第12話 神様の存在証明

 そもそも、どうして僕に見えたのが『ネジ』だったのか。


 そもそもどうして、僕に語りかけたのが『かみさま』だったのか。


 超常的なことはわからない、宇宙の始まりを誰にだって説明はできないように。


 でも、そんな根本的なところに実はそんなに興味はなかった。


 僕が知りたいのはもっと手前のこと、それが僕に手渡される直前のこと。


 なぜ『ネジ』で、なぜ『かみさま』だったのか。


 それは僕に何をもたらして、僕に何を伝えようとしてたのか。


 いつかの公園で、かつて『かみさま』だった、うさぎの人形を握りしめながら考えた。


 その意味を考えたんだ。



 ※



 「別に意味なんてないんじゃないの?」


 三枝さんはそう言った。


 「名前の由来とかと同じでしょ。結局、それってどこかの誰かがあんたに勝手に手渡してきたものでしかないじゃない」


 はは、元も子もない答えだ。


 「ネジとか動く人形とかさ、私からしたら、そもそもわけわかんないからね。何であるかなんて、考えてもどつぼにはまるだけじゃない」


 まあ、無茶苦茶だけど。それもある意味、筋は通っているのかな。


 「無駄よ、無駄。私もさ、昔、学校で出た宿題でさ、自分の名前の由来の意味を調べなさいっていうのがあったの。結構、期待してさ両親に聞いたんだけど、そしたらうちの親、なんて言ったと思う? れおな、って、海外名っぽくて、どんな大層な由来があるのかと思ったら、両親が好きな漫画のヒロインとか、そんだけよ? 二人ともそのキャラが好きだったから、それでいっかって。そんだけ。割と渡す側は大して、考えてもないもんよ。私も、それ聞いた瞬間に、この人らの期待には応えなくていいんだなって納得いったもん」


 ははは。それで三枝さんは自由なわけだ。


 「要するに、渡されたもので自分が何するかよ。私はこの名前で、この身体。それで何をするかは私次第。別に難しく考えなくていいでしょ。結局、持ってるもんで頑張るしかないのよ」


 どうだろ、そうなのかな。……もしかしたら、そうなのかもしれない。



 ※



 「『ネジ』と『かみさま』の意味……うーん、なんだろな。俺は正直さっぱりだが」


 山城君は首を傾げた。


 「上谷はどう想うんだ? っていうそこが大事だと思うぜ?」


 僕? 僕がどう思うか?


 「ああ、夢分析とかでもさ、実はどういう象徴かっていより、本人がどういうイメージを持ってるかってのが大事らしい。例えば虫ってのは嫌なイメージが多いけど、虫好きの夢に出てきた虫は多分、いいイメージだろ? だから、上谷がどう思うかによるんじゃねえか?」


 そうなのかな。僕がどう思うか、か。


 「いや、知らねえけどな。親戚のカウンセラーの叔父さんが言ってたことの受け売りだし」


 そっか。いや、それで十分だよ。


 「ま、頑張れよ」


 『ネジ』と『かみさま』かあ。あの二つに僕はどんなイメージをもっていたのかな。


 「ま、上谷なら大丈夫さ」


 何その無駄な信頼。


 「……なんだろ、お前はなんていうか見てて安心感あるからな。どんだけ悩んでも、ちゃんとどっか納得のいく場所に着地するだろって気がする」


 ……そう、かな。本当にそうかな?


 「ああ、お前なりにちゃんと考え抜いたんなら、きっとそれでいいんだと俺は想うぜ」


 そっか、まあ、ありがと。



 ※



 僕にとっての『かみさま』。



 僕にとっての『ネジ』。



 ※



 「上谷くん、寂しい?」


 羽根田さんが僕にそう問いかける。


 「……意味を考えるも大事だけど、今の上谷くん、すごい寂しそうに見えたよ?」


 ……うーん、でも、実はなんとなく知ってたんだ。かみさまがいつか止まること、なんとなくだけどさ。


 「知ってたら、寂しくないの?」


 なんだろ、ちょっと、マシじゃない? いつか来るってわかってれば、心構えができるというか。


 「私、上谷くんが、もし死んじゃったら、たとえ前もって言われてても泣いちゃうけどね?」


 それは……ありがたい……って言ったらいいのかな。なんか照れ臭いんだけど。


 「うん。照れといてください。……また、動いたらいいね、かみさま」


 そう。……そう、なのかな。動いたら、いいのかな。


 「……え、動いて欲しくないの?」


 ……わかんないんだ。止まってしかるべきって言うか、そうなるのが自然だった気も実はしてるんだ。


 「……?」


 僕がかみさまに抱いてたイメージは多分、『子どもの頃の僕』だったと想うんだ。生意気で、全部知った気になってて、今のことしか考えてなくて、それで自分自身に優しい、そんな僕。


