カエデの警戒

「貴女の特殊能力を取り込もうと思っていましたが、どうやら貴女は始末しないと後で痛い目に遭いそうだ」

「ルカ! 何を勝手なことをしている。やめ――がはっ」


 リスのおっさんが叫ぶと後ろから私兵たちに刺され倒れる。えぇぇ。


「大地よ我の獲物を捕獲せよ【アースチェーン】」


 シーラの魔法だろういくつもの鎖が私兵たちとルカの足に同時に絡みつく。シーラの魔法は初めて見たけど、私兵が払えば払うほど鎖は強く締まりやがて私兵の1人の足が折れる音がした。何かの土魔法っぽいけど、結構えげつない。

 ルカは抵抗していないからか、鎖は足に巻き着いただけでそれ以上は何も動いていない。


「縛りのシーラか。その名前に恥じない芸当ですね」


 縛りのシーラ? そんな二つ名付けられてんの? シーラを見れば自分の二つ名は嫌いのようで顔を顰める。分かる。その気持ちすんごい分かる。


「大人しくしていれば鎖も食い込まないわ」

「ああ、これで私を捕まえたつもりなのか」


 ルカは何事もないかのように金色のチェーンに付いたメダルのようなものを足に近づけると、シーラの鎖は粉々に散った。


「大地よ我の獲物を貫け【アースニードル】」


 シーラの地面から伸びた槍の攻撃、これもいとも簡単にルカの持つあのメダルで破壊された。

 え? 何、そのメダル? シーラも驚きながら目を見開くとルカがメダルを見せながら口角を上げる。


「対魔法の魔道具です」

「ズルくね?」

「妖精を使役している貴女だけには言われたくないですね」

「……石バンバン」


 魔法がダメならこっちはどう? 不意打ちでルカに石バンバン攻撃を仕掛ける。


「無駄なこと――」


 ルカはメダルを上げたが、焦ったように石バンバンを避けた。肩を抑えながら膝を突くルカに口角を上げる。


「よし! 当たったじゃん」

「はっはっは。貴女も規格外で困るなぁ」


 一際気持ち悪く笑ったルカが肩を抑え立ち上がり、小声で何かを詠唱をすれば無数の炎を纏った手がこちらへと伸びてくる。何、それ!


「ちょっと!」

「猫パンチなの!」


 いつの間にかルカの真横にいたオハギが前足を上げながら言うと加減ゼロの猫パンチが炸裂する。猫パンチが直撃したルカは飛ばされ壁にぶつかり剥がれるように地面へと倒れた。


(オハギ、ありがとう!)


 そう心の声でオハギを褒めるが返事はなくジッとルカを見ていた。警戒中?

 ルカに近づこうとすれば、2匹の一つ目の妖怪が行く手を阻む。あ、これ、オジニャンコの眷族じゃん。近くで見ると一つ目たちの全身は縮れ毛で覆われていた。知らなくても良かった情報だし。


【あれに近づくな】


 頭の中でオジニャンコの声が響く。見た目はオハギのままだけど、中身はオジニャンコか。肩に乗るチズコが推しに逢えたかのようにざわつく。


「あん。かっこいい! カエデ、もっと近づいて!」


 裏声でキャーキャー言うチズコは無視してオジニャンコに尋ねる。


(近づくなって何?)

【見よ】


 オジニャンコが猫パンチをした右手を向けると火傷で爛れていた。


(えぇぇ。怪我してんじゃん!)

【小童があの男に触れたらこうなった。危険を察知したので私が相手をする】


 オハギが猫パンチした時か。ルカに攻撃されたん? オハギはそれなりに強い妖精なのに……結構ダメージが凄い。


(大丈夫なん)

【これくらいすぐ治る】


 オジニャンコが笑うと肉球の爛れが徐々に綺麗になっていった。


「あの攻撃、あれはあたしも食らったことあるわ」


 チズコがかけらを奪われた時にあの爛れる攻撃を受けたと低い声で憤る。


(大問題じゃん! とにかくギンちゃんは今すぐポケットの中に入って!)

「だえ~」

(ギンちゃん、お願い)


 ギンを半ば強制的にポケットに入れジッパーを閉める。これで安心かは知らないけど、カエデの心は少し安心する。

 だいたい人間が妖精を攻撃できるなんて聞いてないし! それ、困るんだけど!


「ま、魔物なのか!」


 冒険者の1人が一つ目の眷族たちを見ながら叫ぶ。え? これ、見えてんの?

 オジニャンコの一つ目の眷族たちはシーラや冒険者たちにも見えているようで、全員が剣を『魔物』に向け構えていた。妖精は見えないのに眷属は見えてんの? どういうことなん!

