情報屋
金貨10枚分の情報は情報過多で逆に困った。
(知らなくていいことまで知ったし……)
ネルソンは解放することにした。拘束してても意味ないし。
窓辺に手を掛けるネルソンを見送る。
「毎度あり。あんた、ここでの問題が解決したら次は王都に向かうんだろ? 俺は普段は王都にいるからまた会ったときは情報を買ってくれ」
「なんで王都を目指してることまで知ってるん?」
「俺は一流の情報屋だぜ」
手を出しウインクするネルソンに銀貨を投げつけると、同業者から情報を買ったという。
「追加料金払ったら私の情報を賊に流す同業者の情報を教えてくれんの?」
「さすがにそれは勘弁してくれ。殺されてしまう」
「じゃあ、金貨をもう10枚払うから私の間違った情報を適当に流してくれる?」
マルクスのカエデちゃん情報は正直ガセネタが多かった。おかげでこっちは助かったんだけど。そうやって、本物かガセネタなのか分からない情報で溢れかえればカエデ情報を買う奴も少なくなる、はず。
「……どういう意味だ?」
「適当な感じで本当と大嘘を混ぜてばら撒いてくれればいいよ」
「ふむ。可能だが……黒煙のカエデという二つ名に泥を塗るのではないか?」
泥塗りまくって、どうぞどうぞ。
「構わないけど、その名前を広めるのはナシで」
「それは、俺の力ではどうにもできない。ドラゴンの黒煙の話はすでに独り歩きしている」
「えぇぇ」
黒煙のカエデ……凶暴土下座とかよりもマシだけど、別に黒煙はカエデの力ではない。
「普通の冒険者なら喉から手が出るほどの二つ名なんだがな。情報の操作は任せてくれ」
「うん。よろしく」
「ああ、そうだ。上客へのサービス情報だ。オシリス公子の従者だが、あれは相当腕が立つ。聞けば、最近従者として雇われたという。気を付けてくれよ。大事な客に死んでもらっては困る。では、またな」
そう言うとネルソンは軽く手を振り2階から飛び降りた。やっぱり動作に全く音がしないと思ったけど、庭を駆ける途中でうどんに追いかけられ塀を飛び越える寸前で靴を取られるのが見えた。あの人、意外と抜けてるん?
リスのおっさんの従者とは、たぶんあの靴を脱がせていた眼光の鋭い男。足の臭いに気を取られてしまったけど確かに怪しかった。
窓際でネルソンが去るのを一緒に見ていたオハギはやや不満気だ。今日のオハギはいつもに増してなんだか落ち着きがない。ネルソンを解放するのを承諾したオハギだがやっぱり惜しくなったのか拗ねている。
「オハギの獲物だったの!」
ごめんけど、人間は飼えないから。増えていく妖精の面倒だけでいっぱいいっぱいだし。カエデ保育園は永遠の保留中だから。
(オハギ、ほら、白リザードでも咥えて機嫌直したら?)
ギンから出した白リザードを外に投げると、オハギが窓から飛び出し嬉しそうにキャッチして庭にいるうどんに見せに行った。
隣でリザードが宙を飛んで行く光景を見ながらイーサンが笑う。
「傍から見るとカエデが癇癪を起してリザードを庭に投げたようにしか見えないな」
「やめて」
「しかし、あの情報屋の話はどこまでが事実だと思う?」
「ガーザの街の話はほぼ事実だと思うけど? 他は……処理に困る情報」
「ああ、俺も聞きたくない話だったな」
ネルソンの情報は多岐に渡ったけど、このまま王都に行けば私に関わりそうな話もいくつかあった。
特に面倒だと思った情報は、王都での政権争いが表面化しているという話。正直この国の政治とか貴族のルールとか知らないから、ネルソンの話はなんとなくしか理解できなかった。
始まりは数年前に王族を含む上級貴族が毒殺されそうになった事件だという。そのせいで今まで保たれていた王族を支持する王族派閥、大臣を中心に政を担うべきだと主張する宰相派閥、それからどちらにも加勢しない中立の派閥の力のバランスが崩れたという。ネルソンが言うには解毒剤となるポーションを持っているのが宰相の派閥でポーションを少しずつ分け与える代わりに権力をここ数年でかなり増幅しているという。なんだか難しい話だけどそんな感じの話しだった。
また毒の話……胡散臭いけど私には関係のないと始めは聞いていた。私は異世界人だし、政治とか日本でもそんなに興味なかったことに関わるつもりはない。
途中までは関係ないと聞いていた――ネルソンが王族を支持する派閥の筆頭がラシャ―ル公爵家だと言うまでは……
それってオスカーの実家だし!