 思ったらちっちゃい頃の僕、そのまんまなんだよな、かみさまって。おせっかい焼きでさ、自由で、なんでもかんでも楽しんで、どうにかできるって無邪気に信じ込んでるみたいな。


 だから多分、彼は、僕がちっちゃい頃から持ってる人形で動いてさ『かみさま』なんて名乗ったんだ。


 『か』『み』たに『さ』く『ま』は、『かみさま』だって、何歳だっけ、三歳か四歳ぐらいのころに僕が考えた言葉遊びだ。


 「……」


 それで『ネジ』はさ、ちっちゃなころの宝物だったんだ。道端に落ちてるそれをよく拾ってさ、ゴミ拾ってくるなって母さんに怒られたっけ。


 ちっちゃいころ読んだ絵本にさ、世界のどこかに、この世界を繋ぎ止めてるネジがあったんだ。


 悪者の主人公が、世界をむちゃくちゃにしようとして、そのネジを探すんだけど、ネジを探す旅の途中で人助けをしているうちに、なんか世界が好きになっちゃって。結局、抜かずに帰っちゃう、そんな絵本だったな。


 「……」


 そう、かみさまが止まってさ、全部、想い出したんだ。


 あれは僕のちっちゃいころの夢だったんだ。


 うさぎの人形と喋ることも。


 どこかにある世界のネジをみつけることも。


 ちっちゃなころの、僕の、夢だったんだ。


 ただ、それだけだったんだ。


 「どうしてそれが、なくならないといけないの?」


 ……子どもの頃の夢は、いつか覚めるものじゃない?


 誰だって、子どものままじゃいられないんだから。大人になるってそういうことなんじゃ、ないかな。


 だから、かみさまはいつか止まらないといけなかったんじゃないかな。


 「そうなの?」


 うん。


 「本当に?」


 ……うん。


 「じゃあ、なんで上谷くんはそんな寂しそうな顔してるの?」


 ……。


 「どうして、泣いてるの?」


 ……。


 「本当に、子どものころを忘れないと、大人にはなれないの?」


 羽根田さんは真剣な顔で僕を見ていた。


 大人になれるかわからない、そんな身体を抱えた小さな彼女が僕を見ていた。


 「上谷くんはどうしたいの?」


 僕は一体、どうするべきなんだろう。


 「どうするべき、じゃないよ? 私が聞いたのは、どうしたいか、だよ?」


 僕は――――――――。




 ※





 ぼくの名まえは、かみたに さくま。


 しってるかな、いっつもいっしょにいるもんね。


 それであのね、きいてほしいことがあるの。


 ぼくね、じつはネジが見えるの。


 それはね、せかいをここにつなぎとめるネジなの。


 このまえ、えほんで見たそれが、じつはぼく見えちゃうんだ。


 それで、そのネジはねぬいちゃうとね、ひどいことがおこっちゃうんだ。


 せかいがひっくりかえって、もうみんなたいへん。とんでもぱわーだよね。


 しかも、せかいのネジはいっぱいなの、えほんとちがっていっぱいあるの。もうたいへんだね、わるいことしほうだいたよ。


 でも、ほかの人には見えないんだから、だいじょうぶだろって?


 ところがどっこい、もしかしたらぼくもわるいやつかもしれないんだ!


