最終話 ハルと桜

 

「3人とも、合格おめでとう~!!」


 高校受験に無事合格したハルとヨシコ、太田がハルの屋敷に集まっている皆から祝福されていた。


 合格発表の翌日、遥香が知り合い皆を呼んで、祝福パーティを企画してくれたのであった。


「今日は皆来てくれて、ありがと~

 是非楽しんでってね~」


 ハルは合格した安心感からか、ライブのミュージシャンみたいなことを言った。


「ハルちゃん、おめでとう~」


 早速、瀬戸がハルを抱きしめに来た。


「うぐっ!!愛さん!!ありがと!!

 でも、ジュースがこぼれる…」

「あっ、ごめんごめん。」


 そう言って、瀬戸はハルから離れた。


「てか、既にお前にかかってるから…

 しょうがないな~」


 一緒に来ていた神山がハンカチで瀬戸にかかったジュースを拭いてあげた。


「おっ!仲いいね~

 上手くいってるみたいで良かったよ~」


 ハルは茶化すように神山に言った。


「…まぁ、君が変なこと言わなければ、仲が悪くなるようなことはあんまりないよ。」

「そうなの?

 てか、私、そんな変なこと言った覚え無いんだけど。」

「…そういうのが一番たちが悪いよ…

 まぁ、とにかく合格おめでとう。」


 神山はため息をつきながら、ハルを祝福した。


「ちょ、ちょっとそんな男と話してないで、私とおしゃべりしようよ~」


 瀬戸は恥ずかしがっている様子だった。


「だから、動くなって、まだべたべたしてるから!

 ちょっと洗面所借りるよ。」

「どうぞ、ごゆっくり~」


 神山と瀬戸は洗面所へと向かうのであった。


 やっぱり、どちらかというと神山の方がお兄さんなんだなとハルは笑った。


 すると、遥香と聡が寄ってきた。


「ハル。ヨッシー。太田君。おめっとさん!

 ヨシコはともかく、まさか、ハルも私と一緒の学校に来れるとは思ってなかったよ~」

「…相変わらず、失礼なこと言うよね。遥香ちゃんは…」

「いやいや。今回は素直に感心してるんだよ。

 知らぬ間にそんなに賢くなってたとは思ってなくてね。」

「ハルちゃん、3年生になってから、太田君につきっきりで勉強教えてもらってたもんね~

 私も教えてもらってたけど~」

「えっ、そうなんだ。」


 遥香は意外そうな顔をした。


「そうなんだよ~

 ホント太田のおかげだよ~

 ありがとね!」


 そう言ってハルは太田の肩を強めにたたいた。


「い、いや、加藤さんの飲み込みが早かっただけだよ。

 でも、僕なんかがお役に立ててよかったよ。」


 太田は謙遜しながらも、ハルの感謝を受けて、嬉しそうだった。


 その様子を見ながら、遥香は聡に小声で呟いた。


「…意外なライバル出現だね…」


 聡はため息をついて、遥香に言った。


「だから、そんなんじゃねぇって。

 というか、太田なら全然いいんじゃねぇ?」

「あれ?

 なんかもう諦めちゃった感じ?」


 遥香はまたも意外そうな顔をした。


「そもそもいとこだし。

 妹みたいなもんだよ。

 それに太田なら医者の息子で、全国でも有名な高校に合格してるし、将来有望じゃん。

 親戚の俺もあやかれそうだし。」

「えぇ~なんかつまんない。

 しかも、超やらしい考えだし。」

「うるせぇよ!

 ホントお前って、憎たらしい奴だよな。

 中学の時はそんなんじゃなかったのによ。」


 聡はうんざりした様子だった。


 そんな様子を見て、ハルは二人に言った。


「いつの間に二人ってそんな仲良くなったの?」


 すると、聡は急に恥ずかしそうにしながら、ハルに言い訳のように言った。


「べ、別に仲良くねぇよ!!

 塾が一緒ってだけだよ!!」


 遥香は特に気にする様子もなく、聡に言った。


「そんな否定しなくても。

 別に普通に友達なんだし。」

「…なんか似たようなやり取りを違うやつとした覚えがあるわ…」


 聡は何故かがっくりしていた。




 一通り、皆とおしゃべりした後、ゲーム画面が勝手に動いているのを見て、遥香が皆に言い出した。


「ねぇ。桜さんとゲームしてみようよ~」


 ハルは遥香の提案に難しい顔をした。


「…やめといた方がいいよ。

 桜おねぇちゃん。めちゃめちゃ強いから。」

「そうなの?

