第27話 魔石を売り払う者
「そういや兄ちゃんも初めて見る顔だな。
どうだ、スシ旨いか?」
僕がスシを夢中で頬張っていると。
隣でもぐもぐと無言でスシを食べているアインスを見て、タイショウが人懐っこい笑顔で話しかけていた。
その言葉に、僕は赤い魚の身が乗ったスシを口に含みかけてふと気付く。
あれ?アインス、スシは食べた事あるって・・・。
「・・・旨い」
もぐもぐ、次のスシに手を伸ばしながらアインスはぽつりと答える。
小さいながらもはっきりとしたその言葉にタイショウは満面の笑みを浮かべた。
確かにアインスはスシを気に入ったらしい。
さっきから、タイショウが握ってくれたスシをどれも黙々と食べている。
「・・・あの、タイショウ」
「ん?」
「スシって・・・このお店以外にも、出している店ってあるんですか?」
次のスシを握ってくれているタイショウに話しかけると、彼は手を動かしながら記憶を辿るように小首を傾げた。
「そういや此処でスシやサシミを食った奴が感銘を受けて、自分の故郷の町でスシの店を出したって言ってたなぁ。
今では此処以外にも、スシや生の魚の料理を出す店が増えてるらしいぜ」
手早い動きで澄んだ白い魚の切り身をスシメシと一緒に握って、僕の前に出してくれる。
艶々と輝くスシは形もとても綺麗で、僕は想わず見惚れてしまった。
「・・・おいセン」
「え?」
ふとこれまで黙っていたアインスが僕の前に何かをコトリと置いた。
黒い小さな筒状の器。
目を丸くする僕の前でわざわざ蓋まで開けて、アインスは中に入っている緑色の塊を指差した。
「これをスシに塗って食うと旨いぞ」
「ぶっ!?」
何事かとこちらを横目で見たユピトルが隣で盛大にお茶を吹き出した。
げほごほと、想いきり蒸せるユピトルにタイショウが慌てて白い布を差し出してるのが視界の端に映る・・・けど、僕はアインスが差し出したこの緑の何かにすっかり興味津々だ。
鮮やかな緑色が一見塗り薬にも見えるけど、アインスが「スシに塗って食うと旨い」って言ってたから食べ物だろう。
隣でユピトルが未だに何か言いたげにしてるのが気になるけど、アインスはユピトルが僕に声を掛ける前にさっさと僕のスシにその緑のものを乗っけた。
「・・・!
っアインスその量「セン」」
アインスの向こう側でテューヌ博士も目を見張って口を開くも、それを遮る勢いでアインスは真っ直ぐに僕を見て。
「食え」
なんて言うから。
思わずその勢いに押され、僕は慌ててスシを手に取りぱくりと食べていた。
「・・・!?!?」
ゲホッゴホゲホガホッ!!
直後、鼻を痛みが駆け上がり僕は盛大に咽ていたのだった。
思わず意識が吹き飛びかける。
っな、ななななにこれ・・・!!?
初めて食べる強烈な刺激に僕はただ口を抑えて震えることしか出来ない。
言葉も出ない、悶絶だ。
刺すような尋常でない痛みが鼻を突き抜けじわりと涙が滲んでくる。
酷い。
酷すぎる。
「セン君大丈夫!?」
「おい坊主これ使え!!」
「セン君・・・っ水よ、飲んで」
さっきまでお茶で咽ていたユピトルは血相変えて僕を覗き込んできて、タイショウは今度は僕に白い布を渡してくれる。
僕は震える手でそれを受け取ると必死で涙を拭い、半ば朦朧とした意識のまま、テューヌ博士が差し出してくれた水を急いで飲んだ。
「ぶっ、はは!
本当に食いやがった・・・!」
その間アインスはずっと隣で腹を抱えて笑っていて。
あの緑の何かの刺激でぼろぼろ零れてくる涙で歪んだ視界、その先でアインスはこちらを見て愉しげに言い放った。
「覚えておけ、セン。
それはワサビだ。
間違っても大量に付けて食うもんじゃねぇ」
「・・・!!」
アインス最低!!