(なんだかがっつり何かに巻き込まれているような気がするんだけど。やめて)
ネルソンは私がオスカーの庇護下にあり、あの書状を貰ったという情報までは知らなかった。私も最近知ったし、これはまだ数人しか知らない話だと思う。そのことについてはとりあえずめんどくさそうだったので話題に上げずにスルーした。
それで今回、この話しがなんでガーザの街の件に関係あるかって? ガーザの街とロワーの街の領主は双方王族派らしい。ネルソンは今回のことは死の森に近い2つの地方貴族の領、しかもダンジョンのある地が欲しくて宰相派が攻撃しているのではないかと言う情報が飛び回り始めているという。実際、マルクスが起こす事件は宰相の有利になるものばかりらしく、宰相派とマルクスは繋がっているのではと噂されているらしい。確かにマルクスはバックに誰かいる的な匂わせはしてた。
そんな感じで他にもいろいろとネルソンの情報の垂れ流しは続いたんだけど……双子は途中から静かになったのでどこまで理解しているか知らない。
逆にイーサンとギルド長は表情が険しくなっていた。
ガーザの街の領主とギルド長が同じ毒で侵されていて、領主の息子のリスのおっさんが王都から呼んでいるのが調査員ではなく宰相派の貴族だという。ネルソン情報だとガーザの街のダンジョンがおかしくなった前日に、リスのおっさんが領主邸に大量の何かを運んでいたという。ネルソンは運搬物を確認しようとしてリスのおっさんの従者に気付かれ逃げたという。
「すぐに……いかなければ」
ギルド長が起き上がろうとするので、呆れてため息をつく。
「無理だって、とりあえずそのポーションを全部飲んで」
ギルド長が妻に受け取ったポーションを一気飲みしながら息荒く言う。
「はぁはぁ、いや、しかし――」
「無理して死なれたら助けた意味ないし」
「カエデ……と言ったか? 助けてもらってなんだが、これはガーザの問題だ。ギルド長の私が寝ている訳にはいかない」
虫の息の時とは違う鋭い眼光で睨まれる。いや、でもさ、歩くことすらできないじゃん。
「面倒な男ね」
一斗缶のチズコ本体が隣で腕を組むように葉っぱを身体に巻き付け言う。肩のミニチズコも一斗缶と声を重ねて同じことを言う。濁声で一緒に喋るのやめて。
「いつの間に出て来たん?」
「ギンが出しただえ~」
「ここは私に任せなさい」
チズコが葉を広げ歌い出すと、濁声ではなく綺麗な歌声が部屋に響き渡る。なんで急に歌いだすん? 説明して!
バタバタとギルド長と妻、それからイーサンと双子が倒れる。
「え!」
まさか、毒? 口を覆い辺りを警戒するとチズコが歌い終わり、やり切ったという感じで胸を張る。
「あたしの眠りの歌よ」
やめて。説明なしにそんな事するの本当にやめて。
この部屋の私以外の人間は眠っているらしい。
「え? 永遠にじゃないよね?」
「カエデったらヤダわぁ。ちょっとの時間よ。でも、カエデには効かないのね」
チズコをジト目で見る。何が起こるか分からずにカラオケしたん? ベニといい、ぶっつけ本番の実験はやめて。
妖精のちょっとなんて全然信用できない。鋭い目でチズコを見ながら尋ねる。
「チズコ、ちょっとってどれくらいなん?」
「一日くらいかしらねぇ」
「えぇぇ」
やめてやめて。今からシーラを助けに行く話なんだから!
「あら、あの男は最低それくらいないと死ぬわよ。人族は脆いのよ」
チズコがギルド長を指差しながら言う。それはそうだけど……。
「イーサンや双子は関係なくね?」
「あら、本当そうねぇ」
チズコがイーサンと双子は目覚めさせると一斗缶から滑り落ちる。
あ、そこから自力で移動できるんだ……。
根っこを動かしながらチズコが床を移動、思ったより動きが速い。チズコ、普通に歩けるじゃん。なんか、動きが気持ち悪いけど。
「ギンも走るだえ~」
テケテケとチズコを追い掛けて走るギン。可愛い。
チズコは眠るイーサンの顔の上にムチッとした尻に見える部分を乗せると、イーサンの鼻の穴に根っこを突っ込んだ。いや、何を見させられてんの、これ。
「チズコ、なにそれ」
「これが一番手っ取り早いのよ」
「大丈夫なん?」
「秘術よ。スッキリ目覚めるはずよ」
チズコにその秘術は私には絶対しないことを約束させるとイーサンと双子が目覚めた。目覚めると同時に倒れているギルド長と妻を見て3人が剣を構え、イーサンが大声を出す。
「攻撃か!」
「「カエデ、敵はどこ!」」
「あー。ん」
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いつもご愛読ありがとうございます。
諸事情で投稿数が本日から次の数日間増えます。
皆さんのペースで読んでいただければうれしいです。
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