 逆にどんだけ強いか興味あるわ。

 いつもはなんのゲームしてるの?」

「え~と、私とはふよぷよしたりするけど、基本RPGばっかやってるね。

 たま~に格闘ゲームすることもあるけど、これまた強いんだよ。

 私、一回も勝ったことないもん。」


「…ほぉ…それは一つ手合わせ願いたいものだね…」


 ハルの言葉を聞いて、神山が眼鏡をくいっと上げて、桜との対戦を申し込んだ。


 桜は神山の真剣な表情を見て、ゲームの手を止めた。


「…いいでしょう。

 あなたなら、私にも対抗できるかもしれませんね。

 では、何で勝負しますか?」


 ハルは桜の言葉を神山に伝えた。


「桜おねぇちゃんが勝負していいって。

 何で勝負する?」


「ふよぷよでいいよ。

 僕もパズルゲームは得意だからね。」


 神山は自信満々に言った。


「ふふ。面白い。

 かかってきなさい。」


 そう言って、桜は律儀に今やっているゲームのセーブポイントまで戻って、セーブして、ゲームを消した。


 そして、ふよぷよのゲームディスクをフワリと浮かせて、ゲーム機のディスク入れを空け、ディスク交換を行い、再び、ゲームを起動させた。


「なんか微妙にタイミングを外された気分だけど、相変わらず、すごいね。

 やっぱり、始めはびっくりするわ。」


 神山は若干ビビりながら、コントローラを手に取った。


 他の皆は慣れているようだったが、異常な光景を初めて目の当たりにした瀬戸はテンション高めに驚いていた。


「すご~い!!

 話には聞いてたけど、ホントだったんだね!!