騙された・・・!!
大量のワサビで痺れて言葉も出ないまま。
涙目で、僕は叫んだ。
心の中で。
息も絶え絶えな僕をよそに、それはもーう愉しそうに笑っているアインス。
僕が見た限り、過去最高の笑みだ。
「・・・アインス・・・極悪すぎる・・・」
「まぁスシ食って落ち着け坊主・・・」
そんな猛烈に酷いアインスのせいで猛烈に酷い目に遭ったけど。
不憫に思ったタイショウが握ってくれたスシを食べているうちに、段々と口の中の痺れは納まった。
もういいや、意地悪なアインスのことなんて忘れてやろう。
ああスシって美味しい・・・。
まだ若干鼻がひりひりするけど、幸せな気分に浸ってもぐもぐ頬張っている僕の横で、いつの間にかアインスは隣のテューヌ博士となにやら話をしていて。
此処に来る前に言っていた魔法薬の補充についてやりとりしているみたいだ。
ちょっと小難しい話も聴こえてきて、魔法薬は魔法薬で奥が深いから、興味はあるけど今の僕だとまだ全然ついていけないなぁと小さく溜息を漏らしタイショウが淹れてくれた器のお茶をこくりと飲む。
「・・・!!」
途端に僕は目を見開いた。
なにこれ、凄く美味しい!
バッと器の中を覗き込めば、少し濁りの在る鮮やかな緑のお茶。
初めて飲むお茶だ。
と、感激しながらまじまじとその綺麗な緑色を見つめていると、気づいたタイショウが身を乗り出してくる。
「お、坊主これ気に入ったか?」
「うん!
これ・・・初めて飲む・・・」
「ほほーう嬉しいねぇ。
それもヤマトノクニ由来の茶葉さ」
ヤマトノクニ由来の茶葉!?
まさかのタイショウの言葉に僕はまたも顔を輝かせた。
そんな僕にタイショウは嬉しそうに笑って。
「そいつは“リョクチャ”っていうんだ。
昔ヤマトノクニの地で栽培していたチャノキっていう植物を先祖が持ち出してな、なんとか此処で育てて遺せたんだ。
なかなか貴重なんだぜ?」
「凄い・・・!」
ヤマトノクニ古来からの植物を、枯らさず今に遺したなんて。
感激に打ち震える僕の隣でユピトルも興味深げにタイショウの話に耳を傾ける。
タイショウはテーブルの向こ側で屈んで、なにやらごそごそと何かを取り出して。
「リョクチャはチャノキの葉を乾燥させたものなんだ。
ほら、こういうやつさ」
言いながら、筒のような器に入った深緑色に乾燥した葉を見せてくれる。
こうしてみると一種の薬草茶だ。
・・・ますます感激。
「・・・タイショウ」
「ん?」
うずうず、耐え切れなくて僕はバッとタイショウを見上げた。
それが結構の勢いだったのかタイショウが一瞬怯んで、だけど僕はそれどころじゃなくてずいっとテーブルに身を乗り出して懇願する。
「リョクチャ、ちょっと分けてもらえませんか!?」
「え?」
「もちろんお金はお支払いします!
