一番ロータス

「ビリビリだえ~」


 ギンが巨大ビリビリをリザードへ向け発射、眩しさで目を閉じる。

 目を開けると足元には先ほどまで靴を噛んでいた丸焦げのリザード、沼には腹を上に浮く無数のリザード。あー、これ環境破壊じゃん。

 よく見ると、沼に浮いているリザードたちは小刻みに痙攣しながらも息はしている。気絶しているだけか。よかった。沼のリザード全殺しとか生態系壊れそう。生きているのならセーフだよね? 


(ギンちゃん、危ないところをありがとう)

【だえ~】


 ギンを撫でると後ろからイーサンの声が聞こえる。


「お前……」


 後ろを振り向くとイーサンの驚愕の顔と何故かキラキラした目で見てくる双子がいた。


「「カエデ、凄い!」」


 私じゃなくてギンちゃんだけど……歯を見せて笑う。


「銀級への昇級の速さは異常だったから何かあるとは思っていたが……あれは魔法じゃないだろ」

「あー、魔道具?」


 イーサンは疑うような表情を見せているが、その後は何も言わずに蓮の葉の確認を始めた。

「これはダメだな。近くの他の葉もさっきの誰かさんの稲妻で萎れてるな」


 緊急事態だったし、ごめんて。


「もし、この一番ロータスを採って来なかったらどうなるん?」

「シーラの情報が聞けなくなる」


 イーサンがムッとした顔で答える。私だって鬼じゃないからイーサンの気持ちは分かる。恋人がよろしくない状況で焦る気持ちもわかる。でも、少し現実的に考えてほしい。事情が分からなかったからこの一番ロータスの依頼についてきてきたけど、事情を知った今は聞かざる得ない。


「でもさ、その情報の信憑性ってどれくらいなん?」

「……あいつに適当な事を言われているかもしれないという自覚は俺にだってある。だが、領主邸に入れない今はこれしかできることがない」


 怒りを抑えながらイーサンが拳を握ると双子がイーサンを心配そうに見た。平気そうにしていたけど結構切羽詰まっていたのか。そりゃ、そうだよね。

 リスのおっさんはシーラたちに食事を運んでちゃんと面倒はみていると言っているらしいけど、事実は謎じゃん。

 一番ロータスがある沼の真中を双眼鏡で見れば、蕾が少しずつ開いているのが見えた。イーサンはリザードが気絶している間に沼にそのまま入り渡ると準備を始めた。絶対やめたほうがいい。リザードがいつおはようガブリをしてくるか分からないし。


「チズコがいるだえ~」


 ギンが必死にアピールしてくる。チズコ? ああ! シャボン玉があんじゃん。


「イーサン、待って待って。別の方法あるから」


 沼に入ろうとするイーサンを止め、ギンから出したチズコに事情を説明する。この時間イーサンの視線が痛い。傍から見たら一斗缶とワンオンワンしているクレイジーカエデだし。


「あら、そういうことなら任せて」


 作戦はシャボン玉で沼の中心まで向かい一番ロータスを採取するだ。


「イーサン、ミロ、ミラ、ちょっとこっち来て」


 3人が集まるとチズコがワサワサと葉を揺らし、イーサンと双子もまとめて入る大きなシャボン玉を生成していく。


「わぁ」

「凄い!」


 喜ぶ双子にシャボン玉を訝し気に触るイーサン。


「これで本当に水の中も行けるのか?」

「耐久性はもう証明したと思うけど?」


 昨日はシャボン玉移動というさんざんな目に遭ったけど、その間に一度も破れることはなかった。安全かどうかは置いといて耐久性はそれなりにある、はず。


チズコが笑いながら胸を張る。


【確かに力は落ちたけど、ちょっとした衝撃くらいじゃ破れないわよ】


 イーサンに証明するためにも試しにスパキラ剣で切ろうとすれば、チズコに止められる。


【それはダメよ。破れちゃうわ】


 だよね。スパキラ剣をトントンと撫でるとキラリと光る。


「イーサン、不安なら剣で突いてみれば」

「いいのか?」

「うん……たぶん」


 語尾はボソッと言う。耐久性はありそうだけど、実際は分かんないし。イーサンがサッとシャボン玉の内側を斬るが剣が跳ね返される。次に勢いよく剣を刺すがそれも跳ね返される。


