第一話 入学試験
「ここは…」
目の前に広がるのは整然とした石畳の空間。
その石畳をぐるっと囲むように配置された観客席。
どこからどう見ても闘技場だ。
なぜ俺はこんなところにいるかというと。
俺はリオン=ロードレル、十六歳。
目標は魔導士になること。
そして、ここは、ロベリア魔法学園。
この世界の魔法学校の中でも5本の指に入ると言われる超名門校だ。
そんな超名門学校から推薦状が届いたときは驚いた。
もちろん、日々魔導士になるために修行もしていたが、
師匠がいなくなってからは、家族も身寄りもない俺のところにだ。
半ば半信半疑でこの学園に来てみたわけだが。
着いた途端、筆記試験や色々な器具を体に取り付けられての検査などを受けさせられて、
いろいろ終わったと思ったら、ここに放り出されていたわけである。
今気づいたが、観客席にはたくさんの人が見える。
同じ服装をしているところを見るとここの生徒といったところか。
ここの生徒は暇な人が多いのだろうか。
なにせその表情や視線からは、こちらを好ましいと思っていない雰囲気を隠そうともしていないからだ。
「で、今度は何をやらされるわけ」
「次は実技試験です」
一瞬固まる。
もちろん、独り言に返事があったこともそうだが、
それよりも、自分の目の前に突如、ピエロの顔が現れたからである。
「僕と戦ってもらって、納得できる実力を示せば、試験合格というわけです」
何事もなかったように話を続けるピエロ。
俺の目の前にあるのはピエロの顔そのものではなく、ピエロの仮面だ。
何とも悪趣味な仮面だ。
それに、全く気付かなかったんだけど、いつから居たんだ、このピエロ。
「分かったから、離れてもらってもいいか。」
「おっと、これはすまないことをしたね。」
ピエロはすっと離れる。
絶対こっちの反応を楽しんでるな、こいつ。
外見はピエロの仮面以外はいたって普通。いや、ピエロの仮面でそれ以外スーツは異常か。
「それにしても、すごい数の生徒だね。みんな勉強熱心だ。」
ピエロは感心するようにうんうんと何度もうなずく。
いや、どこからどう見ても違う雰囲気でしょ。
「まあ、それもそのはずかな。」
「だって、魔力が零の人間が、このロベリア魔法学園に推薦入学しようとしているんだから。」
その声色からは被虐も哀れみも聞こえてこない。ただ淡々と事実を紡ぐだけ。
そう俺には魔力がない。
正確にはなくなった、という表現が正しいだろうか。
小さいころ戦争に巻き込まれた。瀕死の大けがを負った俺は命を救ってもらう代償として魔力を失った。
魔法が全てのこの世界において、魔力がないことは、ヒエラルキーにおいて最下層。
だから、観客の気持ちも分かる。
なんで、最下層の人間が、この名門魔法学校を、しかも推薦で入学しようとしているのか。
俺に対して恨みや嫉みを持つのは当然である。
「なんでもいいけど。早速始めていいのか?」
「いつでもかかってきなさい」
その言葉とは裏腹にピエロは全く戦闘態勢をとろうとしない。
まるで君程度には構えなどいらないよと言わんばかりに。
「じゃあお構いなく!」
その言葉と共に、ピエロに向かって真っすぐ走り出す。
狙いはピエロの仮面。右手に力を込めて、大きく振りかぶる。
「ふむ」
しかし、スカッと音がするくらい鮮やかに俺の拳はかわされる。
ピエロは一歩も動いておらず、上体をかわしただけ。
続けざまに拳を振り、蹴りを繰り出すも、すべてのらりくらりとかわされてしまう。
「いい動きです。けれど、せっかくなので魔法学園っぽい戦いをしましょう」
ピエロはそう言って俺との距離を取る。
そして、右手に魔力を込める。
「ファイヤボール」
その右手からは放たれたのは火の玉。
火属性魔法のファイヤボール。その名の通り火の玉を放つ魔法だ。
威力こそ低いが、スピードもあり、連射がしやすいのが特徴。
けん制だろう、俺はそう思った
そして、おそらく本命はこのあと。
俺は、警戒しながら次々と迫る火の玉を走って避ける。
「いい身のこなしです。ですが、これはどうですか」
ピエロは言葉とは裏腹に、同じように火の玉を飛ばしてくる。
また同じ攻撃?