あ、他にも何かあれば渡します・・・ええと、あ、魔石とか」
「ぶっ!」
がさごそと収納箱を覗き込み言った僕の言葉に隣でまたユピトルが吹き出して。
いつの間にか話を中断し目を丸くしてこちらを見ているテューヌ博士と、やっぱりこちらを向いているアインス。
目が合うなりアインスはその顔ににやりと笑みを浮かべて、ちらりとユピトルを見遣る。
「これが魔石が薬草に変わる現場だ」
「・・・なるほどね」
苦笑するユピトルに、僕はきょとんとする。
驚いた様子のユピトルとテューヌ博士の反応に、ああアインスも呆れてた“魔法師が魔石を売っ払う”事へに衝撃を受けているんだなと気づいたけど、とにかく僕にとっては“不要なものをより有効的に使えるものに替える”わけだから別に問題ないのだ。
っていうかこの貴重なリョクチャを前にしたら魔石を売り払わない手はない。
「・・・あった!」
そんなこんなで僕は急いで収納箱から目当ての魔石を取り出す。
これはこの間森を歩いてたら、友達の地精霊のソルが見つけて教えてくれて、拾ったものだ。
「タイショウ、これとかどうかな?」
僕がきらんと掲げて見せた黄色の魔石。
ちょっと小さいけど金色の光を放ってとても綺麗だ。
「「!?」」
それを目に映すなり苦笑していたユピトルがガタンと椅子から落ちかけて、テューヌ博士が「まあ」と呟き自身の口元に手を当てる。
隣でアインスがクッと嗤った。
・・・え、なにその反応。
と、唐突な三人の様子に僕が想わず目を点にしていると。
なんとか椅子から落ちなかったユピトルがバッと顔を上げて、そのまま魔石を持つ僕の腕をがしっと掴む。
え、何事?
とびっくりして顔を向けた僕に、ユピトルは真剣な表情で声を絞り出した。
「・・・セン君、リョクチャの代金はぼくが払うからどうかどーうかその魔石をぼくに売ってください」
「え」
「それ・・・光の魔石、だよね」
「うん、たぶん」
確かソルがそう教えてくれたから、そうだと想う。
地精霊の彼は魔石にとても詳しい。
偶にその辺に落ちているレアなアイテムや魔石を見つけては僕に教えてくれるのだ。
本当にありがたい。
因みにソルもシェリルも地精霊と風精霊だからこの光の魔石は使えない。
魔石はそれぞれに管轄がある・・・元々、魔石というのはそれぞれの属性の大精霊達から余った力が零れ落ち、結晶化したものなのだ。
この光の魔石は光の大精霊から零れ落ちたもので、光の精霊しか吸収して使えない。
僕は光の精霊とは未だ全然仲良くなってないし、かといってこれは他の精霊達にはプレゼント出来ないから、そのうち薬草と交換しようと思って持ち歩いてた。
ソルもそのつもりで僕に教えてくれたしね。
光の精霊ともいつか仲良くなりたいんだけど・・・彼らはよほど繊細みたい。
まだ姿も見たことないんだよね。
僕の手の中に在る金色に光る魔石を見つめながら。
ユピトルが、困惑したように目を瞬かせる。
「光の魔石はレア中のレア・・・!!
魔石ハンターでもなかなかお目にかかれない代物で、当然流通もとても少ないんだ。
魔法師なら喉から手が出るほど欲しいアイテムだよセン君・・・ぼくも実物は殆ど見たことない」
「そ、そうなんだ」
どこか鬼気迫る勢いでぶつぶつと呟くユピトルに、僕は若干後ずさる。
そんな僕達のやりとりとじっと見ていたタイショウが、不意に笑い出した。
「はっはっは!
何だか良く解らねぇが、その魔石ってぇのは俺が持ってても意味ねぇよ。
俺は魔法が殆ど使えなねぇからな」
「・・・!
そっか・・・じゃあ・・・」
「いいぜ坊主、このリョクチャが気に入ってくれたってだけで充分だ。
お前にやるよ」
何か他のものを、と再び収納箱を漁り出した僕に。
嬉しそうに笑いながら、タイショウが僕にリョクチャの入った筒を差し出す。
「で、その魔石ってのは、坊主が要らなねぇなら隣で死にそうな顔してるユピトルに売ってやってくれ」
「お願いセンくぅぅん!!」
いよいよ泣きそうな勢いで懇願されて。
僕は押されるようにして、慌てて頷いたのだった。
黒猫メイスと魔力なし英雄の弟子 青星 @aohoshi24
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