カエデの雑な作戦

 眉間に皺を寄せて止まったままのイーサンの顔に書状を近付ける。


「ジャーン……」


 イーサンが何も言わないので、効果音をもう一度発する。


「ジャーン」

「……お前。これが何か分かっているのか?」

「権力だけど」

「お前なぁ……ラシャ―ル公爵と言えば、この国で一番の貴族だぞ! その庇護下なんて――」

「正確にはこっちのミュラン伯爵って方の庇護下だけど」 

「はぁ……」


 イーサンが大きなため息を吐きながら憐れんだ顔でこっちを見る。


「何、その顔」

「カエデ……さっきの情報屋の話を忘れたのか?」

「ああ、王室と貴族の?」

「お前、大丈夫なのか?」


 正直、微妙。完全に巻き込まれコースだし。今のところ私はこの書状のせいで立場的に王族派ということになるん?

 んー、王様の名前なんだっけ? 前にフェルナンドから白金貨に彫ってある王様の名前を教えてもらったことがあった。えーと、確か――なんとか二世。

 イーサンは私が体よく貴族に利用されているのではと心配しているようだ。実際、オスカーの手紙には不思議水について尋ねていた。


「オスカーだえ?」


 ギンが嬉しそうに言う。

 そういえば、マルゲリータは妖精が視える人に悪人はいない的なこと言っていた。事実か曖昧だけど。でも、実際ギンはマルゲリータ同様オスカーにも警戒心はなく……むしろ2人には大好きアピールを繰り返していた。

 オスカーはこんな書状まで出して私を巻き込む選択をしたのは理由があるのだ、と思うことにしてあげる。内心は迷惑に思っているけど。

 とりあえず、オスカーに会ったら一体どうなっているのかを問いただしたい。今はその理由が分かるまで公爵や伯爵の権力を最大限自分のために利用させてもらう。


「おい! 聞いてるのか?」


 考え事に耽っていたらいきなりイーサンの顔が目の前に現れる。


「近いって。それよりもイーサンはシーラを助けたいの? 助けたくないの? どっちなん?」


 情報屋によるとリスのおっさんが王都から呼んだ『調査員』は2、3日の内に到着してもおかしくないという。そいつらが何をしにガーザに向かっているかは知らないけど、例のダンジョンの壁がチズコマジックで突破可能なのかの確認とその後シーラを助け出すのなら今日しかないと思う。


「助けたい、いや助けるに決まっている」

「なら、使える物は全部使うべきじゃね? 例え利用されていたとしても、逆にこっちも恩恵にあやかればいいって話じゃん?」


 正直、オハギの黒煙で領主邸をぶっ飛ばして堂々と正面から入ることも考えた。その方が楽そうだし。まぁ、あくまでも入るのが楽なだけだけど。領主邸の中にいる人への被害とか、そのあと私兵とかに取り囲まれたり目立ったり罪になったり……そういうことが面倒なのでこっそりインアンドアウトで領主邸の地下ダンジョンにいるシーラを救出して、後は知らぬ存ぜぬをしたい。


「簡単に言うんじゃねぇよ大体牢に入るつったって、お前はどうやって地下のダンジョンまでいくつもりだよ。武器も没収されて魔法封じの手錠を掛けられるんだぞ」

「あー、それはどうにかなりそうなんで大丈夫」


 スパキラ剣を持ち上げられる人なんていないし、カエデちゃんは魔力ゼロだ。魔法封じの手錠が何かよく分からないけど、マルクスの魔力を吸うあの金属の装飾品と同じような物だったら問題なし。でもスパキラ剣は少しの間、ギンちゃんに仕舞うことになる。


「スパキラ剣、少しの間だけギンちゃんの中で過ごせそう?」


 スパキラ剣がカタカタと間を置いて動く。やや、不満のようだ。大丈夫。そんなに長時間じゃないはずだから、たぶん。


「妖精と話しているのか?」

「ううん。スパキラ剣」

「……そうか。分かった」


 やけくそ気味にイーサンが返事をするのでスパキラ剣をシャカシャカ撫でしてキラキラを見せつけると目を見開き口に手を当てていた。


「ガークも似たような反応だったよ」

「だろうな。これは魔剣なのか?」

「ガークにも聞かれたけど、知らない」

「カエデ、魔剣は牢に持っていけないぞ」

「それも問題なし」


 スパキラ剣をギンに収納する。


「収納の魔道具も没収されるぞ」

「あー、それも問題なし」

「どういう意味だ?」


 訝し気に尋ねるイーサンに収納の魔道具など初めからなく、妖精が収納してくれていると伝えるとガークと同じように頭が痛いと言われた。


「イーサンとガーク気が合うね」

「ああ、今ならガークの気持ちがよく分かる」

「じゃ、いろいろ疑問も解けたことだし領主邸へ行こう」

「待て待て」


 歩き出した私の肩に手を置いてイーサンが止める。


「何?」

「『領主邸へ行こう』じゃねぇよ。作戦の残りはどうした?」

「インアンドアウトでシーラをササっと――」

「ダンジョンに閉じ込められてんのはシーラだけじゃねぇぞ。どうやって全員を助けるつもりなんだ」

「あー、シーラだけじゃダメ?」

「シーラは自分一人だけでは絶対に逃げないぞ」


 シーラ以外の存在を失念していた。イーサンもシーラ以外どうでもいい感じだけど、肝心のシーラが逃げないとなると……大所帯じゃインアンドアウト作戦は無理そう。いい作戦だと思ったのにな。

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