれど、あの子はいつも一人で帰ってくる。

 今日はクラブ活動は無い日だったっけ?寄り道さえしなければ、もう帰ってくるころだろうか。


 ニュースはまだ続いていたが、私の頭の中は息子の今日の予定を思い出すことでいっぱいだった。


 行方不明になっているのは低学年の女の子ばかり。


 うちの子は大丈夫


 うちの子は大丈夫


 きっと、大丈夫



 ドン ドン ドンッ


 ハッと顔を上げる。今の音は?さっき夢の中で聞いた音と同じだった気がする。もう一度聞こえないかと耳を澄ませたが、もうテレビのアナウンサーの声しかしない。あんな音が鳴るような場所ってどこかしら?壁やドアをこぶしで叩くような、そんな音だった。


 うちは、私と息子の二人暮らし。夫はあの子が3歳の時に事故で亡くなった。


 いくら私がうたた寝していたといっても、誰かが家に入り込んでくれば、気付かないということはないだろう。今、家の中には誰もいないはず、私以外は。


 1階は玄関、南側に広い廊下、客間と続く居間と、台所と風呂場に洗面、トイレしかない。ぐるりと回って誰もいないことを確認すると2階への階段を見上げる。上は私の部屋と、物置代わりの空き部屋、そして息子の部屋だ。

 ゆっくりと階段を昇って行った。手前から、自分の部屋、空き部屋と覗いていく。

 当たり前だけど、誰も隠れてなんていなかった。少しホッとしてから、息子の部屋のドアの前に立った。普段は息子がいない時には、無断で部屋には入らないようにしている。母子二人きりだからこそ、プライバシーには鈍感にならないように気を遣ってきたつもりだ。


 ただ、あの音は妙に気になった。

 不安をかきたてられるような、そんな音。


 部屋のドアを開け覗き込んでみたが、特に変わった様子はない。あの音がするとしたら、クローゼット代わりの押し入れだろうか?あの中に誰かが隠れている様子を想像して足がすくむ。もしそんなことがあれば大変なことだ。でも、確かめなければ。


 勇気を振り絞って、部屋へ足を踏み入れようとした時、玄関のインターホンが鳴った。


ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピンポン


「は、はあーい!」


 やけに強引な感じで繰り返し鳴らされる音に、不快感と不安が募ってくる。急いで階段を降りながら、さっきテレビで見たニュースが頭を過った。



 うちの子は大丈夫


 『ドン ドン ドンッ』


 うちの子は大丈夫


 『ドン ドン ドンッ』


 きっと、大丈夫


 『ドン ドン ドンッ』



「はい」


 玄関のドアを開けると、背広を来た男性が二人立っていた。その後ろに数人の警察官の姿があるのを見て、血の気がひく。


「あ、あの、まさか、うちの子に何か?」


 声が掠れてしまうのを押さえられない。二人組のうち、若い方の男性が一瞬だけ痛ましげな眼差して私を見た後、口を開いた。


「息子さんの事で、お伺いしました」


 『ドン ドン ドンッ』


 ああ、またあの音が大きくなる。不安がどんどん高まってくる。息が苦しい、立っているのがやっとだ。


「まだ……あの子、学校から帰ってないんです」


 二人組が顔を見合わせる。


「学校?」


「ええ、○○小学校です」


 二人は再び顔を見合わせると、年配の方の男性が前に出てきた。


「息子さん、ずいぶん前に教師は辞めてますよ」


「え」


 驚く私には構わずに、男性は胸のポケットから、1枚の写真を取り出した。


「先月行方不明になった小学生です。足取りの最後に息子さんと二人でいるところを見ていたという証言がありまして……」


 何か書類が目の前で読み上げられる。


 二人組を先頭に、警察官が次々に家の中に入ってきた。皆、顔をしかめ鼻を押さえる。   


 どうして?


 階段を駆け上がり、息子の部屋のドアが開けられる。若い方の男性が何か叫んでいる。その場の警察官が慌ただしく外へ飛び出していった。



 『ドン ドン ドンッ』


 あの音は相変わらず続いていた。


 青いビニールシートで覆われたドアから『息子のお友だち』が運び出されていく。


 『ドン ドン ドンッ』


 ああ、ほら、

 

 そんなに煩くするから


 見つかっちゃったじゃない――――











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