……いや、違う。
避けながら感じたのは、ピエロの足に魔力が込められていくこと。
「アイスロック」
その言葉と共に、ピエロの足元を中心として床が凍りついていく。
足元を凍らせて、こっちの動きを止めるつもりだったのか。
俺は自分の足元が凍るタイミングで上に跳んだ。
けれど。
「その状態で、これはかわせますか。」
ピエロは俺が上に跳ぶことも想定済みだったようだ。
左手を俺に向け、別の魔法を放ってくる。
「フレイム」
左手からは火属性の範囲魔法、フレイム。
炎そのものを広範囲に展開する魔法だ。
跳んだ状態ではかわせない。
けれど、これなら大丈夫、そう確信した俺は右手を迫りくる炎に向けた。
◇
(これは!?)
ピエロは、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
思えば、最初から違和感はあった。
こちらに殴り掛かってきた際のスピード。
魔法をかわす際の身のこなし。
常人の域を超えていた。
けれど、それ以上に違和感だったのは、彼の動き方。
特に、こちらの魔法に対する対処。
それはまるで、
こちらが何の魔法を使うのかが分かっているかのようだった。
魔力を込めているという動作は相手を見ていれば誰にでも分かる。
けれど、その動作だけで何の魔法を使おうとしているかを判断するのは容易ではない。
一つの食材だけを見て、作業工程や作る人のことも知らないのに、これから作られる料理を当てられるだろうか。
彼には、それが分かるようなのである。
そのすべてが行きつくの疑問。
それが、
彼は本当に魔力がないのだろうかと。
そして、その疑問は解消される。
上に跳んだ少年に向けて放ったフレイムは確実に彼を捉えていた。
けれど、なんだ。
なんだ、この衝撃波は。これではまるで……
衝撃波が収まると同時に、氷の上に着地する少年。
何かしっくり来ていないのか、自身の手を見つめている。
(わたしのフレイムが相殺された…!?)
そうピエロが放ったフレイムは、少年が放ったフレイムによって相殺されたのである。
相殺されたことによる、衝撃波を辺りにまき散らしながら。
ピエロは驚愕する。
魔法の威力は、魔力の量に比例することが大きい。
何度も言うが、彼は魔力がない。
また、魔力を補填するようなアイテムや道具を使ったそぶりもない。
なのに、魔力がない少年が自分と同じ威力の魔法を使用しているのだ。
(なるほど、理事長が推薦するわけです)
彼の推薦入学は理事長の独断であった。
理由を尋ねたが、
『もしかしたら、とんでもない化け物になっているかもしれない』
そんなことを呟くだけだった。
それと同時にピエロは思いだす。
彼と同じように魔力が少なかった古い友人の言葉を。
『魔法は魔力の量じゃない質だよ、質』
そして、ピエロはある可能性にたどり着く。
魔力がない少年がどのように魔法を使っているかを。
◇
「大気にある魔素、これを使って魔法を使っている、ということでしょうか」
ピエロは何か考え事をしていると思ったら、そんなことを言い出し始めた。
「!? ……正解」
俺は驚いた。
ピエロがまさか俺の魔力を補う方法を知ってるとは思わなかったからだ。
魔力が補う方法はいくつかある。
例えば、魔力を回復するポーションを飲んだり、
魔力が備わっている武器や防具を装備したり、などだ。
けれど、俺はそのいずれの方法でも魔法は使えなかった。
そういったものに体が拒否反応を起こしているらしい。
そんな俺に師匠が教えてくれたのは、大気の魔素を魔力に変換し魔法を使うこと。
魔素はその名の通り、魔力の素。大気に限らず食料や水など様々なものに魔素は含まれていて、食事をしたり睡眠をとることで、魔力に変換、蓄積される。
けれど、大気にある魔素は食料や水などによりも遥かに微弱。
一週間、大気にある魔素を集めても、子供でも使える初級魔法すら使えない、なんて研究結果もあるほどだ。
「そして、微弱な魔素で魔法を使えるようにするために、魔力消費を極限まで下げた?」
