5
フジタさんはそんなことを思いながら、写真の女性を見ていました。と、ふと、目を上げると、ルルちゃんの姿が変わっていることに気づいたのです。
正確にいうと、変わりつつあったのです。丸くて小さなからだが、大きくなっていました。真っ白だったのが色がついていきます。それはじょじょに人間の形になっていきました。大人の、少し年をとった女性です。
あの写真の女性です。ウララちゃんのお母さんです。わずかに、ゆれるように、不確かに、ルルちゃんはその女性の姿になりました。そして、フジタさんにほほえみかけました。
でもそれは一瞬でした。たちまち元のルルちゃんの姿になります。そして小さくなってしまいました。
「……ルルがウララちゃんのお母さんの姿になったらね……」つかれた声で、ルルちゃんが言いました。「ちょっとはさみしさもやわらぐかな、って思ったの。でもルル、変身が得意じゃなくて……」
「――いや、いいんだよ、十分だよ」フジタさんは言いました。小さくなったルルちゃんを心配しながら。「元気が出たよ。ありがとう。さみしさが、どこかに飛んでいったよ」
ルルちゃんはほっとしたように笑いました。
――――
小さくなってしまったので、ルルちゃんは少し、フジタさんの家で休んでいくことにしました。
フジタさんが気をつかって、ルルちゃんにケーキをくれました。ルルちゃんはとてもよろこびました。おなかが空いていることに気づいたのです。(そういえば、晩ごはんはほとんど食べませんでした)
甘いものに目がなくてね、と言って、フジタさんが出してくれたのは、小さなホールのクリスマスケーキでした。切り分けて、一人と一匹で食べます。フジタさんはルルちゃんに、お砂糖でできたサンタさんをくれました。
ケーキを食べ、ルルちゃんは元の大きさに戻りました。そして、早く家に戻らなくちゃ、と思いました。今日はクリスマスイブです。寝ているあいだにサンタさんがやってくるのです。家に帰り眠ったほうがよいでしょう。
ルルちゃんはお礼を言って、フジタさんの家をあとにしました。フジタさんもお礼を言いました。特になにもしていないので、ルルちゃんは不思議な気がしました。
12月の夜の空の下を、凍てつくような寒さの中を、ルルちゃんはぐんぐんと飛んでいきます。気持ちが晴れやかで、なにも怖いものはないかのようでした。たちまち、ルルちゃんたちの、カイやナミが住んでいる家が見えてきます。
窓を開けて、カイの部屋に入りました。リュックをおろしていると、部屋の扉をひっかく音がしました。扉を開けろうかに出ると、そこにゴエモンがいました。
ろうかは白い世界でした。カーテンのすきまから月の光があふれ、辺りが白くそまっているのです。その中にゴエモンがいて、心配そうな顔をしていました。
「ルルや、おぬしが出ていく姿を見たんじゃ。いったいどこに行ったのかと思っていたら、ようやく帰ってきた。なにをしておったんじゃ?」
ルルちゃんは説明しました。フジタさんの家に行ってきたことを。そしてウララちゃんが戻ってきたことも報告しました。ゴエモンの顔がほころびました。
「それはよかったな」
ルルちゃんはいったん部屋に戻り、ウララちゃんの本を持ってきます。本を開けるとそこには、やはり白いワンピース姿のウララちゃんがいました。ゴエモンを見つめています。
「はじめまして。わたしはウララよ。あなたの名前はなんていうの?」
ウララちゃんが言います。ゴエモンはたじろぎました。
「いったい、これはどうしたことじゃ?」
「ウララちゃんは病気をしたみたいでね、それで記憶をなくしたようなの……。でも、フジタさんが言うにはもう大丈夫だって。心配ないって」
「なるほど……」
そう言って、ゴエモンはまじまじとウララちゃんを見ました。ルルちゃんはすまなそうに、ウララちゃんに言いました。
「ごめんね、ウララちゃん。こんな夜遅くにまた呼び出して。病み上がりなんだから、ゆっくり休んでね」
「わたしは大丈夫よ」
ウララちゃんはほほえみました。ルルちゃんは、ウララちゃんにおやすみを言って、本を閉じました。
「ウララちゃんがルルたちのこと忘れちゃったのは悲しいけど……」ルルちゃんは言いました。「でもウララちゃんがいなくなったわけじゃないから。だからよかったんだよ。なんかね、今、すごく不思議な気持ちなの」
ルルちゃんは胸に手を当てて、少し考えました。
「なんていうかね、心がすごく落ち着いてるの。でもそれと同時に、すごくにぎやかなような気もするの。心の中になにかがあって、それは今日の夜拾ってきたもので、あたたかくてふかふかしてて、でもしっかりもしてて、すごく大事なものなの」
「ふむ……」ゴエモンも考えました。「それはおぬしがかしこくなったのかもしれんな」
「ルルが、かしこく?」
「そう。今回の経験によって、おぬしはひとつ、なにかを学んだのじゃ。おぬしは少しかしこくなったのじゃ。そのうちどんどんかしこくなっていくじゃろう。いずれ、わしのようになるかもしれんな」
ルルちゃんはそれを聞いて、からだをひねって後ろを見ました。
ゴエモンがたずねます。
「なにをやっとるんじゃ」
「ゴエモンのようになる、って言うから……。しっぽがはえてきたのかな、って思ったの」
「なにを言っとるか。わしのようになると言っても、見た目が、ではない。中身がじゃ。かしこくなることによって、そなたの内面はさらにみがかれ、やがて内側から光輝くことになるじゃろう」
ルルちゃんは想像しました。光り輝いている自分を。電球を呑み込んだように、内側からぴかぴかしている自分を。どうも、かっこいいのかどうか、よくわかりませんでした。
でもつのが光り輝くのなら、悪くないなと思います。きっと、キレイのようにすてきなつのになるでしょう。
ゴエモンがひとつ、あくびをしました。「さて、わしは寝るとするか」
ルルちゃんもつられてあくびをしました。二匹はおやすみを言って、わかれました。白い小さな魔物が二匹、それぞれ自分たちの心地よいねどこへと帰っていきました。
ルルちゃんはねどこにもぐりこみます。そしてたちまち眠ってしまいました。
その夜、ルルちゃんは夢を見ました。幸せな夢でした。そこにはウララちゃんと、ウララちゃんのお父さんとお母さんがいました。三人とルルちゃんで、歌を歌いました。
いつまでも楽しく、歌い続けました……。
――――
ルルちゃんのお話はこれでおしまいです。
けれどもルルちゃんとその仲間たちの毎日は続いていきます。どこかでまた会うことがあるかもしれません。そうでないかもしれません。
もし会うことがあれば、そのときは元気に、ひさしぶり! とかなにかあいさつをしましょう! その日まで、とりあえずは、さようなら。
ぼくのまもの 原ねずみ @nezumihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます