泥棒は誰

「ん。分かった。で、どいつがかけらを持ってんの?」

「あの帽子を被った女よ」


 チズコが奥にいた細身の軽装の女を指差す。


「カエデちゃん、何を一人で話しているの?」


 シーラが心配そうに尋ねる。

 あ、声が出てた……傍から見れば、ブツブツとカエデが独り言を言っているように見えているだろうし、仕方ない。シーラの心配を軽く笑顔で流し、奥にいる帽子の女を指差しながら尋ねる。


「そこの帽子の冒険者、ダンジョンがかけら返してくれるまでここから出さないって言ってるんだけど、どうする?」

「は? なんの話――」

「もうそう言うのいいから。かけらを返すの返さないのどっち?」

「私は何も知らない!」

「んー、そう言われてもかけらを持ってるんだよね?」


 シーラを含めた周りの冒険者もなにが起こっているか分からず困惑顔なので、状況を説明する。もちろんお怒り妖精の話は伏せる。おかげでダンジョンの声がーとか不思議ちゃん発言しないといけなかったけど、どうやらダンジョンの意思という概念は冒険者たちに周知されていることで無事に言いたいことは通じた。


「お前! まさか、かけらってダンジョンのコアなのか?」


 冒険者の男が憤りながら帽子の女に詰め寄る。

 ダンジョンコア……以前、そのせいでマウンテン鼠の中でイシゾウが犠牲になった。チズコ曰く、妖精のかけらとダンジョンコアは違うらしい。

 このようにたくさんの妖精がダンジョンに生息しているのはそれだけここが快適らしい。ホブゴブリンたちもダンジョンに住んでいたし、安全なんだろうね。

 ダンジョンは妖精の楽園ってことか。それなら楽園に侵入した泥棒に怒るのも分かる。


「私は本当に何も知らない! そんなの知らない!」

「リラ……お前、本当にそんなことしたのか?」

「ヤコブ、違うの。信じて……」


 帽子の女はリラでその隣にいたヤコブと呼ばれた剣士の男とはどうやら話を聞いている感じ恋人同士のようだ。

 冒険者たちが帽子の女と言い合いになり揉め始める。かけらを持っている女は頑なに何も取っていない主張を繰り返す。

 止めるのも面倒なのでしばらくキャンプチェアに座り喧嘩の様子を眺めていると足元にニョキニョキとクリオネが何十匹も生えクスクスと小さな笑い声が聞こえた。何これ。


「妖精だえ~」


 だろうね。クリオネが全員こちらを向くと無数の声の大音量が頭に響く。


【かけらを返して。返して。返して。返して】

「あぁぁぁ、ちょっと! 頭痛いんだけど! 同時に喋るのやめて!」


 大声で叫ぶ。なんだろうあの冷たい食べ物を急に食べ過ぎて頭がキーンってなる感覚に似てる。痛みが引くとクリオネたち、それから揉めていたシーラたち全員に注目される。

 もう、一刻も早くここから出たい。クレイジーカエデ認定される前に……。

 地面に生えるクリオネたちを見ながら尋ねる。


「閉じ込めるのは泥棒だけで他は解放してもよくない?」

【人族どれも同じ。返して。返して】


 うーん。話にならないじゃん。


「カエデ、これだえ~」


 ギンが出したのはいつかのベニの餞別キノコ。久しぶりに見たけど、相変わらず毒々しいほどに色鮮やかな緑のキノコ……前回これを食べてジャイアントカエデになった。

 巨人になる予定はないのでギンに仕舞うように言おうとしたら、クリオネたちがいきなり静かになり興味津々に緑のキノコを凝視していた。


「え? 何? これ、欲しいん?」

【欲しい。欲しい。それ、欲しい】

「じゃあ、関係のない人は膜から出して。そしたらあげるから」

【人族。あれ。欲しい。かけら。返して】


 クリオネたちは互いを見ながら何やらどうするか迷っているようだったので、ギンにもう1本緑のキノコを出してもらう。


「じゃあ、2本ならどう。キノコ2本でかけらと関係のない人たちの解放。泥棒はクリオネたちにあげるから」

【ちょうだい】


 クリオネたちが声を合わせて言う。交渉は成立。泥棒にはかけらを返還する十分なチャンスはあげた。今もかけらのことは知らないと言い張ってる奴なんかこっちが知らないし。

 前金のキノコを1本クリオネたちに投げる。


「もう一つは無関係の人たちが解放されてだから、分かった?」

【わかった】


 思わぬ方向だったけど、解決したじゃん。

 未だに私を凝視するシーラたちに歯を見せて笑えば、全員に数歩後ずさりをされる。


「朗報! 泥棒以外は解放してくれるって。よかったね」

「ダ、ダンジョンがそう言ったの?」

「……うん。そう」


 クリオネたちを見ると緑のキノコを仲良く囲みながら祭り上げていた。キノコを祭るクリオネ……に声を掛ける。


「解放よろしく!」

【もう出られる。早く、それ、ちょうだい】

「泥棒以外の全員が出てからね」


 泥棒以外は膜から出られることをシーラに伝える。

 恐る恐るシーラが膜の壁に触れると、スッと腕が通った。


「本当だわ!」


 次々と冒険者が膜の壁から出てくる中、最後に残ったのは帽子の女と剣士の男のカップルだった。


「私は本当に何もしていないわ!」

「リラ……」


 あまりに必死で叫ぶ女にシーラも気の毒そうな表情を見せる。


「リラ、もうやめるんだ」

「ヤコブ――」


 帽子の女が困惑した顔で剣士の男を見ると、男が強く抱擁する。


「カエデ、かけらが男に移動したわよぉ」


 チズコがボソッと言った言葉に二人がキスをする寸前で手を上げ大声を出し止める。


「あ、ちょっとまって!」

「え?」


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