統合失調症3年目になり、何も起きない(神の偶然性も幻聴も、何も起きない。ただ鬱なだけ)

 休日だからなのかもしれませんが、神の偶然性も幻聴も、全く何も起きません。


 あの陽性症状は一体何だったんだと思うほど、何も起きません。


 ただ、鬱が続きます。布団に寝たきりで動けません。


 うつ病ってこんな感じなんだな、と思うだけです。


 残念ながら、『統合失調症(本物)になると、起こること』が現在のところ一切起きていません。


 ハッキングもないし、鬱しかありません。休日だからでしょうか。


 少しだけ幻聴で「死ね」と聞こえてきました。活動を始めたからでしょうか。


 統合失調症の目的は、私を実家に帰して、熊本に閉じ込めることだったと思います。一度統合失調症の診断が下れば、二度と親は子供を手放すことは無いでしょう。


 出会いも特にありません。子供部屋おじさんになることを覚悟しています。


 死にたくはないですけれど、生きる意味って何ですか? 僕は読書というか、本を読み取り、できるだけおもしろい小説を書く、というのが人生の何番目かの目標だった気がします。


 普通に生きて、結婚して、子供を育てて、働いて。


 全て失いました。インスタグラムで同級生の結婚報告などを見ると死にたくなってしまいます。何ででしょう。分からないのですが。死にたくは無いのですが。


 僕は既に気付いていたことなのですが、別に生きてていいことなど、一つもないな、ということです。困窮の中で生きていますが、何のために生きているかは甚だ疑問です。


 統合失調症は病気というひとがいますが、あれは嘘です。僕以外は病気かもしれませんが、僕の場合は集団ストーカーから始まり、何故か警察に連行され、何の説明もなく閉鎖病棟の隔離室に入れられました。


 それまで飲んでいた、鼻炎の薬も発達障害の薬も取り上げられ、地獄を見ました。もしかしたら天国だったのかもしれません。幻聴は聞こえ、テレビは私に秘密のメッセージを与えているようで、世界が一変しました。


 世界が一変した。これが統合失調症の本当の原因です。


 どうして一変したのか。知りませんよそんなこと。


 ワールドカップも見逃し、生きることに絶望しか見いだせなかった日々。


 今も変わらず、何のために生きているかなど全く分かりません。


 仕事が地獄のように感じます。だからといって何もしないのも、家族の干渉があって地獄です。


 何回地獄と言ったでしょうか。自分の価値観と違うことに合わせなければいけません。


 うつ病から再起、とか、統合失調症が寛解しました、とかどうでもいいんです。僕以外に僕の苦しみは分かりません。独我論を究めれば、この世が僕以外、全ての人が他人であり、僕の苦しみを分かってくれる人などいません。


 僕が死んだら、世界が滅ぶことと同値なのです。認識している人間は僕以外にいませんから。僕以外の人の認識は、僕と共有することなどできないので、僕が死んだら世界は無くなるのと同値なのです。


 統合失調症が発症し、一人暮らしをしていたあの半年間。あのときに死んでおけば、今のような比較の苦しみも、何もなく終わることができました。今は死ねません。独我論、独我論、言っていますが、死ぬのは怖いのです。死ぬのが怖い、というより、死んだあとの醜い姿になった僕を周りの人がどう見るのか、その視線がとても恐ろしいのです。


 大学は、「何も起こってないですよ」病院は、「何も起こってないですよ」警察は、「何も起こってないですよ」


 僕は醜く生きていきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る