第2話 ディナのはなし
双子の弟が肉になっていた。
早朝、人気のない時間の物流センターでバッチ更新にあわせてデータをとるのはディナの日課だ。
きっとぼんやりした弟のことだ、すぐにでも見つかるだろうと思って二年、ディナの予想よりレビはずっと長く生き延びた。
レビはマンチェスターにいた。
ディナたちが生まれたリーズの工場からそんなに遠くはない街だった。外に出て探しに行こうと思えば行けたかもしれない。でも、工場で生まれ工場で死ぬはずのディナには、そんなことができるとは思いもよらなかった。
レビは処理済みだ。
食肉として肉体は分割され、記憶はキューブ化のあとアーカイブにされている。
記憶は捜査のためロックがかかっている。自然人なら近親者は閲覧可能だが、レビやディナのような工場生まれのオルガノイドにはその概念がない。脱走したオルガノイドが二年も生きたのはまれだ。きっとラボも研究したがっているだろう。
レビはもうどこにもいない。
とりいそぎ、確保できるパーツをチェックした。急がなければとられてしまう。脳はグレーターロンドン、肉はマンチェスターで解体、全国で仕入れ済み、目やパーツは再生医療工場、どこか残ってないか、あった、手が、手だけが残っていた。
取り寄せのボタンを押して、受付ができたことにディナは安堵し、体を緩めた。
日の出前の最初の『祈りの歌』がスピーカーから流れてくる。
気温摂氏十五度曇り。ディナにとって特別な一日の始まりになった。
「レビ、見つかったんだね」
無言が規則の業務時間に、ルームメイトのヨランダがこっそりと声をかけてきた。
「うん。マンチェスターだって」
監視カメラに警告を出されないよう、姿勢はそのままで手短に答える。
「ランチの時に聞かせて。まずはおめでとう、後でね」
ヨランダは防護服越しにディナの肩に軽く触れる仕草をすると離れた。
昼前の便でレビの手が届く。リーズの工場あてに来るので荷物のタグを確認しないとほかの食肉パーツに紛れてしまう。工員の都合などお構いなしなのだ。
ディナは食肉になった人体の下処理ラインの管理をしていた。
自然人とオルガノイドは肉体の組成が一緒だが、工場産の肉と外の肉は環境が違うので風味が異なる。
人から生まれた自然人は老化か事故死したものしか処理されないし、有毒な成分も多いが風味が豊か。一方オルガノイドのほうが一定年齢で加工されるので肉も柔らかい。加えて工場産の肉はプロダクトとして安定しているので下処理の工程が少なくてすむ。自然人は煮込みが向いているが、ハムにするならディナはくせがない工場産のほうが好きだ。
毛抜き機の設定を指示しているとき、ディナの頭にふと考えがよぎった。
レビはどんな味がするんだろう。
工場のプールで生まれたときから、ディナとレビは一緒だった。同一卵から男性型と女性型が分化するのはごくまれだけど、なくはない。ディナからレビが生えてきたのか、レビからディナが生まれたのかどちらかは不確かだけれど、ディナはきっと自分からレビができたのだ、と思っていた。
自分から分かれて生まれたレビはなんだか存在そのものが不確かで、言葉の発達や運動能力も不安定だった。
子どものときに受けたテストの結果もディナとレビは全く違っていて、二人は離れたラインに配属された。
ディナがライン長に昇格した時、レビはまだ最初に配属された記憶処理のオペレータどまり、機械操作が満点である以外は散々な成績で、みんなが年に1ランクは上がれる定期昇格試験にも落ち続けていた。
ディナはそんなレビがみんなの話に出るのが嫌で、レビに語彙や数式のテストの課題を見せて解き方を教えていたのだが、ディナの声が強くなるたび、レビは困ってうっすらと笑っていた。いや、レビはそもそも問題文すら見てもいなかった。
レビはずっと空をみていた。
朝の体操のときも、お昼の始まりと終わりの二回の『祈りの歌』の間、工場の休憩時間にも、終業後も晩祷の前までずっと空をみていた。あまりにも見すぎていたので何が楽しいのかわからなくて、訊いてみたことがある。