その言葉に思わず苦笑いしてしまう。
これだけで、ここまで見抜くなんて本当にすごいなこのピエロ。
師匠はこれをショートカットと言っていた。
魔素一粒子ですべての魔法を使えるようにしろと、いきなり言われた時、
この人、頭大丈夫かと、本気で思った。
そこから地獄の日々だったわけだけど。
まあ、その地獄のおかげもあって、一粒子とまではいかないが、大気の魔素で魔法を使えるようになった。もちろん、簡単な魔法だけだけど。
「知ってたのか、俺が魔法を使う方法を」
「いえ、昔同じような境遇の魔法使いがそんなことを言っていましてね。まあ、彼は魔力がありましたが」
師匠のことかと思ったが、師匠は女だしな。
一瞬、悪寒がした気がするが考えるのは止そう。
師匠は女だ、がさつで女っ気のかけらもなかったが、間違いない。
「さて。試験を再開しましょうか」
その言葉と共に、ピエロは再び魔力を込め始める。
さっきと同じファイヤボールの魔力の込め方のような、何か違うような。
違和感を感じつつも、俺はさっきと同じように走って回避しようとした。
「ファイヤボール」
(違う!)
俺はピエロの詠唱を聞くや否や走るのをやめて、体ごと横に跳んだ。
「勘がいい、いや、君には分かるようですね。私が何の魔法を使うか」
俺が走って避けた場所には大きな氷柱が地面から突き出していた。
相手が俺じゃなかったら、間違いなく大けがだけどいいのか、これ。
そんなことを思いながら、改めてピエロを見据える。
「何となくな」
師匠からショートカットを習っている際に身についた技術だ。
見たことある魔法であれば、魔力の込め方でなんとなく何の魔法かは分かるようになった。
けど、最初に魔法を使ったときから、このピエロの魔法は違和感がある。
その違和感のせいでフレイムも相殺どまりになってしまった。
「それだけでも十分です」
再び魔法を込め始める。
やはり雰囲気はまたファイヤボールに見える。
今度はまっすぐピエロのほうへ走り出す。
相手の魔法を知りたくば、より相手に近づけ。
これは師匠の言葉だ。
「ファイヤボール」
そう言ってピエロは右手をこちらに向ける。
火の玉が放たれる。
しかし、
(!)
火の玉は目の前で氷柱に変化した。
俺は無理に体を捻り何とかその氷柱を避ける。
「氷と炎の魔法。それを認識誤認させる魔法といったところか」
近づいたことによって、ピエロの魔法は見えた。
魔法を放った段階で、変化はないが到達する瞬間にピエロが想像した魔法に変わる、そんなところか。
ぎりぎりまで何の魔法か分からなければ対処も遅れて、着実にダメージを追う、厄介な魔法だ。
「いい読みです。私はこの魔法をフェイクと呼んでいます。これを打ち破ったら合格としましょう」
そう言って、また魔力を込め始める。
上等だ。こっちも準備は整った。
今度はこっちの番。俺は再びまっすぐにピエロに向かって走る。
「ファイヤボール」
ピエロの魔法の声と合わせるように俺も同じ言葉を重ねる。
放たれるのは、今度こそ正真正銘ファイヤボール。のはずがない。
--解析。魔法フェイクを確認。
頭の中で響く声。その声と共に魔力を放つ準備に入る。
--解析。魔法フェイク、属性、要素すべて解析完了。
何度か見た魔法、ならばもう十分。
--解析。フェイクのショートカットを完了。
俺は一度右手をぐっと握ると、右手を開いて魔法を放った。
◇
「え?もう一回言ってもらえるか?」
俺は思わず聞き返していた。
ピエロの言葉が聞こえなかったわけではない。
言ってる意味が分からなかった。
少し話を戻そう。
結果から言えば、俺はフェイクを打ち破った。
俺とピエロ、両方が放ったのは火の玉の魔法。
けれど、同じタイミングで火属性魔法フレイムに変化しぶつかり合う。
上回ったのは俺のフレイム。ピエロはそれを回避するために大きく左へ跳んだ。
それを予想済みだった俺は、ピエロに急接近し、拳を振りぬいたのである。