 めっちゃインスタ映えしそう!!」

「写真はやめといた方がいいよ。

 何回か撮ったことあるけど、すごい怖く映るから。」

「そ、そうなんだ。

 それはそれで、インスタ映えしそうだけど、やめとくよ。」


 瀬戸は微妙に怖がって、写真を撮るのをやめた。




 そうして、二人の対戦が始まった。


 序盤、桜と神山の二人ともほぼ一緒のパズルの組み方になった。

 スピードも同じでパズルをある程度ためてから、連鎖で消していき、相手の邪魔ぷよを相殺する形でほとんど差はなかった。


「…中々、やりますね。」

「…この組み方するって、完全にやりこんでるな…」


 桜と神山はお互いを認め合っていた。


 傍から見ていた皆はものすごい勢いで連鎖していく様子を見て、おぉ~と興奮していた。


 二人ともほぼ互角で、連鎖のタイミング、相手に邪魔をするタイミングの勝負になっていた。


 先に仕掛けたのは神山だった。


 神山は桜よりも早い段階で細かな連鎖で次々と消していき、邪魔ぷよを桜に送った。

 しかし、桜は邪魔ぷよに焦ることなく、ギリギリまで溜めていき、大きな連鎖を成功させた。

 すると、神山はその大きな邪魔ぷよを相殺することができず、邪魔ぷよが画面いっぱいに降ってきた。


 そして、桜は止めの連鎖を仕上げて、神山は敗北したのだった。


「くそ~やっぱり、先にやると負けるんだよな~

 でも、本当に強いわ~」


 神山は負けたが、致し方なしと桜の強さを素直に認めた。


「やはり、あなたも強かったですよ。

 残念ながら、私の予想よりかは弱かっただけですよ。」


 桜は勝ち誇った顔で神山に言い放った。


 一応、ハルは桜のセリフを神山に伝えた。


「桜おねぇちゃんが神山さんも強かったって。

 ただ、予想よりかは弱かったって言ってるよ。」


「…それ、僕に伝える必要あった?」


 神山はハルの残酷な言葉にうなだれた。


「いや~桜さん本当に強かったんだね~

 これ見た後だと、流石に勝負できないわ。」


「ふふ。当たり前ですよ。」


 遥香の称賛の言葉に桜は得意げになった。


「でも、ボードゲームとかだったら、勝負できるんじゃない~」


 ヨシコが何の気なしに提案した。

 遥香も賛同して、ハルに聞いた。


「それいいね。

 ボードゲーム的なゲームは無いの?」

「え~と、確か…

 あったあった。

 「金太郎電鉄」なら皆でできるし、いいかも。」


 ハルは「金太郎電鉄」と呼ばれる日本各所を巡って、資産を増やすゲームを取り出した。


「ただ、言っとくけど、これも桜おねぇちゃん強いからね。

 まぁ、運要素があるから、勝てるとしたらこれかな?」


「「金鉄」なら私も自信あるよ。

 じゃあ、桜さんとやりたい人~?」


 遥香は桜と「金太郎電鉄」をやるメンバーを募った。


「リベンジさせてもらおうかな。」


 またもや神山が名乗り出た。


「じゃあ、僕、いいですか?」


 意外にも太田が名乗り出たのだった。


「よし!

 じゃあ、桜さんと私と神山さん、太田君で勝負しよ~」


「いいでしょう。

 かかってきなさい。」


 桜も乗り気であった。


 ハルは桜がこんなに楽しそうなのは初めてかもと思い、なんだか嬉しくなって、ゲーム画面を見守っていた。


 総一郎は皆の楽しそうな様子を見て、優しく微笑んだが、やはり、寂しい気持ちはぬぐえなかった。


 そんな感じで祝福パーティーは楽しく続いたのだった。




「…いや~まさか、太田が優勝するとはね~

 桜おねぇちゃん、3位だったじゃん。」


 パーティーが終わり、皆が帰った後、後片付けをしながら、ハルは桜に嫌味っぽく言った。


「あれは太田が最後の最後に資産取り換えのカードを私に使用してきたからで、ほとんどずっと1位でしたよ!

 あんなのクソゲーですよ!」


 桜は悔しそうにハルに言った。


「ははは。

 まぁ、あそこであのカード引く当たり、太田っぽいけどね。

 流石は医者の息子。」

「それは関係なくないですか…」


 桜はゲームをしながら、ハルに突っ込んだ。


「でも、楽しかったね!

 また、みんな呼んでパーティーしようね~」


 ハルは嬉しそうに桜と総一郎に言った。


 総一郎は無理やり作った笑顔でハルに答えた。


「…そうだね。

 また、いつでも皆を呼んでいいからね。」


「うん!」


 そう言って、ハルはテキパキと後片付けを進めた。


 桜は総一郎の様子を見て、ため息をつくのであった。




 翌日、強い雨が降って、屋敷の至る所で雨漏りが発生していた。


「良く降るね~

 てか、雨漏り全然直ってないじゃん。」


 ハルは慣れた様子で雨漏りの箇所にバケツを置いたり、タオルを置いた後、ソファーに座りながら、愚痴を呟いた。


 その様子を見て、隣に座っていた総一郎は勇気を振り絞って、ハルに言った。


「ハル。

 大事な話があるんだ。」


 ハルはいつもと違う様子の総一郎に戸惑いながら、総一郎に聞いた。


「急にどしたの?」


 総一郎は迷いながらもハルに説明した。


「…実は屋敷の寿命が来てね…

 建て替えないといけないんだ…

 一度、屋敷を取り壊して、もう一度、新しい形に建て替えるんだ…」


「そうなんだ。

 じゃあ、このお屋敷がきれいになるんだ!!

 やったじゃん!?」


 ハルは何だそんなことかと、むしろ良いことだと思い、嬉々として総一郎に言った。


 そんな嬉しそうなハルを見て、総一郎は中々、その後のことを言い出せずに黙ってしまった。


 ハルは総一郎の深刻そうな様子を見て、心配になり、声をかけた。


「…総一郎?どしたの?大丈夫?」


 総一郎は意を決して、顔を上げて、ハルに言った。


「屋敷が無くなると、桜さんは成仏してしまうんだ。

 だから、屋敷を取り壊すということは桜さんがいなくなってしまうことなんだよ。」


「えっ…」



 ハルは言葉を失った。


 そして、ゲームをしていた桜がハルの前にドンと立ち、胸を張って言った。


「そうです。

 この度、私は成仏することになりました。」


「はっ?何それ?」


 ハルは呆然とした。


「私の「心残り」はこのお屋敷を最後まで見届けることだったのですよ。

 このお屋敷の寿命が来てしまった以上、私も一緒に消えていくということです。」


 桜は当然のことのようにハルに自分の最後について、伝えた。



 しばらく、雨がザーと降る音とバケツに雨漏りが滴るピチャンという音だけが、屋敷に響いていた。



「…い、いや。そんなの、まだ分かんないんでしょ?

