第4話 柔らかな日差しが落ちる泉の畔で
ここは
背中の大きな
死は、もうすぐそこなのかもしれない。
それもいい。
仲間もみんな
大口を開けて、身を
そこにいたのは小さな人間。オスかメスかは分からない。何十年振りだろう。人間と出会ったのは。きっとこの小さな人間には、体が大きすぎる我が
どこからか迷い込んだ、口をポカンと開けて動かない小さな人間など放っておいて、とにかくいまは
重い体を動かして、泉の方へ向き水面へと舌を伸ばす。すると逃げ出すと思っていた人間は、口の横に来るとしゃがみ込み、手で水を
どうやらこの人間には
昔から思ってはいたが、他の生物に比べ、人間は
どれだけの人間が、自分よりも遥かに巨大な
それに人間は面倒臭いのだ。弱いくせに何度も立ち向かってくるし、食べるにしても骨と皮ばかりで美味くないし。牛の方が肉も多いし好みだ。
喉が潤い、また眠気が
気付くと空は
こんな小さな人間など食べても腹の足しにもならないので、上顎に乗せたまま重い体を起こしてゆっくりと歩き、坂を少し上ったところで首を伸ばして、ぽっかりと開いた穴から地上へと戻した。
小さき人間は、大きく手を振ると森の奥へと消えていった。
泉に戻り、ざぶざぶと水中へと
そして目覚めると、また目の前には小さき人間がいた。
その小さき人間は、泉の
若い頃は気にもしなかったことなのに、年老いたせいなのか、なぜか人間が何をしているのかに興味わいた。よくよく考えると、人間の数十倍もの永きを生きてきたが、人間のことなどほとんど言っていいくらい何も知らなかった。
知っているのは、高い
その凶暴さは、他種族だけでなく、同種族にも向き、人間同士で
しかし、目の前の小さきものは少し違うようで、凶暴さの欠片もない。まだ生まれたばかりで、人間としての
どうやら作り終わったようで、作ったものを目の前へと持ってくる。我に見せたいようだが、近すぎて良くわからない。それは黄色い花の輪っかだった。自身の頭にかぶせ、我の鼻の上でクルクルと回り始めた。
一体何がしたいのか全く理解が出来ない。
人間は、我らとは違い、顔の形が良く変わる。それが何を意味するのかわからないが、人間同士のやりとりには必要なのだろう。どういう訳か分からないが、いまのこの小さき人間の顔の形は、なぜか好ましい。
小さき人間は、もう一つ作ってあったらしい、花で作った輪っかを持つと、我の頭によじ登り、
まぁ、角に花の輪っかがくっついたところで、我にとっては何も問題ないので放っておくことにした。
頭から降り、目の前に戻った小さき人間は、更に顔の形を変え、飛び跳ねたり、クルクルと回ったりし始めた。そして動き疲れたのか、この日も小さき人間は、我の上顎の上を
その姿にこちらの瞼も重くなり、一緒に眠りに落ちた。
それからこの小さき人間は毎日来るようになった。
毎日することは変わらず、我の上顎の上でクルクルと回り、疲れると眠ってしまう。
ときおり、我の口の中に
我にとっては、瞬く間の出来事だが、すぐに死んでしまう人間には長い時間だったのかもしれない。だが、小さき人間は、変わらずにまだ小さい。なので、それほど年月は経っていないのだろう。我がこの泉の畔で、ゆっくりと衰え、死んでゆくまでこの小さき人間はそばにいてくれるのだろうか。などと最近はおかしなことまで考えてしまう。人間と言うのは本当におかしな生物だと改めて思う。
―――そしてまた時が過ぎ、ぽっかりと開いた上の穴から小さな何かが上顎へと落ちた。
それは、体から赤い
小さきものは、赤い体液を流しながら身を起こし、顔の形をいつものように変え、我の
小さき人間は、死んだのだろう。人間は我とは違い
そして我は立ち上がり、数年ぶりに
数十年ぶりの飛行。そして最後の飛行だろう。風が心地よい。
眼下には争う人間の姿が見える。数え切れぬほどの人間が赤い体液をまき散らしながら、その凶暴な
その中心に降り立ち、
多くの人間が木の棒や鉄の棒を我に向かって投げつけてくる。木の棒は鱗で弾けたが、鉄の棒は鱗を突き破り我が身に刺さった。複数の鉄の棒が我が身に突き立てられてゆく。羽ももうボロボロで飛ぶことは敵わないだろう。それでも、老いた体に
殺しても殺しても次々に
次第に体の
きっと我が人間であったなら、顔の形をあの小さき人間と同じ形にしていただろう。これでもう
これは悪くない最後だと我ながら思う。深い眠りの底で、またあの小さき人間と会えるだろうか。
あの柔らかな日差しと優しい時間がゆっくりと流れる泉の畔で。
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