お尻酢

「何から話すか――」


 イーサンが順を追って、私と別れてからのこれまでの経緯を話す。

イーサン、シーラ、それから双子がロワーで銅級昇級と同時にガーザに活躍の場を移したのが二か月前の話だそうだ。そこまではマルゲリータにも聞いていた話だ。

ガーザには主に私の行方を探すことを目的にしていたらしいけど、もちろん私の姿なんてどこにもなく……ここは、完全にカエデが悪いのでちょっと罪悪感で気まずくなる。

 とにかく、4人は冒険者として活動をしながらカエデ情報を集めていたそうだ。冒険者パーティ『楓の新しい風』として……。


「ねぇ、パーティ名はさ……それ以外でいけなかったん?」

「「これ以外やだ!」」


 双子が声を揃えて言うとイーサンが苦笑いをした。やっぱりこのネーミングは双子か。


「俺はパーティ名とか特にこだわりなかったから双子に任せたが、『カエデの剣』は回避してやったからな」


 そんな恥ずかしい名前、やめて。イーサン、却下を切実にありがとう。


 イーサンが言うには少し前に発見された勇者キヨシが書いたといわれている楓物語という童話が最近吟遊詩人を中心に広まっているようで、パーティ名はその物語から取ったと思われていると弁解する。

 楓物語? 物語の内容を聞けば、どこぞのアルプスの少女の話だった。


「パーティ名を今からでも変えてほしいか?」

「いや、もういいよ」


 双子がうんうんと頷く中、イーサンが話を続ける。

 冒険者パーティ、楓の新しい風で活躍し始めた4人は順調に依頼をこなしながらガーザの街に馴染んでいったそうだ。

 因みにイーサン曰く領主は貴族の子爵で人柄がよく、領主としても評判がいいそうだ。でも、その息子はなんとあのおっさんギルド長だという。ダメじゃん!


「えぇぇ。そんなの本当にいい領主なのかは疑わしくね? 息子があれじゃん」

「年を召しての子で大層甘やかされたと聞いた」

「だろうね」


 そんなのあの短時間でもよく分かった。


「2週間前に奴、オシリスがギルド長代理になってからガーザのギルドは最悪だ」


 あのおっさんギルド長は本来のギルド長の代理で名前はオシリスらしい。推し栗鼠……お尻酢……待って待って。イーサン、話を進めるのやめて。

 イーサンが何か言っているけど全く聞こえない。

 大人しくしていたギンとチズコははなぜか『お! 尻酢』にハマったのか、ずっとその言葉を楽しそうに連呼する。やめて、やめて。それ以外、何も考えられなくなるじゃん。


「カエデ! 怖いよ!」


 ミラに顔を覗かれ、正気に戻る。この世界、ネタになる名前の人が多すぎだって!

イーサンが訝し気に尋ねる。


「大丈夫か?」

「あー、うん。ちょっと考え事していただけだから。それでなんだった? えーと、ああ、前のギルド長はどうしたん?」

「ギルド長、それから領主様も数週間前に体調を壊して床から立つことができていないそうだ」


 そんな経緯で領主の息子であるリスのおっさんが代理で冒険者ギルドの手綱を取っているという。リスのおっさんは代理を務めた初日から冒険者ギルドを改善すると高々に言い放ち、以前の受付を閑職に追いやるとメロンズ受付嬢に総入れ替えをした。最近では冒険者の若い女の子にちょっかいをかけ、本能の赴くままにやりたい放題だそうだ。


「だから受付があんな感じなんだ」

「まぁ、そうだな」


一部の冒険者からはメロン受付嬢への交代を讃頌されているらしいけど、まともな冒険者の多くがこの2週間で別の街に移っているそうだ。ああ、確かにガーザから出立する冒険者をギルドで見掛けた。

 あの謎の女のみを募集した領主邸の掃除の依頼も同じような話か。リスのおっさん、欲望を出し過ぎだって。

街での重要人物である2人が同時に体調不良って、もうそれ絶対陰謀じゃん。心の中で舌打ちをする。


「怪しくね?」

「ああ、分かっている」


 イーサンが嫌な顔をして答える。


「で、シーラはどこにいるん?」

「……領主邸だ」

「は? まさか――」

「待て待て。カエデが考えているような状況ではない。状況が悪いのは確かだが、オシリスに何かをされているわけではない。その、領主邸の地下から出られなくなっているんだ」

「ん? 捕らわれているん?」

「いや、そうではない。その、ダンジョンがシーラたちを解放しないのだ」

「えぇぇ」


 ダンジョンが解放してくれないって、どういう状況よ?


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