 可能性ってだけで…」


 ハルはまだ納得ができていない様子で、桜に聞いた。


「自分のことは自分が一番分かっていますよ。

 もう、これが最後だってことくらいは。」


「でも、一回は取り壊されるかもしれないけど、また新しいお屋敷ができるんでしょ?

 じゃあ、別に成仏しなくてもいいじゃん!」


「健次郎様が立てたこのお屋敷自体が私の「心残り」だったんですよ。

 それが無くなれば、私も消えますよ。

 例え、その後、新しく屋敷が建ったとしても。」


「いやいや。なんでよ?

 そんなこと一度も話したことないじゃん!!」


「何を言っているんですか?

 始めに言っていたでしょう。

 消えたいから、この屋敷を無くしたいのだと。」


「でも…でも…!!」


 ハルは桜が成仏しない理由を考えたが、それ以上は出てこなかった。


 総一郎も神妙な面持ちで黙っていた。




「…じゃあ、建て替えなければ、いいんじゃん。」


 しばらくして、ハルが突拍子もないこと言った。


「…いや。ハル。気持ちは分かるけど…

 このままだと、危険なんだよ。

 地震とか何かがあった時、一緒につぶれてしまう可能性が高いんだ…

 …もうこのお屋敷の寿命が来てしまったんだよ…」


 総一郎はハルの肩に手を当てて、ハルに優しく説明した。


 しかし、ハルはその手をのけて、立ち上がって、総一郎に言った。


「大丈夫だよ!!

 まだまだいけるよ!!

 雨漏りだって、私が直すし!!」


 桜はため息をついて、ハルに言った。


「あなたね。いい加減にしなさい。

 あなた達が危険な目に会うのが分かっていて、私が平気な人間だと思っているのですか?」


「そ、そんなの知らないよ!!

 私がまだ桜おねぇちゃんに消えてほしくないから言ってるだけだよ!!

 いっつも言ってるじゃん!!

 自分のことだけ考えろって!!」


「本当にバカですね。あなたは。

 自分のことを考えたら、建て替えるのが一番に決まっているでしょう。

 大体、以前から言っていたでしょう。

 私が消えることの心構えをしておきなさいと。

 ハイテ君の時に何を学んだのですか?あなたは。」


「う、うるさい!!

 ハイテ君の時はどうしようもなかったけど、今回は違うじゃん!!

 私たちが我慢すれば、桜おねぇちゃんはここにいられるじゃん!!

 とにかく、私は絶対、建て替えなんて許さないから!!」


 ハルは半分泣きながら、自室に向かい、居間のドアをバタンッと強く閉めた。




 桜はやれやれと言った様子で、ゲームを再開した。


「…すみません。

 何もかも説明して頂いたようで。

 僕がもう少ししっかりしていれば、説得できたのに…」


 総一郎は申し訳なさそうに桜に言った。


 桜は一旦、ゲームを止めて、総一郎の前にあるタブレットを操作して、いつも通り文章を入力した。


「本当に困った妹ですよ。

 ですが、あの子は大丈夫ですよ。」


 総一郎はタブレットを見て、微笑んだが、まだ気落ちしているようだった。


「…そうですかね?

 僕にできることって、何かないんでしょうか…」


 すると、すぐさまタブレットに文章が入力されていった。


「あなたがそんな様子だと、ハルも元気がなくなりますよ。

 何度も言っているように、ハルよりもあなたの方が心配ですからね。」


 総一郎は桜の言葉を読んで、思わず笑ってしまった。


「やっぱり、手厳しいですね。

 あなたは。」




「…ハル?ちょっといいかな?」


 その晩、自室に閉じこもったハルがやはり心配になり、総一郎はハルの部屋のドアを叩いた。


「……いいよ……」


 ハルは小さな声で返事した。


「入るよ。」


 総一郎はハルの部屋に入り、枕に顔をうずめているハルの傍に座った。


「…ご飯は食べないの?

