イーサン神


 原因に心当たりはある……あれだけ沼に刺激与えたし。このまま穏便に――


「ぐぅがぁぁぁぁ」


 ヌシが再び唸り声を轟かせると気絶していたリザードたちが一斉に目覚め陸へと上がり跳ねながら襲ってきたのでスパキラ剣で斬りまくる。絶対こうなると思ってた!


「「『炎よ、我の手に敵を強く射抜け【ファイヤーアロー】』」」


 双子の魔法だ。無数の火の矢が次々とドリルのように絡み、辺りにいたリザードをまとめて打ち抜く。以前より矢の本数もだけど威力も増している。1年で凄い成長じゃん。


「石バンバン」


 双子の打ち残したリザードを石の魔石で射抜くと、イーサンが沼から上がってくる次のリザードご一行を一気に斬りけん制する。


「数が多い。ミロ、ミラ、下がれ!」


 イーサンが再び剣を振り沼岸にいたリザード数十匹が空を飛ぶ。

 それから何度か同じ攻撃をするけど、リザードの数が全然減らない! もうこれ何百じゃないは何千ってワニがいんじゃん。双眼鏡を覗けばヌシはゆっくりとこっちに進んでいる。牙が凄いし。こっちに来ないでほしいんだけど!

 もう目的の一番ロータスは採取したわけだし、ここは逃げよう。うん。無駄な戦いなんかしなくていい。


「ヴュー」


 食事を終了したユキが参戦してリザードに氷柱を飛ばしまくり背中を見せ唸る。よし、今なら退避できそう。


「ユキちゃん!」


 ユキに飛び乗る。うどんは双子を掬うと颯爽とその場から走り去った。


「ユキちゃん、イーサンもお願い!」


 ユキの放っていた氷柱を抜け、こちらに向かってくるリザードを最後まで薙ぎ払っていたイーサン。このままじゃリザードの的になってしまう。


「あの彼はあたしに任せて」


 ギンに仕舞ったはずのチズコの声が聞こえる。え? どこから? 声のする場所を見れば、肩から小さなピンクのヤングコーンが生えていた。


「ぎょええええ」


 何これ! ねぇ、何これ!

 ミニチズコから現れた無数の小さいシャボン玉が猛スピードでイーサンにペタペタとくっつく。


「おい! カエデ、これはなんだ?」

「シャボン玉?」

「浮き始めたぞ! どうするんだよ、これ!」


 ごめん……イーサン。オハギの黒煙の紐がイーサンについている無数のシャボン玉からユキの尻尾に紐付けられているのを見て、心の中で手を合わせる。


「ユキちゃん、走って!」


 ユキがフルスピードで出発するとイーサンの叫び声が沼に響いた。


   ◇◆◇◆


 沼から10分ほど走ると、イーサンが静かになるのが分かった。いや、死んでないよ。たぶん。

 双子を乗せたうどんと合流したところでユキが足を止める。


「二人とも大丈夫だった?」

「私たちは大丈夫」

「カエデ、イーサンは?」

「ああ、うん。あそこ」


 指を差した空を見ると双子が互いに顔を合わせる。


「「楽しそう! あれ、やってみたい!」」

「全然楽しくないから」


 好奇心旺盛なのはいいけど、あれはやめたほうがいいって。

双眼鏡で空高く飛んでいるイーサンを見上げるとその表情は超絶怒っているのが分かる。地面に打ち付けられてないだけでも良かったじゃん。


(オハギ、イーサンを回収して――ってオハギどこ?)


 少し遅れてオハギが興奮気味に真っ白なリザードを咥えながらこっちに駆けてきた。えぇぇ、それずっと咥えてきたの?


「見て! 白いの! オハギが見つけたの!」


 自慢げに言うオハギだが、双子にはオハギの姿は見えない。今の状況は白リザードが空中でプランプランしているようにしか見えない、はず。


「カエデ、危ない!」


 ミロが私の前に立ち剣を構えると、オハギが首を傾げながら白リザードを地面に落とす。


「ミロ、大丈夫だから」


 ミロに剣を下ろすように言うと再びオハギが白リザードを咥え、見て見てと嬉しそうに自慢し始めた。ミロもミラも困惑したよう中に浮くリザードを凝視する。


「これも、カエデの魔法なの?」

「ミラ、違うから。これ妖精だから……そんな目で見ても本当のことだから」


 もうそろそろ、妖精の存在を認識してもらいたい。じゃないと、カエデがいつまでたっても変わった魔法をぶっ放す人みたいに思われそうだし。

 一応説明してみる。


「「カエデがそういうなら、そうだね」」


 いや、これは絶対に私の話を信じていないじゃん! 

 年長者だろうチズコに双子にも姿を見せられるか聞いてみたけど「そんなの無理よぉ」と言われる。というか……チズコはいつまで私の肩から生えてるつもりなん? 

 妖精を認識させる方法が思いつかないんだけど。もう、今はいいや。とりあえずイーサンを空から下ろすようにオハギにお願いする。


「分かったの! ギン! リザードを仕舞うの!」

「だえ~」


 勝手にギンの中に白い蜥蜴を入れるのやめて。


「あ! ゆっくり引っ張って」


 グッと黒煙の紐引き始めたオハギを注意する。

 イーサンが空から下りてくる姿が神の君臨のように神々しいのはなんで? とりあえず歯を見せて笑う私を見てイーサンの顔が歪む。


「カエデ、お前……」


 無事地面へと着地したイーサンが腰を抜かしたように四つん這いになる。


「イーサン、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃねぇよ」

「もしかして、新しいズボンとかいる?」

「漏らしてねぇよ」


 ため息を付きながら言うイーサンのズボンから血が出いるのに気づき不思議水を掛けるとすぐに治る。


「大した傷じゃなかったみたい」

「それは俺の腕を治したポーションか?」

「うん」

「こんなかすり傷にそのポーションは必要なかったが、助かる」

「いろいろ迷惑かけたからお詫び」

「……あの玉は魔法ではないと言ったな?」


 妖精が視えない限りもう何を言っても一緒だけど、私の力とか言われるのは嫌なの一応否定する。


「誰も信じないけど妖精の力だって」

「ああ、分かった」

「本当だから――って、え? 信じたの?」

「俺も長く冒険者をして来た。この半日でカエデから出たのが普通の魔法でないくらい分かっている。認めたくはないが……カエデの言う『妖精』の存在を認めざる得ない」


 空に上がっている間にイーサンはその決断に至ったとため息をつきながら言う。まぁ、認めるならなんでもいいけど。


「うん。そういうことだからよろしく。それなら、帰りは――」

「俺は二度と空には上がらないぞ」

「えぇぇ」






**

いつもご愛読ありがとうございます。

今年はこちらのエピソードで最後の投稿となります。

イーサン神で本年を飾りたいと思います。


近況にも案内した通り、本作5巻は2024.01.09に刊行を予定しております。


2024もカエデの冒険をよろしくお願いいたします。



トロ猫

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