 だってね、ぼくも友だちとけんかしたら、いじわるしたくなっちゃうし。


 このまえ、きゅうしょくのおかわりじゃんけんで、あとだししちゃったんだ。


 やみのゆーわくにこころがまけてしまうときがだれだってあるんだよ。おねーちゃんがいってた。


 だから、もしかしたらぼく、まちがってネジをまわしちゃうかも。


 むかむかしたり、いらいらしたらやっちゃうかも。でも、そういうときにやったことって、ぜったいあとでやんなきゃよかったなってなるんだよね。


 たとえばね、このまえ、えんぴつおっちゃったんだけど、ひどいことになったの。おかーさんにおこられるし、おきにいりだったのにつかえなくなっちゃうし。もうさんざん。で、それでおもいしったの。


 ぼくのむかむかでせかいがひっくりかえったらたいへんだよね。えんぴつかけないじゃ、すまないよ。


 で、どうしよっておばあちゃんにそうだんしたんだ。


 きんじょのへんなおばあちゃんでね、じぶんのことを『かみさま』っていってるんだよ。うん、おもしろいでしょ。


 で、そうしたらね、おばあちゃんおしえてくれたんだ。


 そんなの、むかむかしてもさわれないように、だれかにあずけとけばいいだろって。


 てんさいだよねー。むかむかしても、さわれなきゃいいよねって。


 だからね、この『ちから』はきみにあずけようとぼくはおもうの。


 ぼくがいつかね、おとなになってむかむかしても、そんなことしないなっておもったらかえしてほしいんだ。


 あとね、おばーちゃんいわく、ながいこと『ちから』をわたしたものは、いしをもってうごきだしたりするらしいよ。


 どういうことってきいたら、おにんぎょうとおしゃべりできるってことだって。


 いいよね! すごくない?! もしかしたらきみといつかしゃべれるかもってことだよ。


 おねーちゃんみたいに、きみのことわすれてすてないといいんだけど。


 そこはがんばるから、むかっとしてもだいじにするから。


 だから、ちゃんともっててね。


 それでぼくがちゃんとした、おとなになったとき、そのちからをかえしてね。


 それからはきみといっぱい、おしゃべりしよう。


 そうだ、そのときは、きみにもなまえがいるんだよね。


 なにがいいかな。


 うーん、あ。


 そうだ。


 『かみさま』がいいよね。


 だって、ぼくとおんなじネジが見えるんだから。


 ぼくとおんなじなまえがいいよね。


 かみたにさくまは、ちぢめると、かみさまになるんだ。へへ、すごいでしょ。


 ねえ、かみさま、たのしみだね。


 いつになったら、きみはしゃべってくれるかのな。


 あ、でも。そのためには、ぼくがおとなにならないといけないのか。


 へへ、がんばるぞ。たのしみだね。


 ね、『かみさま』。




 ※




 「おはよ、かみさま」


 「……あれ、僕は」


 「寝てたよ」


 「そっか、ネジ、止まってただろ?」


 「うん、止まってた。『ちから』が抜けてしばらくたったからだろ?」


 「うん、僕は君の『ネジ』の力で身体を動かしてたからね」


 「たまに回さないといけないなんて、なんで教えてくれなかったのさ」


 「だって、僕はもう約束を果たしたよ? 君に力は返したし、君は十分大人になったんだ。もう何も心配しなくていい」


 「でも、それで君が止まる理由にはならないだろう?」


 「……でも僕はきっと、君の邪魔になるよ? いつまでも、うさぎの人形とおしゃべりなんてしてられないだろう?」


 「そうかな、別にそれも悪くはないと思うけど」


 「あのねえ、君…」


 「ねえ、かみさま。君にとって僕って『神様』みたいなものだと想うんだ」


 「……唐突に何さ」


 「だって、僕がいないと君は意識を持たなかったわけじゃないか。創造主? つまりそれって『神様』みたいなものじゃない?」 


 「はあ……なんか随分と楽しそうだね」


 「へへ、それで僕が『神様』ってことはさ、君には僕の言うことを聞く義務があると想うんだよね」


 「古今東西、創造主の意思なんて無下にされるものだけどね」


 「僕は君がそんな酷い奴じゃないって信じてるよ」


 「あのねえ、……それを言うなら『神様』こそお願いを言われる立場じゃないのかい」


 「うん、それもそうだね。じゃあ、何かお願いしてよ、それが僕の頼みだから」


 「……は?」


 「君は自分の役割を終えた。立派に約束を果たしたんだ。じゃあ、ご褒美があるのが人情ってものじゃない?」


 「……」


 「君が約束を終わらせて止まるって言うんなら、また、約束を作ってくれよ。今度は僕が叶えるからさ」


 「……」


