White penkii

色元

第1話 プロローグ

そして君はじきに心に深い霧のようなものが訪れるようになる。何かを受け入れることに躊躇がなくなり、精神の根幹にあたらしい基盤ができあがる。街中で人混みを見渡してみると君はたくさんのもの全てを肯定できるような気分になるだろう。それは決して君の意に反して起こる出来事ではない。たまたま君にとって心地よい出来事に遭遇したのではなく、君自身がそういった気分だったからその出来事は起こった。つまるところ君が街中に出歩かなければ、君が受けいれるはずだった出来事は何も発生しえなかったというわけだ。例えるなら雌のめんどりのように、君は卵が先かめんどりが先かもわからないままに再生と巻き戻しを何回も繰り返す。その過程は苦しい物ではなく、でも永遠に浸っていたいほどに素晴らしい気分でもない。いつか終わりが来ることを君は心のどこかで解っている。だからこそ前後の因果なく今生きていることを楽しむことが出来る。何回も繰り返すようだけれど、君はそういった気分になるんだ。むしろそれが生きることの全体なのかもしれない。まるで白いペンキを塗りたくったキャンバスに意味を見出すみたいに、ぼくたちは捨象された物事から具体的な事実を引き出そうとしている。それは粉末スープをわずかな水に溶かしたり、同じ動画を何回も繰り返すことと似ている。そういった意味の拡散がいいことかわるいことかは誰にも判断できない。そんな事を考える事こそが馬鹿らしい、誰もがそう思っている。


白いペンキに意味を求めないで、ただ受け入れるんだ。

君が本当に幼いころからそう感じていたように。


ひとまずは眠るのがいいだろう。眠る用意が出来てしばらくたったら、君は眠りたくないという欲求をぐっとこらえて布団に入る。眠る前に何か飲み物を飲んでも良いし、友達とのメッセージを確認してもいい。どんな類の人間であっても、眠らなければならない時だけに意識を集中すれば確実に眠ることが出来る。それは本当に自分が眠りたいタイミングかもしれないし、セックスが終わった後の会話の途中かもしれない。その時に目を瞑って、これからやるべきことと、いま自分がしていることを思い浮かべる。このままくだらないピロートークに花を咲かすのか、三時間前にロビーで出会った男を置き去りにして眠りにつくのか。その一部始終は君が決めていい。ただ君が眠りたい気分なら、僕の提案を受けいれてもいいというだけだ。ただもし君が僕のいうことを信頼しきっていて、このまま目を瞑ってしまいたいというのなら、最後に一つだけ言っておきたいことがある。とても大切なことという程でもないし、かといって聞き流してほしいくらいにくだらないことでもないけれど、だけど君が注意して聴くには十分に値するだろう。少なくとも、君が今まで僕が話したことをほんのわずかでも覚えているのならば。


いいかい、白いペンキに意味を求めるのは間違いだ。真っ白いだけのキャンバスに価値はないし、考えるだけ損をする。でも僕は白いペンキそのものに意味がないなんて言った覚えはないし、そんなことは思ってもいない。もし白いペンキの中身が君の知っている白い塗料ではなかったら?それがホワイトチョコレートであったり、それとも全く君が知らない未知の液体だったら?その場合、君の見てきたキャンバスは全く違う意味を帯びることになる。そのことをよく覚えておいてほしいんだ。白いペンキの中身について。もし君がキャンバスに意味を見出さなければならない時は、ペンキの入った缶に人差し指を三センチくらいつけて、じっと見つめてみて欲しい。自分の指にまとわりついた白い溶液の正体は何なのか、全くの無味無臭なのか、それとも口に含めると甘ったるいカカオの味が広がるのか。それを知るとき、君は今まで見てきた景色の外側を見つめることになる。それが君にとって有意義なことなのかそうでないのかはまだ分からないけれど、けど君はいつかこの過程を必要とするだろう。だから目を瞑った後に、瞼の裏に思い浮かべて欲しいんだ。これからやるべきことと、今自分がしている事を、つまりは、白いペンキの味と、キャンバスから見える風景を。もっとも、君がもう眠ってしまっていなければの話だけれど。


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