 お弁当買ってきたけど?」


「…今日は良い…」


 総一郎はこんなに拗ねた様子のハルは久しぶりだと思い、少し笑ってしまった。


 そして、総一郎は優しく微笑みながら、ハルに言った。


「…実はね。

 これはハルには内緒にしてほしいって言われてたんだけど、どうしても言いたいことがあるんだ。」


 総一郎の言葉に反応して、ハルの体がぴくっと少しだけ動いた。


「えっとね。

 桜さんは今が本当に幸せだって言ってた。

 ハルと一緒にいるのが、楽しいって。

 健次郎さんとハルとの幸せを与えてくれたこの屋敷が無くなったら、成仏できるって。」


 そのままの体制でハルは黙って聞いていた。


「それを聞いてね。僕はとても嬉しくなったんだ。

 僕が何の気なしに住んだこの屋敷で桜さんとハルを出会ってくれたのが、とても僕にとって誇らしいと思えたんだよ。

 僕は理系の学者だから、運命とかっていうのはあんまり考えたことは無かったけど、ハルと桜さんの運命の場所を提供することができたことが何より嬉しかったんだよ。」


 総一郎は枕にうずめているハルの頭を撫でながら、最後に言った。


「だから、僕は最後までハルと桜さんには笑っててほしいんだ。

 …もちろん、泣いたっていい。

 とにかく、納得する形で二人には最後を迎えてほしいんだ。」


 そう言って、しばらく総一郎はハルの頭を撫でた。


「…それだけ伝えたかったんだ。

 じゃあ、僕は行くね。」


 総一郎は静かにハルの部屋から出て行った。


 ハルはずっと、顔を上げることは無かった。




 ハルは色々なことを思い出していた。


 桜と出会った時のこと、桜と喧嘩したこと、桜と遊んだこと…


 思い出している中で桜の一言を思い出した。


「最後くらいは面白おかしく成仏したいんですよ。」


 ハルは枕にうずめていた顔を上げて、直ぐに携帯をいじりだした。


 ハルは何かを決心した顔をしていた。




 それからハルはずっと携帯をいじっていた。


 総一郎は少し心配そうにしていたが、もう少し待ってみようとそっとしておいた。


 桜はいつも通り、ゲームを堪能していた。




 数日たったある日の晩、総一郎も寝ているだろう時間にハルは満を持して、居間にいる桜に言った。



「桜おねぇちゃん!

 ふよぷよで勝負しよ!!」



 ゲームをしていた桜は急なハルの提案にあっけにとられていた。


「何ですか?こんな夜中に。」


「だから、ふよぷよで勝負しよって!!

 今日は私が勝つまでやめないからね!!」


「いや、別にいいですけど。

 本当にどうしたんですか?急に。」


「桜おねぇちゃんが成仏するまでに1回は勝っときたいんだよ。」


 桜はハルの言葉にようやく、納得してくれたかとため息をつきながら、笑った。


「容赦はしませんよ。」


「望むところよ!!」


 そうして、二人はふよぷよを始めたのだった。



 桜は正直、余裕だろうと高をくくっていたが、どうしてか、ハルが異常な程に上手くなっていたのだった。


「…あなた、最近携帯ばかりいじっていると思ってたら、ひょっとして、ずっとふよぷよしてたんですか?」


「そうだよ!

 神山さんにも攻略法教えてもらいながら、頑張ったんだから!」


 ハルはふふんと自慢げに答えた。


 いつもはすぐに決着がついていた二人の勝負の長丁場になっていたのだった。


「あなたは昔から、理解が速いというか要領がいいというか…

 何もこんなことに使わなくてもいいでしょうに。」


「フフフ。私も成長するのだよ。」


 桜はそんな楽しそうなハルの様子をチラッと横目で見て、微笑んだ。


「…本当にあなたは成長しましたよ。」


「…急に何さ…そんな喋ってる余裕あるの?」


 桜は連鎖を軽く決めながら、続けた。


「…総一郎に出会って、お化けのことを認めることができ…

 …龍に出会って、ありのままの自分を受け入れることを学び…

 …ヨシコや遥香と出会って、自分を受け入れてくれることの喜びを知って…

 …ハイテ君を通して、失う悲しさを知って…

 …本当に成長しましたね。ハル…」


 ハルはパズルに集中しながら、桜に言った。


「…ひょっとして、中々勝てないからって、私のこと、泣かせようとしてる?」


「…ばれましたか…」


 そう言って、桜は大型の連鎖を決めて、ハルに勝利した。


「くそ~もうちょっとだったのに!!

