第6話 行列のできない串焼き屋
「さ、木目、好きなだけ食べていいわよ。ここの串焼きは半端に上質な豚肉を使ってるの。それでご主人の腕も微妙に良いから、素材の旨味をちょっとだけ引き出して、そこそこ良い香辛料で味付けしてるのよ。だからめっちゃ美味しいってわけじゃないんだけど、まぁまぁいけるんじゃないって感じなんだよね。でも味に比べて値段だけは一丁前に高級店並みだから、いまいち流行らないのよ。まぁそのおかげでいつもほどほどに空いているから、並ぶのが嫌いな私はよく利用してるのよね」
木造の四角いテーブルを挟んで、俺の向かいには青い髪の聖職者風の女の子、エルファが座っている。そしてテーブルの真ん中には、豚の串焼きがドサっと何十本も並べられていた。香ばしい匂いにゴクリと喉が鳴り、腹の虫も早く食べさせろと催促の音を鳴らす。
そう言えば、この町に来るまで何も口に入れていない。今更ながらに空腹感が押し寄せて来た。
「え、えっと・・・いいの?奢ってもらって?」
「ええ、いいのよ。私嘘は嫌いなの。私が食べていいって言ったら食べていいのよ。私が奢るって言ったら私が奢るわ。さっき思いがけず臨時収入があってね、あぶく銭ってヤツね。こういうのは誰かと分かちあったがいいと思わない?」
おずおずと尋ねると、エルファはニコリと笑って返事をくれた。
なんとなくだが、彼女の言葉に嘘は無いと感じられた。
これを食べたからと言って、後から何か要求される事はないだろう。
けれど、まだ気になる事があって、俺はすぐには串焼きに手をつけなかった。
「でも、なんでさっき会ったばかりの俺を選んだの?その、他に知り合いとかいないの?別に俺じゃなくても・・・」
「知り合いねぇ~・・・私ね、この町に来て、まだ一か月くらいなのよ。ギルドに登録して、ついこの前までパーティー組んでたんだけど、色々あって追放されたのよね。そんなパーティーの連中とは会いたくないじゃない?だから一緒に食事するような仲の人はいないわ」
「え?つ、追放?」
パーティーの話しを口にした時、エルファは不愉快そうに眉を寄せた。
そして追放という穏やかではない言葉に、俺も思わず言葉をそのまま返した。
「そう。追放よ。追い出すって意味の追放ね。あの勘違い勇者、私を追い出した事を絶対に後悔するわ。何もかも自分の手柄だって思いこんでさ、全部私がいてこそだって事に気付いた時に、戻って来てくれって泣きついたってもう遅いのよ。この慈愛の杖で顔面をフルスイングしてやるわ!」
憎々し気にそう言い放つと、エルファは物差しくらいの長さの黒いスティックを手に取り、軽く振って見せた。
「追放って、なにがあったの?」
「それは話すと長くなるから、また今度時間のある時にでも教えてあげるわ。ただ、あの勘違い勇者は、いつか私がボコってやるわ」
エルファの持つスティックの先には、宝石のような丸い石が付いているのだが、これはワインレッドというのだろうか?暗めの赤色で
このスティックで、さっきエルファは宿の女主人と用心棒を血の海に沈めたのだ。
恐ろしい・・・本当に恐ろしい。
勇者の話しも気になるが、今は話したくなさそうだし、俺はとりあえず話題を変える事にした。
「えっと、そのスティック・・・慈愛の杖って言うの?」
「ん?そうよ。慈愛の杖。女神の加護が宿っていて、怪我や病気を癒してくれる効果があるの。売れば一生遊んで暮らせるくらいの値がついてるのよ。すごいでしょ!」
もの凄く良い笑顔を向けて俺に説明するが、そんなすごいもので人を撲殺しようとしていた事に恐怖を感じる。しかも慈愛でしょ?慈愛で人を殴ったの?女神の加護とかなんかすごいし、それで人を殴れるってどういう神経してんの?
「そ、そう、すごいね。それにしても慈愛って割には、なんか黒い杖だよね?女神の加護なんて言うと、なんとなく白くてキラキラしたイメージがあるんだけど」
「ん?元は白かったわよ。でもいつの間にか黒くなっちゃったのよ。殴ったあとの血はちゃんと拭いてたんだけど、染みこんじゃったのかな?ここの宝石だって、最初は黄金だったんだけどね」
「・・・・・え?」
サラっととんでもない事言ってるけど、杖や宝石の色が変わるくらい血を吸わせたって事だよね?どんだけ人を殴ってんの?この娘、本当に怖いんだけど。
「・・・ねぇ、それよりさ、そろそろ串焼き食べたら?冷めちゃうよ?」
ドン、ドンっと、慈愛の杖でテーブルを叩き、早く食えとエルファが催促してくる。鈍く重い音が響き、俺は慌てて串焼きを一本手に取った。
「あ、ああ!そ、そうだよね!美味しそうだなぁ!い、いただきます!」
これ以上先延ばしにはできない!
俺は奢りたいだけだと言うエルファの言葉を信じて、串焼きにかぶりついた。
「・・・お!これは・・・うん、なるほど」
なるほど・・・日本で言うなら、これはお祭りの時に出て来る屋台の串焼きだ。
不味くはない、まあまあ美味い。コンビニのレジ横の肉よりは上等だが、専門店の味には負ける。そのくせ値段だけはお祭り価格で微妙に高い。
一串400円くらいなら納得できるが、600円くらいとるんだ。
なるほど、確かにこれでは行列はできないだろうし、満席にもならないだろう。
「どう?私の言った通りでしょ?」
「うん・・・そう、だね・・・美味い事は美味いかな。これ一本いくら?」
「3ゴールドよ」
「3ゴールドか。宿が一泊10ゴールド・・・う~ん、この串焼き3本で宿一泊くらいになるのか・・・う~ん、微妙に高い感じだね」
話しながら、一串食べ終える。一本食べると胃袋が活性化して止まらなくなり、俺は二本目に手を出した。
「でしょ?これ、2ゴールドが適正だと思うわ。だから人の入りが微妙なのよ。ま、そろそろ本題に入りましょうか?」
「本題?」
俺が聞き返すと、エルファは可愛らしい笑顔で頷いた。
そして血を吸った慈愛の杖を俺に向けて、ビシっとこう言った。
「木目、あんた明日私と一緒に、ダンジョンに入りなさい」
異世界転移した俺が、4っのダイヤを守れと言われた件! クロス @aisuke2904
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