俺の拳はピエロの仮面に直撃したと思った。
けれど、俺のその行動すらも予想していたのか、体をひねってかわされた。
本当に動きが曲芸師だ、まったく。
あと、このピエロ、実はこのロベリア魔法学園の学園長なんだと。
名前はアッシュベルというらしい。
確かに、魔力の底が知れない感じはしたし、フェイクだってこちらの力量を計るように使ってたような感じがあった。
けど、学園長がピエロってどうなのよ。
とにかく、俺はフェイクを打ち破った。
その事実を持って、俺は試験に合格。入学を許可されたのだが。
そのあとだ。このピエロ、もとい学園長が意味の分からないことを言ったのは。
改めて魔法を学ぶ専門を聞かれた。
魔導士と答えた瞬間に、周囲の生徒たちが一瞬湧いた。
なんだろうと思っているうちに、卒業規定の話をされたのだ。
そこで俺は学園長が何を言っているかわからなかった。
「ん?聞き取れなかったかい?では、もう一度」
違う、聞きそびれたんじゃなく。どういう意味かってことだよ。
そんな心の声など無視で、再度言葉を口にする。
あ、このピエロ、仮面で表情分からないけど、絶対笑ってやがるな。
「魔導士の卒業規定は、彼女たち五人の魔導士になること」
そう俺の目の前には五人の美少女がいた。
全員雰囲気は違うが、全員まさしく超が付くほどの美少女だ。
ある一点を除けば、喜んでなりたいほどだ。
「彼女たちは、このロベリア魔法学園が誇る最強の魔法使い、通称、
そう彼女たちから感じられる魔力は尋常ではなかった点を除けば。
話くらいは聞いたことがあった。ロベリア魔法学園の
あらゆる専門魔術においてトップを約束された五人。
何度も言うが、この世界は魔法が全ての世界。
つまり、この国最高クラスの魔法使いに認められろと。
「わたくしは、あなたを認めておりません」
「まあ、気軽に頑張ろう」
「私は興味ありません、お好きに」
「……」
「えっと、頑張ってください、期待してます!」
五人の美少女はそれぞれ俺に向けて口にする。
や、やったろうじゃねぇぇかぁ!!
未だに状況を理解しきれない、俺は心の中で叫ぶことくらいしかできなかった。
◇
「以上が報告になります」
アッシュベルは試験の後、報告を行っていた。
学園長が報告する相手など、そう多くはない。
そう、ここはロベリア魔法学園の理事長室。
「理事長がおっしゃっていた通り、彼は化け物になっていました」
アッシュベルは続ける。試験の最後からずっとその手を仮面にあてながら。
「彼の言葉で言えばショートカット確かに素晴らしい技術です」
アッシュベルは淡々と言葉を続ける。
「けれど、未だに私には分からない。なぜ、彼があれだけの威力の魔術を扱えるのか」
魔法の威力はその魔力の量に比例する。
魔素を魔力に変えられたとしても、自身と同じ量の魔力を扱えるとは到底思えない。
ということはまだ他にも何かを隠し持っているということ。
「そして、彼は文字通り私のフェイクを破ってみせた。」
そこで、パキンと音がした。
アッシュベルの仮面は真っ二つに割れてしまった。
リオンの拳は着実にアッシュベルに届いていたのである。
「私の魔法をより高い威力で」
リオンは初めからアッシュベルと同じ魔法を使えるわけがない。
あの魔法はアッシュベルのオリジナルだ。
つまり、リオンはあの場でアッシュベルの魔法をコピーし、改良し、超えたということになる。
もし、そうならば本当に恐ろしい力の持ち主だと、改めてアッシュベルは思う。
「------」
「はい、かしこまりました」
理事長の言葉にアッシュベルは礼をしてその部屋を後にした。
その部屋の奥には一人の人の姿。
その人の姿は、リオンの詳細が記載された写真付きの書類を持ち上げる。
そして、ほほ笑んだ。
その顔はわが子を見つめるような慈愛に満ちた表情だった。
零の魔導士と5人の姫 ヒラフクロウ @amenohako
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