 もう一回!!」


「いいでしょう。

 いくらでも相手になってあげますよ。」


 そうして、二回戦が始まった。


 これまた長丁場となり、両者とも中々、均衡を崩せないでいた。


 ハルはふと思いついて、桜に行った。


「…私も感謝してるんだよ。

 さっき言ってくれたことのほとんど桜おねぇちゃんのおかげだもん。」


 桜は黙って、パズルに集中していた。


「お化けが怖くなくなったのも…

 親友ができたのも…

 ハイテ君を泣かずに見送ることができたのも…

 全部、桜おねぇちゃんのおかげだよ。」


「…それでは泣きませんね。

 残念ですが。」


 そうして、再び、連鎖を決めて、桜が勝利した。


「ちくしょ~まだまだ~」


 すぐさま3回戦を始めた。


 このレベルまで来ると途中までは流れ作業と化していたので、ハルはその間になんとなく桜に聞いた。


「…桜おねぇちゃんが一番感謝してるのって誰なの?

 私たちが来てからで考えると。」


 桜は特に考える様子もなく即答した。


「総一郎ですかね。

 ゲームに出会わせてくれたんですから。

 二番目に神山ですね。

 その次くらいにハルですかね。」


「えぇ~なんかショックなんだけど。

 神山さんより下とか…

 ゲーム中心すぎるでしょ~」


「フフフ。いいじゃないですか。

 あなたにも感謝してるんだから。」


 桜は意地悪そうな顔で笑った。


 ハルは少しむくれて、桜に言った。


「本当?じゃあ、私の何に感謝してるんだよ~」


 桜は少し考えて、パズルをしながら、答えた。


「…そうですね。

 あなたといると何でも言えるというか、自分を出せるというか…

 まぁ、腹立つことの方が多いんですけどね。」


「それはお互い様だよ!」


「ふふ。

 でも、本当に感謝してるんですよ。

 まさか、死んでからこんな楽しい思いができるとは思いませんでしたからね。」


 桜はパズルの手を緩めた。


「…実は秘密にしていることがあるんですよ。

 先日、総一郎が言っていたこととは別に。」


「桜おねぇちゃん。聞いてたんだ。

 いやらしい。」


「いやらしいとはなんですか。失礼な。」


 桜は緩めていたパズルに集中して、大きな連鎖を決めた。


「おぉ~まずいまずい!!」


 ハルは慌てて、お邪魔ぷよの殲滅に集中した。


 ハルの様子を尻目に桜は話を続けた。


「私が一番最初にしていたゲームを覚えていますか?」


「えっと、「Final Story12」だっけ?

 それがどうしたの?」


 ハルは一生懸命パズルをして、何とかお邪魔ぷよを消すことができて、一息ついた。


「…実はあの裏ボス、まだ、倒してないんですよ。」


「えぇ~あんだけやってたのに倒せなかったの?」


 桜は優しく微笑んで、ハルに答えた。


「…いや。倒せたんです。

 でも、いつもギリギリで倒したくなくなったんですよ。

 なんでだと思います?」


「そんなの知らないよ。なんでなの?」


「…倒してしまうと満足して、成仏してしまうんじゃないかと思ったんですよ。」



 ハルは桜の言葉を聞いて黙って、パズルに集中した。


「…本当にまさか、ここまで消えたくなくなるとは思ってもみませんでしたよ…

 …本当に…

 …参りましたよ…あなたといると調子が狂うんですよ…」


 桜は言葉に詰まりながら、話した。


 ハルも泣きそうになりながら、桜に言った。


「…それはずるいよ…

 …そっちが先に泣くのは無しだよ…」


「…こんなではいけませんね。

 相馬の言う通り、これでは悪霊になってしまいます。」


「…ホントそうだよ!

 こんな心配させて…もう立派な悪霊だよ…」


 桜は泣きながらも連鎖を決めて、泣いているハルに勝利した。



「…今のダメだよ!ノーカン!!も一回!!」


「…はいはい。」


 ハルも桜も泣きながら笑って、4回戦を始めた。




「なんででしょうね?

 あなたの隣は非常に居心地がいいんですよね。

 名前のおかげですかね?」


「名前?」


「春に咲くのが桜です。

 だから、ハルの傍は私にとって、居心地が良かったんでしょう。

 「春」という名前を付けた両親に感謝しなさい。」


「そんなこと言ったら、桜おねぇちゃんも「桜」って名前をもらって生んでくれた両親に感謝しないと。」




 ハルの言葉を聞いた瞬間、桜は涙がピタッと止まり、何もかもが分かった。


「…そういうことですか…

 …本当に生きる理由とか、お化けになった理由とか考えるのは無意味なものですね…

 …消える直前に分かるものなんですから…」


「なんて?声が小っちゃくて聞こえないんだけど?」


「…こんなにも満ち足りた気持ちになるとは…

 …これもあなたのおかげですか…

 …あなたにだけは成仏させられたくなかったのですがね…

 …私の負けです…」


 桜は最後に笑って、ハルに言った。




「今まで、ありがとう。

 楽しかったですよ。

 ハル。」




「だから、なんて?聞こえないよ。」


 桜の画面のパズルが動かずにただただ積み上って行く。



「…桜おねぇちゃん。何?

