第11話 救い
「相変わらず此処ってボロい建物よね」
私は二人と離れない様にただ後ろをついて歩いていた。
ネネロアさんが心を許している相手なのか、メルヘルさんと呼ばれる方とすごく親しげに話している。
二人の邪魔にならないように黙って辺りを見渡しながらただ歩く。
色が抜け落ちたような灰色の世界。奇妙で不思議な景色にものすごく違和感を感じるけど、ネネロアさんが側にいる事で私の意識は閉ざすことなく保たれている。
しばらく歩いて二人が立ち止まる。その正面にはネネロアさんが言うボロい建物がある。
別に今すぐ崩れ落ちそうって訳でもないのだけど、壁に入った大きなヒビがそのボロさを物語っている。
「ささ、どうぞ」
メルヘルさんに案内されて建物の中に入ると、正面にはこの世界で知らない人はいないとされる二体の女神像がそこにはあった。
人よりも少し大きいくらいのその女神像の一つは小柄な女の子を感じさせる。もう一つは背が高く大人のお姉さんな雰囲気がある。
この星には主神とは別にエルフ達に緑を与えた神がいる。
その神の姿を人は見た事がなく、また今を生きるエルフ達もその姿を見たことが無いそうだ。
「リンネ様とエリナ様…此処って建物の外見だけだと教会って分からないですよね」
「まあね~、これでも此処って神が認めた教会なんだけどね」
「メルヘルさんも聖職者の方なんですよね?」
「そうだよー、まあまあ立ち話もなんだしさ、座ってお茶でもしようよ」
そう言ってメルヘルさんは奥から小さなテーブルを運んできて、お茶菓子とすごく香りが良いお茶を私達に淹れてくれた。
「あ!いっけない」
まさか教会内でお茶をするとは思わなかった私は唖然としていたのだけど、メルヘルさんが急に何かを思い出したかのように焦りだし、その様子を見たネネロアさんがメルヘルさんを軽く片手で制した。
「大丈夫よ。外は戻してあるから」
「あ、ほんと?ごめんねー。久しぶりに使ったから忘れちゃって…エヘヘ」
外、その言葉を聞いて私は開いたままの扉から外の方を覗く。
特に変わった様子はないようだけど、きっと私には分からない何かがあるのだろう。
「…あ!外の色が戻ってる!」
私が此処に来た時はまだ外の色は灰色だったから、女神像を眺めていた時にネネロアさんがきっと何かしたのだろう。
それにしてもあれば一体なんだったんだろうか。
辺りが灰色になった瞬間、周りの人は私達に見向きもしなくなって、まるでそこに私達が存在しないかのような。
元の色に戻った外を見て、私はメルヘルさんにその事を聞こうとすると、テーブルを挟んで目の前にいたはずのメルヘルさんがいなくなっていた。
「あれ、メルヘルさんは?」
ネネロアさんにメルヘルさんの事を聞くと、何も答えてはくれなかった。そればかりか、私を見て少し微笑んでいるようにも見えるけど、表情が強張っているかのようにも見える。
無理をしているのか、これから何かが起こるのか。私には分からない。
「少し、私の話を聞いてくれるかしら」
私はもちろん頷く。いくらでも聞きますとも!
そしてネネロアさんが語るその一言目、それは私にはあまりにも衝撃的なものだった。
「私はこの世界で一番不幸な人間だと思っていた」
南大陸イグニカ。そこでネネロアさんは生まれたという。
イグニカとはエルフ達の大陸であり、そこからエルフが出てきて別の大陸で暮らす事があっても、多くの人はイグニカで暮らす事は無い。
無い。ではなく、出来ない。
それは遥か昔に人族が多くの亜人族を迫害した歴史に関係している。
ネネロアさんはごく普通のエルフの夫婦の間の三女として生まれた。そして長女・次女と共にイグニカで数ある世界樹に宿る精霊様の使いの者として暮らすはずだったと。
生まれた時から多くの魔力を体内に宿し、成長と共に更に魔力が膨れ上がると体に変化が起きたという。
金色だった髪が銀、そして黒に変わり、肌の色も変わったと。
私はその話を聞いた瞬間、貴族に絡まれた時のネネロアさんを思い出した。
あの時のネネロアさんはたしか髪の色が黒から銀に変わっていた。
「もしかして…魔力を体の一部に蓄える事で変化が起こっているんですか?」
私の問いにネネロアさんは頷く。
ただ、それだけの事。私はそう思う。
しかし、イグニカのエルフ達はそれを許さなかったらしく、ネネロアさんを忌み子 として扱い、そしてネネロアさんは周囲から孤立していった。それから続く話はとても酷い内容だった。
人族に迫害された歴史を、今度は自分達の大陸内で繰り返す。
「あの時の私はとても悲しく、そして毎日が苦痛だった…」
「そんなの酷すぎますよ…」
私はこの話を聞いてどう言葉にしていいのか分からずにいた。
慎重に選んだ言葉であっても、それは軽く、私の言葉はどれも軽薄にしか思えなかった。
私とネネロアさんには歴史が無い。それが悔しい。
私が私を他の誰かと同じではないという証明を、今の私には…出来ない。
「家族は私を可愛がってくれたのだけど、次第と家族も…特に父が周りからの目に耐えられなくなり、そんな父を知って私は家族と距離を置くようになったの」
「そんな…」
「生きているだけで、存在するだけで嫌われる。そんな環境で過ごしたせいか、私は子供でありながらすごく冷めていて…6歳の時には既に自害を考えていたわ」
私が初めてネネロアさんを見た時、空を眺めながらとても悲しそうな顔をしていた事を覚えている。
そんな綺麗な顔をして、そんな良い所で働いて、何でそんな悲しそうな顔をしているのだろうかと。
私は周りの大人達に嫌気がさして村を出ている。でも、そんな話とは比べようもない境遇でネネロアさんは幼少の頃を過ごしていたんだ。
私が側にいれば、私がもし家族だったら――
「でもね。ある時…突如目の前に現れて私を救ってくれた方がいるのよ」
それを聞いて私は自分の拳を強く握りしめた。私の大好きなネネロアさんを助けてくれた人が居たんだと安堵を通り越して興奮すらした。
私はネネロアさんの次の言葉を待たずに勢いで聞いてしまう。
「その人は誰なんですか!」
「ふふ、その方はね…エリナ様よ」
ネネロアさんを救ってくれた御方、それはまさかの神様だった。
メイド偽魔術師と下級冒険者のエピソード Nick @hoppen
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