 「そしたら、君はそれまでまた止まらないでいてくれるだろう」


 「……」


 「それだだめなら、何度だって巻き直すよ。僕の力で動いているんなら、何度だって君が止まるたびに巻き直すよ、だから、お願いだ」


 「……」


 「なあ、かみさま」


 「……」


 「お願いだ」


 「……」


 「……」


 「……結局、君がまたお願いしてるじゃないか」


 「はは、確かに」


 「はあ、わかった。じゃあ、一つだけお願いするよ」


 「……うん」


 「……生きておくれ」


 「うん」


 「……笑っておくれ」


 「……うん」


 「……それが君から生まれた僕の存在証明だからさ」


 「…………うん」


 「……でも本当にいいのかい」


 「何が?」


 「……子どものぼくを捨てなくてさ」


 「……でもその僕きみがいないと、僕はここにいないんだよ」


 「……」


 「子どものがいたから、僕はここにいるんだよ」


 「……」


 「何より君がいたから、僕はちゃんと大人になれたんだから」


 「……まあ、まだ完全に大人になったわけでもなさそうだしね」


 「はは、なんだよそれ」


 「大人はうさぎの人形がまた動き出したからって泣かないよ」


 「違うね、大人だからさ、なくした自分の心を取り戻せて泣くんだよ」


 「なんだよ、それ」


 「はは」


 「まったく、本当に仕方がないな、きみは」





















 ※




 ある時、いつもの朝の通学路で地面に刺さったネジを見た。


 「ねえ、かみさま。あれって」


 「ああ、だよ」


 「……回したらどうなるかちょっと試してみたい気もしない?」


 「やめときなって、どうなるかなんて、説明しなくてもわかるだろ?」


 「ひっくりかえっちゃうね、世界ごと、あと時間がおかしくなっちゃうのか」


 「なんだ、よくわかってるじゃないか」


 「はは、ろくでもない」


 「くく、いや本当に」


 笑いながらそのネジを飛び越えて、かみさまと一緒に僕は学校への道を走り抜けた。


 ちょっと家を出るのが遅れたから、間に合うか結構、ギリギリな時間だ。


 「『重力』のネジでも緩めたら? 学校が西だし『自転』のネジでもいいけどさ」


 「いや、いいよ。誰かにぶつかったとき、危ないだろ?」


 それに、僕を今、この時に繋ぎ止めるこの力を僕は確かに感じていたいから。


 『自転』に乗せられて、僕は今ここにいる。


 『重力』に引っ張られて、僕は今ここにいる。


 『質量』に詰め込まれて、僕は今ここにいる。


 『かみさま』に導かれて、僕は今ここにいる。


 『公転』に『太陽』に『銀河』に『宇宙の膨張』に……あと何だっけ『宇宙の公転』とか『次元の振動』だっけ?


 まあ、とりあえずそんなたくさんの力に繋ぎ止められて、僕は今ここにいる。


 そして、子供の頃につないだ願いの地続きの先に僕はいる。


 どれ一つだってなくては困るし、どれ一つだって欠けたら僕はここにいれないのだ。


 そんなこと、忘れてしまうのは容易くて、きっとたくさんの人がそうやって息をしてるんだろうけれど。


 出来たら僕は忘れないでいたいから、小さな頃の夢の続きを僕はまだ見ていたいと想うんだ。


 だって、それがなければ僕は今、こうして笑ってはいないんだからさ。


 文化祭用の荷物を目一杯の抱えて、僕は教室に走り込んだ。


 息を荒らして、周りを見る。うん、チャイムはまだで、どうやら間に合ったらしい。


 「お、文化祭の備品じゃん。ありがと、ありがと」


 三枝さんが、笑いながらお礼を言ってくる。


 「おっそいぞ、ぎりぎりだな、上谷」


 山城君がけらけら笑って僕の肩を叩いた。


 「上谷くん、大丈夫?」


 羽根田さんが、どことなく嬉しそうに僕に優しく笑いかけた。


 僕はそれに笑いかえす。


 「今日もいい日になるといいね、さくま」


 ああ、そうだね、かみさま。




 いつかの僕に願われて、僕は今日も笑ってる。




 いつかの君に願われて、僕は今日も生きている。




 いつかのきみのその先で、僕は今日も息をする。




 願わくば、この先のぼくの人生が幸せなものでありますようにと。




 そう願って、僕は今日も生きている。







 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のネジとおチビなかみさま キノハタ @kinohata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