 …余裕のつもり?

 …私、勝っちゃうよ?」



 返事はなく、パズルは積み上って行く。



「…桜おねぇちゃん!

 こんなので勝っても嬉しくないって!!

 ちゃんとしてよ!!」



 桜の画面はもうギリギリまで来ていた。



「桜おねぇちゃんってば!!!」



 ハルが桜の方を見るが、そこには桜の姿はなかった。



 ゲーム画面はハルの勝利を宣言していた。




「…ホント、桜おねぇちゃんって嘘ばっかりなんだから…

 …何が屋敷が無くなったらだよ…

 …まだ無くなってないじゃん…」




 しばらくしてから、ハルはゲームを片付けて、テレビを消した。


「もう!結局、片付けるのはいつも私なんだから!!」


 ハルは強がる様子で桜に文句を言った。


 そうして、真っ暗なテレビの画面を見ながら、黙って、立ち尽くしていた。



「…泣くな…泣くな…泣くな…泣くな…」



 ハルは自分に言い聞かせるように呟いた。



「…最後は面白おかしく笑え…笑え……笑え………わら…え………」



 ハルは我慢できずに声を出して、泣いた。


 そこにはハルしかいなかった。




「…よいしょっと…」


 高校の入学式が近づいていた頃、建て替え工事のため、ハルと総一郎は屋敷にあるものを段ボールに詰めていた。


 新しい屋敷ができるまで、恵一の家にお世話になることになっており、その荷物をまとめていたのだった。


 ハルがテレビ台の中のものをまとめようと、テレビ台を覗き込むと一冊の本が出てきた。


「なんだこれ?」


 見たこともない本を何気なく開くと、なんと、西南小学校の図書室の本だった。


「えぇ~私、こんなの借りた覚えないんだけど…」


 裏の貸し出しカードが入ったままで、ハルの名前は書かれていなかった。


「あれ?おかしいな?

 借りる時は貸し出しカードは渡すもんだと思うんだけど…」


 ハルはしばらく考えて、あることに気付いた。


「あっ!!そういうことか!!

 桜おねぇちゃんめ~

 そういうことは言っといてよ~」


 ハルは桜に文句を言って、西南小学校に電話した。



「ごめん。総一郎。

 ちょっと、小学校に本を返してくる~」


「分かった~

 荷物まとめとくよ~

 …って小学校?」


 総一郎の疑問に答えることなく、ハルはさっさと学校に走って向かったのだった。




「失礼しま~す。」


 約3年ぶりにハルは西南小学校の職員室のドアを開けた。


「久しぶりね。加藤さん。」


 出迎えてくれたのは小学1年生の時の担任の先生だった。


「お久しぶりです。すみません。

 すっかり借りていた本を返すの忘れてまして。」


「いいのよ。大抵の人は返してくれないからね。

 返してくれるだけマシよ。」


 そう言って、先生は図書室のカギを取って、二人は図書室に向かった。


 冬休みだったので、学校は静かなものだった。



「じゃあ、返却のところに置いておいて。」


 先生にそう言われて、図書室に入ってすぐの返却ボックスに本を返した。


「あの~久しぶりに来たんで、少しだけ本を読ませてもらってもいいですか?」


「まぁ、久しぶりですものね。

 気持ちは分かるわ。

 私は職員室に戻るから、帰る時に声をかけて。」


 そう言って、先生は職員室に向かった。



 ハルは先生が職員室に行ったのを確認して、直ぐに図書室から出て、そばにある女子トイレへと向かった。



 そして、ハルは一番奥の個室まで行き、一旦、深呼吸して落ち着いてから、ドアを叩いた。


「…花子さん。いますか?」


 すると、誰もいないはずのトイレから、返事が返ってきた。


「…どうぞ。」


 ハルは言われた通り、ドアを開けた。


 すると、そこにはおかっぱの可愛らしい少女がトイレに座っていた。



「…ひょっとして、あなたがハルさんですか?」


「…はい。

 今日は桜おねぇちゃんのことで、あなたに伝えたいことがあり、来ました。」


 そして、ハルは桜が成仏した話を花子さんに伝えた。




「…そうですか。

 寂しくなりますが、あの方が笑って成仏できたのなら良かったです。」


 花子さんは笑って、ハルの話を聞いてくれた。


「え~実は笑ってたかは分からないんですよね。

 急にいなくなっちゃったから。」


「そうなんですか?

