第9話 迫害
そこは真っ暗だった。闇の中。光も無ければ音もない。手や腕、足が地についている感覚もない。浮かんでいるとすればこんな感じなんだろうか。
考えることをやめていた。頭で何かを考える時間を極力減らした。でないとわるいことばかりが頭をよぎる。父の死。僕たちを追い出そうとするクオラクの人々。傷つけられる
あの時のように暖かい暖炉の前で穏やかに過ごすことはもうできない。
おでこが突然ひんやりとして目を開けた。雨のしずくが垂れている。
「あそこも補修しないとな」
隣にいる
父が殺されてから、いつの間にか一年が経っていた。
僕たちは父と
父が亡くなり、そして父が
父が殺されてから数週間が経ったある日。辰さんがいた集落の大人たち四人が家に来た。みな暗い表情を浮かべていた。辰さんが亡くなったこともあってそんな表情をしているのだと勝手に思っていたのだが、違った。家に来た集落の大人たちの目は明らかに疑念をはらんでいた。悲しんでいるのではない、その目は怪しんでいた。僕たち二人のことを。犯罪者の子供のことを。
その大人たちから父はその
顎がずれたのがわかった。うまく口を閉じることができない。
僕と
それからの記憶はほぼない。次に起きた時は川の傍で、蛙が鳴いている闇夜の時間帯だった。僕のすぐ隣には、真っ青な顔で涙を目に貯めている
その時視界に映ったぼやけた蛍の光が印象的だった。
それから僕らは山で生活した。もうあの家には戻れない。だから山で暮らすことにした。獣が跋扈する山で。
そこにはもちろん人間の生活はなかった。守ってくれる父も、雨風をしのいでくれる家もない。僕たちはクオラクよりも下になった。人間ではなく獣へと。
もちろん最初の頃は何度も何度も死にかけた。雨でびちょびちょになって肌にひたりとくっつく服をずっと着ていたから何度も風邪を引いた。そんな日でも
なんとか生き延びた。
なんとか最初の危機を脱することができた。
咳もおさまり熱も引いて元気になって数週間が経った。そんな時。僕と
燃やされている。洞窟の奥からオレンジ色のぼやけた光が見える。そして、あつめた薬草や薪の全てが容赦なく燃やされていく、ぱちぱちとはじけるような音。
「また、まただ」
こいつらは僕らを探していた。おそらく殺すために。犯罪者の子供を生かしてはおけない。追い出したことを恨んでいつか襲われるかもしれない。だから早めにその禍根を断ち切っておかねばと。そっちがそういう風に考えるなら僕もそれ相応の対応を取らせてもらう。僕は彼らを殺すことに決めた。彼らとは十分に話し合ったわけではない。僕らに害がないことをわかってもらえたらこんな争いはなかったのかもしれない。けど彼らが話を聞く気がないことは家を追い出されたときにわかった。話を聞こうとしない相手に理解を求める。そんな高度な話術を僕は持っていない。自分と
僕は不意打ちで背後から足音を消して近づいた。燃える洞窟を見つめていた男の一人の首を後ろから静かに切り裂いた。血しぶきが、どばっと上がった。勢いよく喉から鮮血が噴き出した。そのことに気付いて振り返った別の男の一人に素早く矢を放ってひるませ、体ごと飛び込んで胸に短刀を突き刺した。そして僕はそこから離れて森の中を駆けた。森はすでに僕の縄張りだった。木や石の配置、段差や坂の勾配。何もかも知り尽くしていた。
男はあと二人。矢を放ちながら追ってくる男から僕は必死に逃げた。けど勝機はあった。洞窟の周りには獣の用の罠をそこら中に張り巡らせていた。僕は残りの男たち二人をその罠にかけた。
足元の縄に引っかかれば毒を練り込んだ矢が飛んでくる。僕はその罠があるところまで懸命に走った。男たちは弓矢の腕がよかった。僕の背中には矢が二本の矢が刺さった。刺さるたびにどすっと肉を貫いて内臓まで行きつかんとするほどの衝撃が走った。走るたびに矢じりが動いて傷が広がった。けどそれでも走った。
やがて罠に二人の男たちは引っかかった。一人は毒の周りが早く、泡を吹き出し、浮き出した血管をかきむしりながら死んだ。もう一人は太ももに矢が刺さっていて這いつくばっていた。僕は男の背にまたがり、後ろから短刀を当てて柔らかい喉を切り裂いた。僕は転がった肉の塊の隣にうつぶせに寝転がった。肺と背中が痛い。矢が刺さっている部分の肉がぐちゃぐちゃになっているのがわかる。
しばらくそうしていると
だけどこれからどうしよう。家が燃やされてしまった。
僕と
僕の背中の傷は深かった。背中から体の中の、名前はわからないけど内臓まで矢が入っていたみたいだった。
息もできないほどの激痛が常時僕を襲った。寝ることもできない。背中全体が焼けつくように熱を持っている。
「
「なんで、そんなことしたら」
「もう、痛みに耐えられないんだ」
痛みと熱。そして締め付けるような頭の痛みで吐き気がした。それが一日中おさまらずもう何日も続いている。背中のぐちゃぐちゃが体の奥にじわじわと近づいているのがわかる。自分自身が腐り落ちていっているのが実感できた。まるで熟れた果実のように。
「クオラクだってばれて殺される、そんなことしたら」
「うまくやるよ、アラメの人だと思われるように。治療だけ受けたらすぐ街を抜け出して帰ってくるから」
僕は立ち上がった。視界が揺れた。燃えるように体が熱い。乾ききった体を無理に動かして歩みを進める。
がさがさ
茂みが揺れる音がした。僕はぴたりと動きを止めた。
「けがをしているのか」
茂みの奥からそんながらがら声が聞こえた。その瞬間、無意識に腰の短刀を引き抜いていた。
茂みのなかにある木の後ろから一人の男が顔を出した。
褐色の肌。禿げ頭にうっすらと生えた白髪。木の皮のような顔のしわ。少しだけ間だった腰。
老人だった。僕らと同じようにみすぼらしい麻の布を着た、やせ細った老人。
「どうしたんだ」
僕は
「それほどひどい目に遭ってきたのか」
老人は僕らの様子にあまり興味がなさそうな声音でそう言った。
そして僕らに背を向けるようにして振り返った。
「苦しいんじゃろ。先ほどまで話を盗み聞きしておったからわかる。ついてきなさい」
老人はそういうと、枯れ木を踏み折りながら歩いていった。僕らの殺意に何の恐怖も抵抗もすることなく。
僕と
仮)無限槍ムゲンノヤリ 平嶋 勇希 @Hirashima
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