「空、なんでみてるの」
レビはディナのほうに視線だけ向けて、また空に瞳孔の向きを戻した。
「おもしろいよ、毎日違う」
ディナはそう、とだけ言った。今思えばほかに何か言うことがあったのかもしれない。何が正しいのか、レビはいまだに立ちはだかる謎の集積だ。
レビの手を載せたトラックの到着連絡がきた。
ディナはオペレータに作業の指示をして、速足でクリーンルームを出た。
冷凍のトラックが5台並んだガレージでは運搬用のコンベアを接続するロボットが静かに働いていた。
ディナは邪魔をしないようにして目当てのトラックを探す。コンテナ運搬用のクレーンが付いた天井が高い清潔なガレージで有機体はディナ一人だ。
車両番号を確認し、荷物を運び出そうとしていたロボットの作業にタスクの割り込みをかける。
靴にカバーをかけて、トラックの冷凍庫に入った。搬出ロボット用に作られた人一人分ほどの隙間に立ち、両脇にぎっしりと詰まれた冷凍の腕と手に生体コード読み取り機をかざす。マスクをしていても肺がつめたい。
血抜きされ冷凍された人体はわずかに霜をおびて、白く清潔だった。カラカラと音がする何百本もの指から、ディナは自分と同じ形をさがす。
読み取り機がピッと鳴る前に、ディナはレビの手をみつけた。幸運の加護か、すぐ見えるところにあったのが救いだ。わたしの手だ、指先が丸い爪が小さい手。レビの手はディナより少し大きかったけれど、ほとんど同じ形をしていた。
上に積まれたほかの手を押さえてからレビの手を引き抜く。自分の手が覚えているレビのかたちに、ディナは思わず声を漏らした。
ああ
もうレビはこれしか残っていないんだ。
手を握ったまま離せなかった。そのまま感情が押し寄せるのに自我が押し流されそうになる。
昼前の『祈りの歌』がガレージの壁に響いた。
ディナは我に返りレビと手をつないだままトラックの荷台を降りた。
ランチはいつもどおりヨランダととった。
ディナがヨランダに午前中の顛末を話すと、ヨランダはあきれた、と両手を広げて見せた。
「で、レビの手はどうしたの」
寮の部屋には調理器具がない。食事は食堂でとるきまりだからだ。
「部屋に戻ってポットに入れた」
ランチはディナの好きなハムのソテーだった。少し甘い栄養補助のソースがかかっている。レビはこのソース嫌いだったな、とディナが考えていると、ヨランダの苦り切った声が投げられた。
「そのポット、あたしも使うんだけど」
「仕事が終わったころにスープができるよ。一緒に食べよう」
わたし一人じゃ食べきれないし、わたし一人じゃ受け止められない
「いいの?」
ヨランダの声に込められた気持ちに感謝する。
最後のレビのパーツはレビを知るひととと共有したかった。できればレビの話をしながら。
「うん。ヨランダと食べたい」
「……そう。あんたがそう言うんならいただくね。味は?塩とかいれた?」
「あ」
「またあんたそういう」
「やっぱり、あったほうがおいしいよね」
「当然でしょ。スパイスも借りとくから、あたし好みでいい?」
「うん。ヨランダの味付け、好きだよ」
ヨランダは素敵な笑顔で返事してくれた。褐色の豊満な女神、わたしのともだち。レビがいなくなってどれくらい助けてくれたか。
「じゃあ楽しみにしてて。ポットでスープにするって判断、いいと思うよ。美味しくできるんじゃない」
ライン管理のかたわら、プロダクトの企画もしているヨランダに言ってもらえると安心する。
「手だけだから、咄嗟にね……ほんとは、全部取り寄せられたらよかったんだけど」
可能なら全部、自分で食べたかった。しかし、レビもディナもオルガノイドだ。資源は分配し、循環される。
ディナたちの国が『連合』から抜けて百年、慢性的な食糧不足が続いていた。昔はヒト以外の動物を食べていたらしいが、農地の改革で飼料を調達することができなくなった。
加えて、動物を食べることへの倫理的な問題が議論された。ほかの動物にも自由意志や抽象的な認識能力があることがわかったからだ。国内にいる動物は意思に基づきそれぞれ選択し、ヒトと暮らしたい動物以外は居住区での自治が約束された。