 では、結局、桜さんの「心残り」というが何だったのかは分からずじまいということですか?」


 ハルは花子さんの質問に笑って答えた。


「…多分…多分ですけど、桜おねぇちゃんの「心残り」は自分が生まれたことだったんじゃないかと思います…

 ずっと、桜おねぇちゃんは何でもかんでも自分のせいって思う節があったから…

 私が桜って名前で生まれたことを両親に感謝しないとって言ったら、成仏しちゃったから、その時初めて、生まれてきて良かったって思ってくれたんじゃないかなって、私は思ってます。」


 花子さんも優しく微笑んだ。


「そうですね…

 桜さんはいつももっと自分のために物事を考えなさいと声をかけてくれたんです。

 恐らく、自責の念が強かったため、自分と同じように考えてほしくないと思っていたんでしょう。

 本当に優しい方でした。」


「そんなに優しかったですか?

 私には意地悪ばっかりしてましたよ。」


「ふふふ。私には優しかったですよ。

 でも、ハルさんの話をする時は本当に楽しそうにしてました。

 なんだか、うらやましかったですもの。」


「そうなんだ。

 まぁ、私はそう思うってだけで本当に桜おねぇちゃんの「心残り」がそうだったのかは分からないんですけどね。

 花子さんは桜おねぇちゃんから、何か聞いてませんか?」


 ハルの質問に花子さんは少し考えた後、思い出し笑いをするように言った。


「そう言えば、「私がいなくなって、ハルが悲しくて泣いている姿を見てみたい」って言ってましたよ。

 ひょっとしたら、いなくなったと見せかけただけかもしれませんね。」


 花子さんの話を聞いて、ハルは声を出して笑った。


「ははは。それが一番桜おねぇちゃんっぽいわ~」




「じゃあ、そろそろ行きます。」


 しばらく、他愛もない話した後、ハルは花子さんに言った。


「そうですか。

 今日はわざわざ来てくれてありがとうございます。

 楽しかったです。」


「いえいえ。

 桜おねぇちゃんが図書室の本を持ち出したのは多分、友人の花子さんに伝えてほしかったんだと思いますから。」


「そうだったんですか。

 最後まで礼儀を重んじていたんですね。」


「まぁ、一言言っといて欲しかったけどね。」


 ハルは言いずらそうにしていたが、最後に花子さんに聞いた。


「…花子さんは一人で寂しくないですか?

 成仏したいとは思いませんか?

 もし、良ければ、そういう人を紹介できますけど…」


 花子さんは笑って、答えた。


「えぇ。大丈夫ですよ。

 私、トイレだけじゃなくて、一応学校全体も見えますから、元気な生徒を見ていると寂しくなんかありませんよ。

 それに私はまだ、自分に納得ができていないので…」


「でも、それじゃあ、ずっと成仏できないんじゃあ…」


「…大丈夫です。

 どんな思いも時間が経てば、風化するものです。

 だから、もう少しだけ私はここにいますよ。」


「…そうですか…」


 ハルは少し悲しそうな顔をした。


 花子さんはハルの様子を見て、笑って言った。


「やっぱり、桜さんの言う通り、ハルさんも優しい方ですね。

 いいんですよ。

 ハルさんは自分のために、自分の思うように生きて下さい。

 それが、私と桜さんの願いなんですから。」


 ハルは花子さんの顔をまっすぐ見て、満面の笑みで答えた。


「うん!!

 ありがと!!

 今日花子さんと話せてよかったよ!!」


 そうして、ハルは花子さんに手を振って、ドアを閉めた。




 小学校からの帰り道、ハルは晴天の空を見上げながら、大きめの声で呟いた。


「さてと、桜おねぇちゃんのお墓を探して、お墓参りしないと!!

 もういいよね!!

 桜おねぇちゃん!!」



 終わり


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お化けの一生 @kandenEFG

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