(チズコ、凄いじゃん)

【あら、ありがと】

「これで大丈夫かどうかは証明できた思うけど?」

「ああ、疑ってすまない。よろしく頼む」


 双眼鏡で一番ロータスを確認すれば徐々に花が満開になり始めていた。

 シャボン玉の片方に体重をかけ沼へと落ちるとそのまま沈んだ。沈んだといっても水深は1mくらい? そこまで深くはない。シャボン玉はまるでシースルーのアクアリウムのように沼の中を見ることができる。沼は濁ってて、辺りはひっくり返ったリザードだらけだけど……。


「じゃあ、行くよ」


 あれ、これどうやって進めばいいん?


「どうした? なんで止まっている?」

「これどうやって進むん?」

「いや、これカエデの魔法だろ。俺は知らん」


 カエデの魔法ではないけど……チズコに視線を移す。


「あら、あたしの出番ね。進みたい方向にあたしを向けて」


 イーサンと双子が見守る中、一斗缶をいそいそ抱き上げ一番ロータスのある方向へ向ける。3人の視線がつらいんだけど!


「じゃあ、行くわよ」


 チズコがそう言うとシャボン玉が少しずつ回り始める。いや、それはいいんだけどさ……シャボン玉が回るってことは中の私たちもランニングしないといけないってことじゃん!

 全員が自然と軽くランニング始めたところで、シャボン玉が回転しながらリザードたちをかき分け沼を移動し始めた。


 どうにか一番ロータスまで到着。ランニング自体は大したことなかったけど、気分はハムスターじゃん。

 丁度、ロータスの花は満開になる。花弁が紫と金色のグラデーションが3本生えている。今が刈り時だとイーサンが言う。

 チズコにシャボン玉から手を出せるようしてもらい、一番ロータスを抜く。

 抜けたレンコンを見て拍子抜けしてイーサンに尋ねる。


「小さいんだけど、これでいいん?」

「ああ、間違いない」

「ん。分かった」


 花が満開のうちに他の2本も抜き、沼岸までハムスターランニングで戻る。途中、感電気絶から目覚めた数匹のリザードがシャボン玉に向かって攻撃して来たけど、シャボン玉は無傷なので大丈夫そう。こっちから見えるリザードの汚い大口を開けたビジュアルは最悪だけど。

 陸に上がりシャボン玉が割れるとイーサンが安堵のため息を漏らす。双子はもう少しシャボン玉で遊びたかったようだけど、私ももうリザードアクアリウムはお腹いっぱいなので勘弁して。

 沼の近くではユキとうどんが気絶したリザードを美味しく頂いていた。リザード肉、美味しいのだろうか? オハギもリザードを捕まえたのか、遠くで遊んでいる。ほっておこう。

 手に持っていた一番ロータスをイーサンに渡す。


「せっかくだから一個食ってみるか?」


 イーサンが水洗いしたレンコンを茎が付いたまま渡してくる。


「え? そのまま?」

「ああ、美味いぞ」


 確かに味は気になる。トウモロコシを食べるかのようにそのままかぶりつく。


「美味しいじゃん!」


 レンコンっていうかこれ梨じゃん。なにこの異次元なシャキシャキ感。口が止まらないだけど。一気にひと節分を食べイーサンを見る。


「な? 美味いだろ」

「あのおっさんの味覚だけは認める」


 イーサンと双子が笑い出す。残りの一番ロータスを双子の収納の魔道具に入れると、物凄い唸りが沼の中心から聞こえた。

 双眼鏡で声の下方向を確認してギョッとする。あー、デカいワニだし。イーサンに双眼鏡を渡し尋ねる。


「イーサン、あれヌシじゃね?」

「クソッ。なんで出てくんだよ」

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