やっぱり。彼女がいないと仕事がうまくいかない。身体がぼろぼろになった。前も後ろも分からないまま、歩いて、倒れて。

 彼女の部屋の、玄関。

 でも、彼女はいない。

 同僚が調査済みだった。彼女は、この街に存在していない。正確には、存在が稀薄で認識されにくい。彼女には彼女だけが見える世界と彼女だけの街があって、そこに自分はいない。

 いないのに。

 目の前に彼女がいる。

 うそ、って言われた。ほんとなんだけどな。

 そうか。

 死にかけると、彼女を見つけやすくなるのか。


「へへ」


 こういう状況のとき、なんと言えばいいのだろうか。分からん。目の前に突然血だらけの恋人が出現して、その恋人が一言だけ喋るなら。


「ぞんび」


 ゾンビだぞお。


「ごほっごほっ」


 いかん。ここで口から血を出したらまじのゾンビじゃん。

 彼女。素早く自分の後ろに回って。首をしめつけられる。あ。なんか心地よい。

 ちょっとして、止血しているんだと、気付いた。血が止まると、思考が鮮明になって。

 少し暴れた。


「あばれないで。血が出ちゃう」


「そのほうがいい」


 死にかけている間、彼女が見えるなら。

 永遠に死にかけてやる。


「うおっ」


 引き倒されて、引きられて、ベッドにヘッドを固定された。動けねえ。


「なにしてんの?」


「絶対安静だから。寝て休みなさい」


「いやだね。せっかく、また、逢えたのに」


 眠くなってきた。


「いるよ。見えなくても。そばに」


「見えないと、意味が、ない」


「そんなことないよ。いるから。また逢いに来て」


 彼女を見つめたかったけど。頭が固定されていて、どうしようもなかった。

 死にかけているけど、たぶん、生き残る。そしてまた。彼女に。

 逢えるだろうか。

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あなたがいなくなったあと (短文詩作) 春嵐 @aiot3110

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