 今にも『魔物』に切り掛かろうとする冒険者を止める。


「待って待って。この2匹はその……クッ、仲間だから」

「仲間……? その魔物たちはカエデちゃんの従魔なの?」


 シーラが訝し気に尋ねる。従魔……。目の前にいる縮れ毛頭を見ると、一つ目たちが顔を上げジッと私を見てニヤリと笑う。怖いって!


「う、うん。そう。従魔従魔。だから攻撃はナシで」


 この場を誤魔化すためだけにそう説明すれば、全員がチラチラと一つ目を見ながら剣を下ろす。これが見えるのならゴキちゃんズも見えるってこと? 正直妖精の眷族はどれも可愛くないから見えなくてもいいって。


「あんな魔物は見たことないぞ」

「本当に魔物なのか?」


 冒険者たちにやや疑われ、シーラに本当に魔物なのかどんな魔物なのか尋ねられる。


「もしかしてサイクロ――」

「種類? たぶん一つ目小僧?」

「え?」

「え?」


 シーラと困惑した表情で互いを見つめ合うとすぐに視線を逸らされ別の質問をされる。


「名前はあるの?」

「ん。1号、2号」

「……そうなのね」


 どっちがどっちか知らないけど。今はユキちゃんの目もないし、適当に名前つけても誰も何も言わない。


【話は終わったか?】


 見れば、倒れていたルカは黒煙にグルグル巻きにされていた。1号、2号に気を取られていたシーラや冒険者もギョッとしながら黒煙を凝視した。


「あの黒い煙もカエデちゃんなの?」

「……はい」


 もう全部カエデちゃんでいいよ。説明する方が大変だし。


(オジニャンコ、そいつはどうするの?)

【生かしてはおけない】

(そう。了解。オジニャンコに任せるけど、その前に質問したいことがあるから待って)


 黒煙でグルグル巻きになり横たわるルカの側まで歩き尋ねる。


「普通に起きてるよね。質問があるんだけど」

「……」


 返事がないのでルカの胸元を弄る。例の金のチェーンに付いたメダル、それから武器などを発見するけどオハギを攻撃した武器っぽい物はどこにもない。


「ん? タトゥー?」


 ルカのシャツの下の肌に何か柄が見える。シャツを破ろうとすればルカが言う。


「本当にそこを見たいのですか、後戻りはできませんよ?」

「やっぱ起きてたじゃん」


 ルカの警告を無視してシャツを破ると紫と黄土色に変色してやや爛れ肥大した心臓の周りの肌には多頭蛇の刺青があった。あー、出たよ、蛇。ううん、それよりもなんで心臓がこんなに大きいん?

 その盛り上がった心臓部分の鱗を触ると何かが肌を突き破り露わになった。


「げぇ。赤い魔石だし」


 それはゾンビになる赤黒いの魔石ではなくルビーのような真っ赤な魔石だった。何度も私の皮膚に侵入するこの赤い魔石は、タトゥーにの鱗一枚一枚に組み込まれているし。何これ、悪趣味じゃん。

 早速、私の指に食い込もうとする赤い魔石を指で弾く。


「なんでこんな赤い魔石を組み込んだタトゥーを彫ってんの?」

「私は貴女方みたいな特別な力はありませんからね」


 十二分強いと思うけど。この赤い魔魔石の多頭蛇のタトゥーがなにかしら力をブーストしてたん?


「後戻りできないついでに質問に答えてもらいたいんだけど、妖精でさ、何をしようとしてるん?」


 ルカが薄笑いをしたまま答える。


「それは……お教えできません」

「ん、だろうね」


 たぶん、ルカを拷問したところで答えてはくれないと思う。

 別に回答なんか期待はしてなかったからいいけど。マルクスもルカも妖精を知っていただけでなく、妖精を使って悪事を働いている。ルカなんか妖精に攻撃までできた。ギンちゃん、オハギ、それにチズコやベニは私の中で結構上位に大切だし、傷つけられたくはない。


「私が死ぬなら、貴女も困った状況になりますよ」

「命乞いすんの?」

「そうしたら助けてくれるのですか?」

「無理」


 オハギを攻撃した時点で最大の敵だ。敵は始末する。戯言には耳を傾けない。


(あとはオジニャンコのものだよ。よろしく)

【うむ】


 低い声の艶めかしいイケボでオジニャンコが返事をすると、一気にルカを干物に仕上げた。ルカは最後まで一言も声を上げず最後の息を吐くまでずっと私を見ていた。どこかネジが外れているとしか思えない。横目でシーラたちが干物ルカを驚愕しながら言葉を失っているのは見えるけど、今は放置する。

 ルカが死んだ途端、表の鉱石で造られた入り口の扉が勢いよく閉まる。ルカの言っていた困った状況ってこれのこと?


「最後までなんだか腹立たしいし」


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