ならば、何の肉なら食べていいか。国民は選択をした。
すべての動物に魂と権利があるのなら、ヒトはそれを守らなければならない。
「若い肉、人気だもんね。ロンドン市場も優先的に取りに行っちゃう。ご加護があったね」
「だね、手だけでも買えてよかった」
ハムの最後のひとかけでソースをぬぐって、ディナは口に放り込んだ。部屋に寄った分昼休憩が短くなってしまった。急いで紅茶を飲み、とうに食べ終えたヨランダと並んでトレイを返しに行く。
「じゃあ夜楽しみにしてる。あとでね」
ヨランダは午後、プロダクト企画のチームで働く。ディナは引き続き生産ラインの統括だ。
軽く手を振って二人は別れた。
一日最後の『祈りの歌』で一日分の祈りをまとめて済ませ(神は寛容である)、ディナは食堂には向かわず自分たちの部屋へ急いだ。
管理職にはある程度の自由が許されているとはいえ、部屋で自分で作ってものを食べるのは秘密の遊びのようだったし、ほかでもない弟の手である。今にも廊下の角から恐ろしい寮母さんが飛び出てきそうで、ディナは必要もなく監視カメラを警戒してしまった。
不審な行動、減点対象だなあ、とディナは思う。
今日一日ラインを抜け出したり、トラックに押し入ったり評価は散々だ。これでもし、勤務ポイントを下げられるようなことがあっても、惜しくはない。レビのスープのためならこの先ずっと最下層のライン工でもかまわなかった。
まだヨランダは帰っていない。ディナは灯りをつけてポットが保温中であるのを確認する。昼間、凍ったレビの手を雑に突っ込んで沸騰ボタンを押したきり、結果を見もしなかったので中がどうなっているか不安だ。
部屋にはふんわりと肉のにおいが漂っていた。
ディナはポットがあるテーブルに歩み寄ると、手を伸ばして蓋を開けた。
立ち上る湯気をあびて、打たれたように身を引き、その場にしゃがみこむ。
レビのにおいだ。
二年離れてそれぞれ大人になって、別のものを食べてきたけれど、はっきりとわかる、自分のようで自分でないにおいだ。
いっぺんに、記憶がよみがえってくる。
工場の中庭で空を見ていたレビの横顔、もっと幼いころの教室で窓を見ていたやわらかなおでこの線、ひとりで歩く時の頼りない背中、子どもの時のふわふわした、もっと大きくなって骨ばってきた、私と同じ骨格の手のひらのくぼみ、指のかたち、とがってきた肩、膝、靴を引きずるような歩き方、私と同じ灰色の目、黒い髪、とがった上唇、すねたような眇める目つきの癖、声を出し慣れてないざらっとした発音、わたしを呼ぶときのあのすこし甘い
「ねえ」という響き。
泣き叫びたかった。手を口に当てて唸った。しゃくりあげすぎてえづきそうだ。眼が熱い。ここにいる、ここにいる、わたしのレビ、わたしのレビ。もういってしまった。どこにもいない、ポットの中にしか。
どこにいっていたの、わたしをおいて。
ディナは床に座ったまま、気持ちが落ち着くまで泣くのにまかせた。感情が大きな山をこえて、斜面をくだるように落ち着いていく。
はーっと息を吐いた。椅子を支えに立ち上がって、開いたままのポットを見る。
指先を下にしたレビの手は断面をこちらに向けてふっくらとふくらんでいた。火が通って肉は白っぽく、脂肪が溶けた油膜が黄色い層を作っていた。
泣いている間開けっぱなしだったポットの温度は少し下がっている。ヨランダに見つかると悪いので、蓋を閉じてもう一度軽く沸騰させておいた。
沸騰のランプが消えるころ、ヨランダが帰ってきた。
「ごめん、遅くなっちゃった」
帽子と髪を覆うカバーを外してヨランダは豊かな髪を振る。部屋のにおいに気が付いて鼻を上に向けた。
「ディナ、ポット開けたね?」
おかえりを言う間もなく、ごめんと答える。
「ちゃんとできてるか気になって」
「もう、硬くなってもしらないよ。余計な事してないよね?」
「してない。開けただけ」
ヨランダはディナを見て、顔をくしゃっとするとディナを抱き寄せた。包み込むようにぎゅうっと力をこめる。荒いカンバス地の作業着の下から、ヨランダの体温が伝わってきた。
