小鳥遊さんは小鳥と遊ぶ。

 思えば私の気持ちは、最初から決まっていた。

 あの日、あの朝、小鳥遊たかなしさんと出逢った──いや、出会ったあの時から、決まっていたのだ。

 出会いは、一目惚れ。

 最近ではフィクションでも使われないような、ありきたりで、何も面白みもなく、便利で、使い勝手のいい言葉だけれど、それでも、その出会いは劇的で物語的で必然的な出会いだったはずだ。

 そもそもの話、一目惚れでもなければ、私から声をかけるなんていう行動に移るわけがない。

 移れるわけがない。

 自分というモノを全て捨ててでも、れて、けて、せられて。

 私は、小鳥遊さんが好きなのだ。

 

 

 鳥の鳴き声がする。

 その鳴き声は、何を伝えようとしているのだろう。

 私にはわからない。

 私は、感情なんて読み取ることはできないし、何を考えているのかを読み解くこともできない。

 だけれど、それができないからといって私は何も思わない。

 たとえ表しか見えなかったとしても、私はその表を好きになって愛すだろう。

 たとえ、何かの拍子に裏が見えてしまったとしても、私はその裏を好きになって愛すだろう。

 私にとって、好きになるとはそういうことなのだから。

 

 今日はとても暑い日だった。

 夏を感じさせる暑さにうなされながらも、私は公園の時計を眺めていた。

「あと、ちょっと」

 それは待ち合わせの時間までを指す言葉だった。

 今日は終業式。

 一年の半分が終わる日。

 私の人生が変わる日。

 とても長い、待ち時間だった。それは、永遠にも感じられるような、待ち時間。私はただ、鳥の鳴き声を聴いている。

 カチッ、カチッと針が動くたびに、合わせるように私の心臓も音を出す。

 長い待ち時間、私の心臓は一生分の音を出しているような気がしてしまう。

 カチッ、カチッ。時間が進んでいく。

 カチッ、カチッ。時間よ止まれ、そう願ってしまう。

 カチッ、カチッ。時間は止まらない。

 カチッ、カチッ。時間が告げる。その時が来たと。

 私は前を向く。

 そこには、もちろん、私の見慣れた姿があった。

「小鳥遊さん、おはよう」

 言うと小鳥遊さんは、笑顔で返してくれる。

「うん、おはよう桜」

 二人の人がこの公園には、いる。それなのに鳥たちは飛び立つ素振りも見せず、先ほどから変わらず、鳴いているのみだった。

 そんな鳥たちの横を通り過ぎながら、小鳥遊さんは私の元へと歩を進め、呟いた。

「桜が先にいるなんて珍しいね」

「言ったでしょ、待ってるって」

「そうだった」

 言って、小鳥遊さんは私の隣に腰を下ろした。

 疑問に思う。

 この時点で小鳥遊さんは、私の心中を見透かしているのだろうか。

 もしそうならば、確認をとろうかと一瞬頭をよぎりはしたけれど、そんなの無粋な気がする。

 だって、たとえ見透かされていたとしても、私のやることは変わらない。

 私はただ、自分の気持ちを素直に伝えるだけだ。

「小鳥遊さん、小鳥遊さんの夢はなに?」

 隣の小鳥遊さんは、その突然の質問に驚きを見せることなく、答えてくれる。

「鳥になること」

「鳥か、いいよね鳥。自由にどこにでも羽ばたいて行ける翼を持っていて、どこまでも裏表のないソラを飛ぶことができる」

「うん。私はそんな鳥になりたい」

「じゃあさ、なんであの時私に不自由にしてなんて言ったの? 小鳥遊さんは自由になりたいんじゃないの?」

 訊くと小鳥遊さんは、逡巡することなく口を開く。

 それこそ、元からその質問が来ることを知っていたかのように。

「それは、端的に言うなら私にとって好きになるっていうのは不自由になると同じ意味を持つから、かな」

「…………」

「私は確かに自由が欲しくて鳥になりたい、と、願った。けど別に私は今の自分を自由じゃないとは思ってない。鳥よりは自由じゃなくとも、人間なりの自由は持ってるつもり」

「…………」

「ただ、その自由は、恋を知らない人間の自由なんだよ。人間──恋を知ってしまったら自由では無くなってしまう」