「ディナ、一人にしてごめん。もう大丈夫?」
ディナはヨランダの肩に顔をうずめたまま、だいじょうぶと答えた。
「ありがとう。おかえり」
「ん」
ディナが離れると、ヨランダがポケットからビニール袋を取り出した。握りこぶしほどの大きさの茶色の塊がやわらかく潰れている。
「じゃーん、もうスパイスと塩合わせてきたよ。ニハリ風でいいよね」
「なにこれ、粘土みたい」
「トマトピューレとか入ってるからね。分量適当だけど、加減して入れよう」
ヨランダは棚からスプーンを出してポットを開けた。
「よさそうだね。あとは任せて」
「着替えなくていいの?」
「味つけてからでいいよ。あんたこそ着替えもまだでしょ。あたしよりだいぶ先に帰ってきたのに」
言われてはじめて気がつく。ディナは帽子すら取っていなかった。
ばつの悪い照れ笑いをすると、ヨランダは肩をすくめて見せる。
「やっとくから、シャワー使ったら?」
ディナは帽子を取って髪をくしゃくしゃかき回して空気を入れた。
「ううん、見てたい」
「そう」
ヨランダが結んだビニール袋からスパイスのペーストを絞り出して入れる。一度沈んだペーストは赤い輪を油膜に作り、ぷかりと浮いて香りを立てた。
その瞬間、レビは料理になった。
奇妙な感じだった。スパイスがレビのにおいを肉のスープにする。短いスプーンで苦労しながらヨランダがポットを混ぜるのをディナは眺めた。
「ぼーっとしてないで座りなよ」
「なにかできることある?」
「今はないかな」
「んー……」
少し集中した作業のあと、顔を上げてヨランダがふーっと息を吹いた。スプーンを振ってポットを閉じる。満足した面持ちで沸騰ボタンを押した。
「食べ物にさ、なっちゃうんだねえ」
同じこと考えてた、とディナが言おうとしたとき、また涙が出た。
順番にシャワーを浴びてバスルームから出ると、ポットからは肉とスパイスがなじんだいい匂いがしていた。
タオルで頭を巻いたヨランダがディナの髪の拭き足らないところを拭いてくれる。
「お皿、どうしようか」
マグカップとシリアルボウルしかない部屋だった。これでも管理職だ。ほかの工員よりは恵まれている。
とはいえ男の手をそのまま入れるにはシリアルボウルは小さすぎる容器だった。
「もう食堂も閉まってるよね。借りに行ったら怒られるかも」
「しょうがないか。ディナ、レビの手崩しちゃっていい?煮えてるからもうほぐれてると思う」
そうか、とディナは思った。レビのかたちは、もうないのか。
「じゃあ、最後にもう一回見たい」
ポットの中には、ただの肉のスープが入っていた。
レビの骨髄や腱からでたブイヨンの滋味とスパイスの鮮やかで食欲をそそる香りがする。不透明になったスープにフォークを挿して、ディナはレビの手を引き上げた。
「膨らんでるね、手袋みたい」
まるで他人の手のようだった。連結が緩んでいるのか手の甲が丸く、関節がくぼんでいる。皮膚はゴムより柔らかく半透明になって脂肪とスープでてらてらと光っていた。じっと眺めている間にフォークを挿したところから少しずつ皮膚が裂け、手はポットに落ちていった。
「取り分けるね」
ヨランダがディナの肩を引いてポットから離す。
ポットのコードを外して静かに傾け、ボウルにあけた。
ディナはテーブルにランチョンマットを敷いて、フォークとスプーンを出した。二組ある分の片方は今ヨランダが使っているので、清潔なのをヨランダの席に置いた。
「はい、どうぞ」
赤みのある複雑な茶色のスープに黄色い油膜が浮いていた。表面から突き出した指は丸い爪の跡がある。大きさは違うが自分の爪の面影がまだあった。
ヨランダが自分のスープを出すとカトラリーに気づいた。置かれたきれいなものをディナに渡し、調理で使ったほうをざっとペーパーで拭いて手許に並べる。
食前の祈りをいつもよりすこし熱心にディナはおこなった。
ヒトはもう最後の審判をあきらめたけれど、どうかわたしたちオルガノイドにも魂があるのなら、レビがよいところにいられますように、と願う。