「…………」

「恋に縛られ、恋に脅され、恋に刺されてしまう。そんなののどこに自由があるのか私にはわからない」

 あなたを──と、小鳥遊さんは続ける。

「桜を好きになって私は初めてそんな、当たり前のことに気づけた。だから言ったんだよ? 私を不自由にしてって」

 好きという感情は、きっと人の数ほどあって、そのどれもが違う感情として扱ってもおかしくないほどに、厚く、太く、重い感情なのだと思う。

 現に、私と小鳥遊さんの好きは似ているようで少し違う。

 私は、好きになるということを不自由だとは思わない、むしろ自由だと思ってしまう。

 会話をしているだけで楽しいと思える時間、連絡を待ち詫びている時間、隣に座った時の緊張感。そのどれをとっても、自由だからこそできる時間で、自由じゃなければそもそも、楽しいという感情にまで至れないはずだ。

 楽しいという感情がその人の中にある時点で、それはもう人間としての自由は守られている。

 どれだけ人を好きになろうと、どれだけ人を嫌いになろうと、人はそれぞれが自分の自由を持っている。

 けれど、それは、小鳥遊さんが真に欲しい自由とは違って、小鳥遊さんは鳥のような自由が欲しいと言った。

 それが、どういったモノなのか、私にはわかるようでわからない曖昧なモノだけれど、一つだけ方法があるのだ。

 好きでいつづけても、その自由を手に入れられる方法が。

 それは──。

「小鳥遊さん──私と結婚しない?」

 その突然告げられた突拍子も脈略もない言葉に、小鳥遊さんは頬を赤く染め上げた。

「え? は? さ、桜なにいってるの? 結婚? 結婚ってあの結婚?」

「うん」

「うんて、何を言ってるの? まだ付き合ってもないんだよ? あー、わかった私が読み取れないぐらい意味のわからないことを言って、困らせようってことでしょ、あーわかちゃった」

 動揺のあまりか、そんな風に戯けた態度を見せてくる小鳥遊さんに、私は真剣な眼差しを向ける。

「本気だよ」

「本気って、なんで、ここは普通に告白してきて、私が不自由になるでよかったじゃん」

 それで──と、続けようとする小鳥遊さんの言葉を遮るように私は、小鳥遊さんの手を握る。

「それじゃあダメなんだよ。私は私だけが幸せになるのじゃダメなの」

「私は、十分幸せだよ? 桜と一緒にいられるってだけで」

「違う! それは本当の幸せじゃない。そんなの読解力のない私にだってわかる。私は、小鳥遊さんに笑っていてほしい、もっと私の目の前で笑顔を見せてほしい。私は小鳥遊さんに夢を叶えてほしい。私はその夢を一緒に叶えたい。私は小鳥遊さんが好きだから。好きな人とずっと一緒にいたい。けれど、それは小鳥遊さんだけが、不自由を背負っちゃダメなんだよ、二人で一緒に自由にならなきゃダメなんだよ、だから──だから──だから」

 私の目元には、いつのまにか汗が垂れてきていた。

 そうだ、今日は真夏日だった。

 こんなに大声出してしまったら、倒れてしまうかもしれない。

 まぁいいか、その時は、この前のお礼に小鳥遊さんに看病してもらおう。

 私は、小鳥遊さんに言葉を送る。

 

「結婚してください」

 

 その言葉を発してからどのぐらいが経っただろうか、一秒? 十秒? 一分? 十分? 一時間? そのどれだったとしても、その次に聞こえてくる言葉が変わることはない。

 私にできることは、ただ待つことだけだった。

「いいよ」

 その言葉を聞いて、私は咄嗟に小鳥遊さんに抱きついていた。

「小鳥遊さん、私──」

 その後に続いた言葉は、全て小鳥遊さんの好きなところだった。多少重いと思われてしまったかもしれないが、結婚を申し出てている時点でそんなのはもう関係ない。

 結婚以上に、重たい愛の言葉なんてそうそうあるモノじゃない。

「小鳥遊さん、私、小鳥遊さんの全部が好き」

 言うと、小鳥遊さんは、この愛の言葉たちは全て知っていたかのように先ほどとは雲泥の差の平常心で、私の頭を撫でてくれた。

「ありがとう──私も桜のこと大好きだよ」

 

 