「いただきます」
サフランとコリアンダー、クミンの鼻に爽やかに抜ける香りの奥に、レビのにおいがした。チリの刺激が肉の脂の重みをうまみに変える。舌で押しても崩れるような柔らかさだった。
「うん、よく煮えてる」
「ありがとう、味付けもおいしい。スパイスがあると食べやすいね」
「ね、強めの味のほうがいい気がしたんだ」
「そうだね、実を言うとちょっとだけ抵抗あったから助かる」
レビのスープはあと一杯ずつあった。翌朝にはポットを使いたいので食べきってしまうことにする。
ポットを傾けてスープをあけるとき、骨に気をつけているとヨランダが、レビね、と言った。
「ううん、正確にはあんたたちが、だけど」
続きが気になって手が止まる。指の骨がポットから転がり、シリアルボウルにぽちゃんと落ちた。
「なんかちょっと立ち入れない感じがあったよ。二人の世界っていうか」
ヨランダの器にも残りのスープを注ぐ。
「続けて」
「うん、二人そっくりだったじゃない?とくに子供の時。いつも一緒に居てくっついてた」
ディナは席についてレビの最後のスープを味わう。
「そうかな。わたしはけっこう普通だったよ。レビはぼーっとして空ばっかり見てたけど。世話が焼けた」
レビの灰色の瞳の上によぎる雲の影を、ディナはいまでも思い出せる。
「そのレビをさ」
ヨランダは言葉を切った。
「あんたは、ずっと見ていたでしょう。いつまでも手をつないで、二人とも無言でさ。あたし最初二人がくっついたまま生まれたのかとか、テレパシーで話してるのかと思ってたよ」
ディナが思い出すレビの顔は横顔ばかりだ。追いかける後ろ姿ばかりだ。
ディナはレビに質問し続けていた。何を見ているの?何を考えているの?
いつも、満足のいく答えはなかった。
「わかんなかったよ、レビの考えてることなんて」
ずっと寂しかったのかもしれない、と呟いて。
ディナの中で何かがすとんと落ちた。
寂しかったのだ。わたしは。
ずっと二人だと思っていたのに、ほんとうは一人と一人だったのだ。それがふつうのヒトの『あたりまえ』だということを、今この瞬間まで気が付かなかった。
「わたしはね、レビを探してるときのほうが寂しくなかっよ」
いなくなったレビの情報を追い、毎朝、毎朝レビに問いかけていたときのほうが、
「だから、もう寂しくない」
「レビは、ここにいるから」
おなかを押さえる。スープは暖かかった。
「……そう」
ヨランダはポットをもって部屋の簡易キッチンに立つ。ディナもボウルを二つ重ねて続いた。
骨や爪はごみになる。ポットは脂が染みて漬けとかないといけない。自炊っていいもんじゃないな、とディナは思った。
狭いシンクに並んでディナとヨランダは洗い物を片付けていった。
「記憶、見た?レビの」
「記録は見たよ。自然人の処理違反だって」
生きた自然人を処理すると人間もオルガノイドも処罰される。実際にはよくあることなのだそうだが。
「やだ、記憶のはなしだよ。キューブはもうアーカイブされているんでしょ」
「だから、処理違反で調査されてるんだって。もしかして押収されちゃうかも」
「そっかあ」
「まあたぶんマンチェスターのサーバに入れば見れちゃうだろうけど」
「ほんとあんたそんなんでよくライン統括長になるまで生きてこられたよね」
「ふふふ」
国内の全都市の物流データを解析する必要はなくなったのだから、空いた時間はいつでも使える。
「じゃあ、ほんとうのお別れはそれを見れたときだね」
レビの魂というものがあるのなら、そこにわたしの居場所があったのか確かめたい。
ほんとうに空しか見ていなかったの?
ほんとうは、なにを見たかったの?
口の中に、レビの味が残っている。
「紅茶飲みたくなっちゃった」
「あたしはコーヒーがいいな、自販機まで行こう」
ふたりは上着を羽織って、部屋の外に出た。
だいすきなきみのかけら 宮崎マモル @mallowafuhi
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