 それから幾分かの時が過ぎた時、公園のベンチで隣に座る小鳥遊さんが、聞いてきた。

「それで? なんで結婚だったの? 桜の気持ちに押されて半ば強制的に了承しちゃったけど、理由は聞いてなかったよね?」

「理由の説明必要なの? 別に小鳥遊さんなら全部わかってるでしょ?」

 訊くと小鳥遊さんは、少し恥ずかしそうに。

「あの時は、動揺しててそれどころじゃなかったと言うか、なんというか」

 と言った。

 私はそのセリフに、ニヤッと顔を歪ませる。

「ふーん、小鳥遊さんって動揺すると、他人の考えてること読めなくなるんだー」

「それがなに?」

「いや、なんでもないけれど」

 そんな感じで、私があしらっていると小鳥遊さんは、もう、と少し顔を顰める。

「もう、いい。そんなことどうでもいいから理由──教えてよ」

 その顰めた顔も可愛いなぁ、と思いながら私は、まるで先生になったかのように説明を始める。

「私が、結婚を申し出た理由は単純に、二人で鳥になるにはこれしかなかったからだね」

「何? 私と結婚すれば性が小鳥遊になるからとかそんな理由?」

 わかってた。

 わかってたよ。

 私が先生みたいに説明ができないことなんて、だって読み取られちゃうし、けれど、もう少し嘘でも聴いといてほしかったよ。

「ひどい」

「ごめんごめん、で? あってるの?」

 その様相は、答えを急く好奇心旺盛な子供に見えてしまい、少し微笑んでしまう。

「そうだよ。私が小鳥遊になれば、それで二人とも大空を駆ける鳥でしょ? どう? いいアイデアでしょ」

 すると小鳥遊さんは、クスクスと笑い始めた。

「なにその、駄洒落。そんなので結婚しようなんて言ったの? それに別に苗字が変わったからって、鳥になれるわけじゃないでしょ。もしそうなら、私とっくに鳥だし」

「そうだけれどさ、まぁいいじゃん。それでも。だって元々私と小鳥遊さんの出会いだって駄洒落みたいなモノだったしさ」

 駄洒落で始まった物語が駄洒落で締められる。とても綺麗でくだらない、まるで人生のような終わりと始まり。

「確かにね。桜が散り始めた、そんな時期に、私が小鳥と遊んでいたから、桜が声をかけた。そんな偶然みたいな必然が、起きたからこそ、今がある」

 始まりがあれば終わりがある。終わりがあれば始まりがある。そんな風に周り続けているモノが私たちの今を作っていく。

 今は昔に、未来は今に、そんな変えようのないモノが私たちを出会わせてくれて、本当によかった。

「小鳥」

 私が、呼ぶと小鳥遊さん──小鳥は、見透かしたように言う。

「やっと名前で呼んでくれた」

 それが少し悔しくて、私は小鳥を自分の元へと引き寄せた。

 そしてその勢いのまま、小鳥の唇ヘとキスをした。

 すると小鳥は、私の予想通り、驚きを隠せずに、頬を染め上げている。

「な、ななな、なに突然」

「いや、もうわかちゃったからさ、小鳥は意識外から攻撃すれば捕まるって」

 どれだけ、人の心が読み解けたとしても、それは結局その人自身が感じた印象でしかない。

 ならば、今までやったことないような行動をとれば自然と、予想外の行動を取れてしまう。

 そんな、簡単なことだった。

 小鳥の悩みはそんな簡単なことで解決できてしまうのだ。

 だけれど、これは小鳥自身には教えないでおこう。

 幸い今は、動揺をしていてくれるので、この思考は読めれていないはずだ。

「ちょ、ちょっと桜! ニヤニヤしてないで、今のことを説明してよ」

 なんて、私の手を握る小鳥を見ながら私は思う。

 これこそ、『小鳥遊さんは小鳥で』遊ぶだな、と。

 

 空を見上げるとそこには、二羽の鳥が飛んでいた。仲良く飛ぶその二羽はとても対等に見える。上も下もなく。

 横並び。

 そのまま何処までも飛んでいってしまいそうな──鳥たちだった。

 私はそんな鳥たちを見て、思う。

 私もあんな風になれたかな、と。

 私もあんな風に横に並べたかな、と。

 もしそうであったのなら、それはとても嬉しいことで、とても楽しいことだった。

 今日は快晴。

 私のメンタルはとてもプラス思考。

 私は今、とても幸せな地面を飛んでいる。

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